【映画レビュー】私の若草物語ではなかった「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」

現在公開中の映画「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」のレビューです。完全ネタバレ注意。
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

問題は、メグの旦那になるブルック氏の描き方で。 今回の映画では今までの映画版ではほぼ触れられなかったメグとブルック氏の結婚生活(メグが無駄遣いをしてしまうエピソード)が取り入れられたのですが、これの描き方が納得がいかない。

2020-06-21 04:29:35
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

原作の「家事の体験」という章ですが、この章は「続若草」の中でも特に印象的なエピソードだと私は思います。 新婚のメグとブルック氏の初めての喧嘩を描いたエピソードなのですが、この話ではメグの器量の良さより、「ブルック氏の度量」が描かれてるんですよ。

2020-06-21 04:29:35
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

マーチ夫人の助言も「旦那さまを信用しなさい」というもの。今まで家事も子育ても一人で背負ってきたメグが、旦那を信じて役割分担する大切さが描かれている。 オルコット女史は結婚しなかったということだけど、このエピソードの「夫婦の描写」は本当に凄くて。未だに夫婦の本質を鋭く描いてると思う

2020-06-21 04:29:36
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

私はこの章を読んで、「若草物語」の美徳、オルコットの才覚というのは「当たり前の物事を見定める力、観察力の鋭さ」だと思った。決して「女性作家としての自立心」という話ではないと。 「ジョーの結末」には納得いきませんが、決して結婚や家庭が魅力のないものとしては描かれてないと思うんですよ pic.twitter.com/Intom0JZXF

2020-06-21 04:29:36
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

今回の映画版では、メグの贅沢に特に何の反応もせず、ただ少し落胆し「自分が悪かった」みたいな弱弱しいブルック氏しか描かれていない。それをメグが更に包み込むという筋。 これはちょっと恣意的だと思いますね。原作のブルック氏はこんな軟弱男ではない。

2020-06-21 04:29:36
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

原作では「もう貧乏に飽きた」と口走ってしまったメグに対して、ただ自分の力のなさを謝るだけで責め立てはせず、今まで以上に更に仕事に打ち込むようになったブルック氏を見て、メグが心を痛める。その「ブルック氏の忠実な愛の強さ」に心打たれるわけですよ。

2020-06-21 04:29:37
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

「子育ては女の仕事」と思っていたメグが、我儘な息子に手を焼いていたのを、ブルック氏と和解して、息子のしつけを任せるようになる。 優しいメグは子供にきつく当たるのが心配でしょうがないけど、ブルック氏の男児教育哲学がしっかりしていて事はうまくいく。

2020-06-21 04:29:37
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

ここで描かれてるのは「理想的な夫婦の協力」です。これを描いた作家が結婚を軽視してたとは、私は思えないんですよね。 少なくとも「若草物語」に関してオルコットは「自分の身の周りの事象を鋭く観察して描いた」だけで、そこには女性の自立心だとか結婚観だとかって観点は必要なかったと思います。

2020-06-21 04:29:37
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

幼少期が煌びやかに描かれてるのも、メグの結婚生活が尊く描かれてるのも、あくまでオルコットから視た「私の人生とその周囲」だったと。 まあ実際は色々と大変な思いにあっていて、だからこそ明るい話を書いたという供述もあるようですが。

2020-06-21 04:29:38
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

つまり「若草物語」を取り巻く「ジョーの結婚問題」は、当時の世間の常識とか出版業界の慣例が問題なのであって、作品に罪はないし、そういう改変を施すのは原作ファンとしては正直無粋と思ってしまう。 それならば「若草物語」の改変映画化でなく、オルコットの自伝を映画にすればよかったと思います

2020-06-21 04:29:38
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

さて、私が今作で最もダメだと思うのは「ベスの死」です。これは時系列弄りが大きくマイナスにはたらいてしまった。 というのも、「若草~続」の中でベスは二度病床に伏すわけですが、今作はこれを時系列を弄って、同時に描いてしまっている。

