WAC・深田萌絵事件サマリー(2) - JSF事件・IRS事件・パナソニック軍事レーダー技術流出疑惑騒動

Youtuberの深田萌絵氏がWiLLや自著などで「巻き込まれた」と語っている事件について情報を整理しました。
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はじめに

元株アイドルでYouTuberの深田萌絵氏がWiLLや自著などで「巻き込まれた」と語っている事件について、出版元のWAC自体がその全体像を把握していないのではないかと思われる節があるので、少し情報の整理を試みる。次のように分けて順次公開する予定。(公開日程は未定)

  1. ファーウェイ工作疑惑事件・シャープ買収騒動
  2. JSF事件・IRS事件・パナソニック軍事レーダー技術流出疑惑騒動
  3. 新型コロナウイルス騒動

深田事件の核心と見られる「JSF事件」および「背乗りスパイ疑惑事件」についてはすでにまとめを作成してある。事件はまだこの先も続くのかもしれないが、むやみに新しい展開を追いかけるとこれらの核心から遠ざかってしまうようにも思うので、事件サマリーは3つで完結とする。

この事件ではすでに深田氏から殺人の疑いまでかけられている人物も出ているので、WACには「事実関係に誤りはなかったか」、「視聴読者に誤解を与えるような表現はなかったか」など、該当出版物について改めて一度調査を行うことを提案する。

まとめ JSF事件の虚像と実像 - 深田萌絵氏の発言に対する疑念 深田萌絵氏がブログやSNSなどで語っているJSF事件のうち、台湾で発生したとされるいくつかの事象について、これまでに挙がっている疑念を整理しました。 6274 pv 65 2 users 1
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登場人物・組織

深田萌絵(本名:浅田麻衣子)
Revatron株式会社代表取締役社長
WACが出版する『月刊WiLL』で執筆、同社運営の『WiLL増刊号』、『萌えちゃんねる』に出演
 
后健慈/Jason Ho
Revatron CTO(技術長)台湾系米国人
※ 当初深田氏はブログ等で「マイケル・コー」、「王源慈」と呼んでいた。
Revatron: Jason Ho 代表プロフィール
 
徐秀瑩
后健慈氏と共にMai Logic Inc、亞圖科技などを経営。
Company Directory: MAI LOGIC INC.
永旺未上市: 亞圖科技股份有限公司
 
WAC株式会社
『月刊WiLL』などを発行する日本の出版社
深田氏の書籍『日本のIT産業が中国に盗まれている』、『「5G革命」の真実』を出版している


4. JSF事件

Revatron株式会社のCTO后健慈氏が同社の代表取締役・深田萌絵氏に語ったところによると、后健慈氏はかつて台湾で電子機器関連の企業を経営していた頃(1998年から2005年の間と見られる)に米軍の次世代戦闘機F-35のフライトコントローラー/ディスプレイシステムの開発に携わっていたが、その設計を秘密結社に奪われ、FBIの被害者保護プログラムを受けて米国に亡命したという。

その後、后健慈氏はNASAに技術提供をしていたところ、深田氏と出会った。2人が立ち上げたRevatron株式会社は、后健慈氏の設計する電子機器が民間スペックの100倍から1000倍だったことなどから顧客からの反応も上々で、特許を10個セットで1億円で販売するなどして時価総額10億円までに成長したが、過去の事件の因果から再び秘密結社に狙われることになったという。

前回のサマリーで整理したファーウェイ工作被害疑惑事件、シャープ買収騒動をはじめとする深田事件はすべてその秘密結社との戦いの一部として位置付けられており、后健慈氏が過去に台湾で設計を奪われたというJSF事件はそうした深田事件のいわば「背骨」とも言えるもののようだが、客観証拠に乏しく、また深田氏の発言にもいくつか大きな「揺れ」が見られる。

このサマリーでは大まかな事件像だけを記述する。事件検証の詳細については『JSF事件の虚像と実像』を参考されたい。


4-1. FBIに保護された天才エンジニア

まず、JSF事件の当事者である后健慈氏(英名:Jason Ho)氏の経歴について、Revatron株式会社の公式HPに掲載されていたプロフィールと深田氏のブログの断片情報から簡単に整理する。

1961年、台湾の新竹市に生まれる。両親は南京人で国民党軍に所属していた。3歳より台北市に移る。5歳の頃に知能指数が200あったことから米国の研究所に送られそうになる。6歳で米国人のエンジニアに設計を教えてほしいと請われ、10歳で論文を書く

1981年、交通大学の電気工学科に入学。在学中に立体音響の特許を取得し、日本のTEACから得たライセンス料で1988年にペンシルバニア・ステイト大学の電子工学科修士課程入学。修士論文「コンプレックス・メッシュ・ネットワークにおける最短距離を計算するためのアルゴリズム」はAT&Tなどの大手通信会社にまたたく間に知れ渡った。 .

