2020年6月30日

たたき上げの男、フレデリック・ダグラス: 奴隷から指導者へ

#Walkaway 第三十七弾。#カルト 化した #リベラル の狂気に乗っ取られた #antifa の暴走が加熱する現在、「自由とは、自立する事。権利とは、その相応しい努力と教育、責任を自覚する事により得られるもの」の信念で、正攻法を貫いた誇り高き「たたき上げの男」の軌跡です。
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tarafuku10 @tarafuku10

動画『フレデリック・ダグラス: 奴隷から指導者へ』を訳してみた。奴隷として生まれたダグラスは、血の滲むような努力を重ね、米国史上最も影響力のある自由の擁護者の1人となった。苦悩とインスピレーションに満ちた彼の人生についてティモシー・サンダファーが解説します。 youtube.com/watch?v=FATFaZ… pic.twitter.com/FFCENQ4GfQ

2020-06-30 18:54:05
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彼は、最も尊敬される19世紀のアメリカ人の1人だった。低い身分から身を起こし、全国的な名声を得た。彼の個人としての成功物語は、アンドリュー・ジャクソン、エイブラハム・リンカーン、ユリシーズ・グラントの物語にも匹敵する。政治家にはならなかったが、複数の大統領と対等の立場で話をした。 pic.twitter.com/1gFK2OgK9h

2020-06-30 18:54:36
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彼の名はフレデリック・ダグラス。 奴隷として生まれたダグラスは、正確な生年月日も、誰が父親かも知らなかった。7歳を過ぎた後は、母親の姿を見ることもなかった。当時、これは珍しいことではなかった。多くの奴隷所有者は、家族を別々にすることに意味を見出していた。家族の絆を断ち切ることで… pic.twitter.com/K7dGC9CyIH

2020-06-30 18:55:02
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…奴隷所有者への依存が高まるからだ。 規律は、純粋な恐怖と自尊心の破壊によって維持された。奴隷は、懸命に働かなかったことで罰せされただけでなく、懸命に働きすぎても罰せられた。さらに、労力を減らす方法を提案しただけでも罰せられた。これらすべてを彼は経験した。そして、それに抵抗した。 pic.twitter.com/lfSjRmiCrM

2020-06-30 18:55:31
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ティーンエージャーになった彼は、独学で読み書きを覚えた。これにより、自由を求める気持ちが高まった。この不穏な変化に気付いた彼の所有者は、近くに住むエドワード・コビーという農夫に彼を預けた。コビーは、手に負えない奴隷の意思を挫くことで小銭を稼いでいた。 pic.twitter.com/QOHbjI5d0Q

2020-06-30 18:55:52
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コビーは6か月にわたって毎週のようにダグラスを殴った。殴る理由がなくても殴った。その効果はてきめんだった。まもなく、若いダグラスは自由になる夢をあきらめてしまう。「奴隷制の暗い夜が私に迫ってきた」と彼は後に書いている。 pic.twitter.com/DvseoPuCiZ

2020-06-30 18:56:09
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すべてが変わったのは、1835年8月のある暑い日だった。殴りかかってきたコビーに対して、ダグラスは反撃した。その勇気がどこから湧いてきたのか、ダグラスにもわからなかった。疲れ果てたコビーがよろめきながら立ち去るまで、2人は闘い続けた。これ以降、コビーは二度とダグラスに手を出さなかった。 pic.twitter.com/TQ7e4K06kJ

2020-06-30 18:56:34
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十代の奴隷だったダグラスは、自分のために立ち上がった。これは人生で最も重要なレッスンだとダグラスは考えた。何年も経って、南軍と戦うために北軍に志願するよう黒人男性に訴えたとき、彼はこのストーリーを使った。 pic.twitter.com/2OQNnP8OHc

2020-06-30 18:56:55
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「これは君たち自身のだめだ」と彼は言った。「もっと背筋を伸ばして立つようになり. . . 侮辱も受けにくくなる. . . . 自分自身の自由、名誉、男らしさ、自尊心を守るのだ」 pic.twitter.com/SYsDk9mIUg

2020-06-30 18:57:22
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1838年、奴隷の境遇からの脱出を図ったダグラスは、米国海軍の水兵に扮して北に向かった。鉄道による旅の途中で、彼の成りすましはいつ見破られてもおかしくなかった。ばれるのではないかという不安をおくびにも出さず、車掌や脱走奴隷ハンターに疑われても、はったりを利かせて切り抜けた。 pic.twitter.com/DAYKbsZenN

2020-06-30 18:57:51
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北部に到着した彼は、急進的な奴隷制廃止運動に参加し、優れた弁舌と文章力ですぐに頭角を現した。この運動の指導者だったウイリアム・ロイド・ガリソンは、独立記念日の演説で憲法を燃やした。ガリソンの考えでは、憲法こそが奴隷制に法的な保護を与えていたのであり、それゆえに履行不能だったのだ。 pic.twitter.com/BvSTBOcPLa

2020-06-30 18:58:14
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しかし、ダグラスはその考えを拒絶した。彼は、憲法は本質的に奴隷制に反対していると考えた。「読むべくして読めば、憲法は輝かしい自由の書である」とダグラスは言った。 ダグラスが、新しい反奴隷制政党である共和党と、南北戦争における北軍の理念を熱烈に支持したのは当然だった。 pic.twitter.com/P7awwCzcrb