2020-06-21 04:29:38
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

一巻でのベスの快復、二巻でのベスの死というのは若草物語の中で屈指の「泣き」エピソードで、一巻では最も暗い部分からラストのハッピーエンドに至るまでの「バネ」として位置しているし、二巻では最大の悲劇として位置されている。 今作はどちらも半端になってしまった印象。

2020-06-21 04:29:39
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

過去の場面ではベスが快復し、次に描かれる現在の場面では、それと違ってベスが逝ってしまったことが描かれる。これはちょっと観客の感情操作としてはグチャグチャだと思います。若草物語の中でも重大な出来事なので、こういう処理はしてほしくなかった。

2020-06-21 04:29:39
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

「続若草」のベスの死というのは本当に悲壮で、日に日に弱っていくベスの描写が凄まじいんです。 日頃接している母親やメグは気が付かなかったけど、久しぶりに帰ってきたジョーはベスのあまりの弱々しさにショックを受ける。 そして二人で療養に行けばよくなると信じて行くが、やはり良くならない。

2020-06-21 04:29:39
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

そして帰ってきたベスの様子を見て母親達もベスに遺された時間が僅かだということを「悟る」と、こう非常に慎重に描かれてるんです。 慎重に、厳かに、ベスは自分の「生」に整理をつけていく。その覚悟と周囲の尊重の「姿」に感動するわけです。

2020-06-21 04:29:39
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

これは今までの若草映画化でも満足に描かれたことはないし、今回も全然足らなかったと思います。正直ベス役の女優さんががっしりしていて憔悴してる様子もあまり感じられなかったですし。 pic.twitter.com/ytJ1Xrgsoe

2020-06-21 04:29:40
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

他にベスの死が最も強く感じられる場面は、エイミーとローリーが婚約し、ベア先生がマーチ家にやってきて、「未来の家族」が揃った最高に幸せな場面でジョーが「ベスもここにいるわ」と想いを馳せる場面 しかし今作の改変でこれも台無しになってしまった(かわりにローレンス氏とジョーの場面はあるが)

2020-06-21 04:29:40
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

余談ですが、私は「ベスの死」を最も完璧に映像化したのは実は宮崎駿監督の「風立ちぬ」なんじゃないかと思っています。 あの作品で描かれた「自分の生に整理をつけていく女性の覚悟とそれをただ見守る周囲の人々」の尊さというのは、まさに原作続若草のニュアンスと全く同じ pic.twitter.com/A5rAJy3EUJ

2020-06-21 04:29:40
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

以前のツイートでも言及しましたが、風立ちぬには「雨の中の告白」もあるんですよね。これ、たぶん「続若草」が元ネタだと思うんですけどねぇ。どうでしょうか。 pic.twitter.com/FOOw4GVh5H

2020-06-21 04:29:41
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

更に風立ちぬでは「結婚か、仕事か」というテーマを描き切ってますよね。 私は「グレタ的解釈続若草物語」の理想形って、実は宮崎駿版「風立ちぬ」なんじゃないか、と思ってしまいました。 夫婦の尊さ、仕事に打ち込むことの美しさ、死の整理。どれも「続若草」にある要素だと思います。 pic.twitter.com/WuQxCJpITw

2020-06-21 04:29:41
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齋藤 雄志 @Yuusisaitou

まとめましょう。 私は今回の映画化は、悪い言い方をすれば「男性や家庭を貶めて、働く女性像を一方的に美化した改悪」と感じました。そしてそれは、原作若草物語で描かれた精神とは違う、と。 ある程度解釈の余地は残されているのでまた見れば印象が変わることもあるかもしれませんが。

2020-06-21 04:34:11
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

映画化というものは原作の要素を全て取り上げることが出来ない。「どの要素を中心に取り上げるか」ということが問題になってくる。 今作は確固とした理念と解釈によってテーマが取り上げられ、それはちゃんと具現化してると思います。が、それが私には合わなかった、ということです。

2020-06-21 04:41:27
齋藤 雄志 @Yuusisaitou

結論:グレタ・ガーウィグの「わたしの若草物語」は「私の若草物語」とは違った。私の若草物語は宮崎駿の「風立ちぬ」だった。 ーFinー

2020-06-21 04:41:28