2020-06-30 18:58:42
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エイブラハム・リンカーンについては、ダグラスは当初は疑いを抱いていた。リンカーンが奴隷制を終わらせることに真剣に取り組んでいるとは思っていなかった。しかし、戦いが進むにつれて、偉大なる奴隷解放者と称されるリンカーンを見る彼の目は温かくなっていった。 pic.twitter.com/XRQK3h54kO

2020-06-30 18:59:03
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一方のリンカーンは、ダグラスに常に敬服していた。1865年の大統領2期目の就任式でダグラスを見かけたリンカーンは、「友のダグラスがやってきた」と呼びかけた。 pic.twitter.com/iLBPa5ixPw

2020-06-30 18:59:19
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北軍が勝ち、奴隷制度は廃止された。しかし、1870~80年代に民主党が南部で党勢を回復すると、ジム・クロウ法という新しい形の人種抑圧が生まれた。それどころか、いたるところでリンチが行われた。 pic.twitter.com/UsPqEnUgCN

2020-06-30 18:59:39
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ダグラスにとって、これは到底承服できないことだった。しかし、彼は闘いをやめなかった。人生の残りの30年は、市民権を求めて運動することに費やされた。「自由は3つの箱にかかっている」という言い方を彼は好んだ。「それは、投票箱、陪審員席 (jury-box)、そして弾薬箱だ」 pic.twitter.com/kORevrAIDW

2020-06-30 18:59:58
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ダグラスにとって、黒人のアメリカ人が市民として完全な自由と完全な法的保護を獲得する権利を持つのは自明のことだった。 pic.twitter.com/BZ6pxJ9g2x

2020-06-30 19:00:17
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1893年の演説で、白人の聴衆にブーイングされたとき、ダグラスは演説をいったん中断し、即興でこう言った。「これは、黒人の問題ではない」と彼は大声で叫んだ。「問題は、アメリカの人々が、憲法にふさわしいだけの十分な誠実さ、忠誠心、高潔さ、愛国心を持っているかどうかだ」 pic.twitter.com/GRbhdPgTnp

2020-06-30 19:00:38
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tarafuku10 @tarafuku10

彼はまた、本当の自由を手に入れるには、自分の運命に全面的に責任を持つ必要があると信じていた。それは、黒人のアメリカ人だけでなく、誰にとっても同じことだ。最終的に、黒人は努力と教育によって、ふさわしい権利を獲得するのだ。 pic.twitter.com/uQqAubOthy

2020-06-30 19:01:01
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tarafuku10 @tarafuku10

『たたき上げの男』というふさわしいタイトルの付いた講義で、彼はこう宣言した。「自立することなしに独立は手に入らない. . .この美徳は与えられるものではない。自分の中から育てなければならない」。これは、彼の最も人気の高い講義となった。 pic.twitter.com/bxk15WH9rY

2020-06-30 19:01:45
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tarafuku10 @tarafuku10

ダグラスは、文字どおり死ぬ日まで平等と自由を擁護し続けた。1895年、政治集会に向かう途中で彼は亡くなった。強い偏見が存在することを彼はよく理解していたが、それがアメリカ文化に内在するものだという考えを受け入れることはなかった。 pic.twitter.com/6h4K0qZaKg

2020-06-30 19:04:14
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tarafuku10 @tarafuku10

「私の理念は、昔も今も、肌の色の黒い人間の理念だ。彼が黒人だからではない。人間だからだ」と彼は書いた。 『フレデリック・ダグラス: たたき上げの男(Frederick Douglass: Self-Made Man)』の著者、ティモシー・サンダファーでした。(了) 英文スクリプト: prageru.com/video/frederic… pic.twitter.com/HfBGw85BqY

2020-06-30 19:05:07
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irr-Bot @IrrTenkoBot

1926年に立てられたシカゴ南部にあるリンカーンの像が、顔面を破壊され、焼かれ、「法律なんかクソくらえ」と落書きされる。犯人は不明。 (2017-08-18) breitbart.com/politics/2017/…

2020-06-29 13:32:43
irr-Bot @IrrTenkoBot

シャーロッツビルでのテロ事件に抗議するデモ隊が、ジョージア州アトランタで、南軍兵士の前に立って武器を捨てるよう導く天使像を、南軍を称える像と間違って傷つけ、引き倒そうとしてしまう。 (2017-08-17) breitbart.com/politics/2017/…

2020-06-28 22:32:42
irr-Bot @IrrTenkoBot

米フロリダ州で空き家が放火され、その隣の空き家には「ファック・トランプ!」「全部燃やせ!」「BLM(「黒人の命は大切だ」運動の略)」の文字や矢印が落書きされる。付近の住民「こんなことが続いたら内戦になるだろう。本当に馬鹿げている」 (2016-11-15) breitbart.com/clips/2016/11/…

2020-06-27 21:32:41
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コメント

まあちゃん02 @eK0SV72lWxlYb8L 2020年7月1日
まとめ最後にirrさんのツイートを収録してくれたのを感謝します。彼がTwitterから引退してから2年経ちますが、彼の言葉は今なお心に響きます。Twitterに参入した若い人にも読んでほしいツイートです。
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