1989年から92年まではLSI Logic、Altos Computer、Chips and Technologiesなどでデザインエンジニアとして従事。Texas Instrumentsの役員から30万ドルの投資を受けて独立起業。自社のデザインチームを率いて多くの大手半導体企業に技術ライセンス付与。初の非対称デュアルプロセッサーシステムを発案し、1996年にTexas Instrumentsとライセンス契約。

セキュリティと識別を目的とした固有の遺伝子をプロセッサー・チップに組み込む理念を世界で最初に開発。その理念は幅広く受け入れられ、プロセッサーの識別コードとユニークシードでセキュリティキーを生み出す技術は今ではほとんどのプロセッサーで使われるようになってきている。

また、コンピューターチップのセルラー構造を発案。IBMのスーパーコンピューター「DEEPBLUE」の改革的なセル・プロセッサーとして用いられ語り継がれている。セル・プロセッサーはのちに改良されて東芝およびSONYの製品に用いられている。

2000年の初頭には中国科学院の顧問を務める傍ら新チームを率いてゼロから米軍向けの技術開発を行った。F-35にフライト・コントローラーとディスプレイ・モジュールが採用されたが、台湾で秘密結社に設計を奪われ、FBIの被害者保護プログラムを受けて米国に渡る。当時400以上の特許を保有していたが、米国最大の弁護士事務所にサインを偽装され、20億円近い借金を背負った

2013年頃のRevatron株式会社の公式サイトでは代表プロフィールとして「ジェイソン・ホー」の経歴が公開されていた。その前年の2012年にも「ジェイソン・ホー」として合同会社SARR主催の事業創出サロンで講演を行ったり、米国特許相談会を開いて特許コンサルティングをしたりしていたようである。

深田氏が本名で運営する「Revatron(レバトロン)浅田麻衣子」ブログ、「Revatron(レバトロン)株式会社 浅田麻衣子DBJファイナリスト」ブログ、失踪したらしい同社の副社長が運営していた「Revatron広報blog」などにも「ジェイソン・ホー」について書かれた記事がいくつか残っている。(2020年8月現在)

2014年1月、Revatron株式会社の代表を辞任すると、やがて公式HPからプロフィールが削除され、それに代わって深田氏が「マイケル・コー」(中国語名は「王源慈」)という仮名でブログなどに登場させるようになった。深田氏がJSF事件をはじめとする一連の事件についてネット上で発言を始めたのもこの頃のようである。

また深田氏は「マイケル・コー」という仮名を用いた上で、さらに「彼の現在の名前は本当の名前ではない。JSF事件のあとにFBIの被害者保護プログラムによって与えられた名前だ」という前置きをつけた。つまり「現在の名前」である「ジェイソン・ホー」で調べてもJSF事件以前の天才エンジニアらしき実績を確認できないのはそういった事情のためであるらしかった。

「ジェイソン・ホー」の過去と同様にJSF事件それ自体も多くの謎に包まれていた。深田氏の発言には肝心の「どのように設計を盗まれたのか」という点についてすら「揺れ」が見られたし、事件を受けて台湾政府が「台湾史上最悪の人権侵害だ」とセンセーショナルな発表をしたそうだが、国内外の記録にも人々の記憶にも全くそれらしい出来事が残っていないようだった。

当初、深田氏は「この事件の証人や証拠はすべて隠滅されてしまった」と説明していたが、2019年12月のパナソニック軍事レーダー技術流出疑惑騒動(第7節で整理する)の最中、突然JSF事件の資料を自ら公開し始めた。その真意は定かではないが、公開されたいくつかの資料からJSF事件の解明が進み、結果的にこれまでの深田氏の発言に対する疑念がより深まることになった。

深田氏が公開した資料からは「ジェイソン・ホー」がJSF事件以前から「Jason Ho」という名前であったことをはじめ、「后健慈」という中国語名、当時米国と台湾で経営していた企業の名前、「JSF計画でF-35のチップを開発していた」というのが実は「Articia P」というCPU周辺チップセットを提供する予定だっただけの話であったこと、さらには海外の子会社を使って2億元近く流用していたと告発されていたことまでもが明らかになった。

では、Revatron株式会社の公式HPに掲載されていた代表プロフィールや「FBIの被害者保護プログラムで名前が変わった」という話はいったい何だったのだろうか。


4-2. 后健慈氏 VS. 虹晶科技

まず「JSF計画」(Joint Strike Fighter Program)とは米国の次世代戦闘機開発計画で、共通の基本設計から空軍向け・海軍向け・海兵隊向けの新型機を開発することで開発費を抑えようというもの。2001年にLockheed Martinの試作機が採用され、「F-35」という制式名称が与えられた。(Wikipedia: 統合打撃戦闘機計画

当時、后健慈氏は米国でMai Logic Inc.という従業員17人程度の電子機器開発企業を経営しており、同社の主力製品の1つと見られるCPU周辺チップセット「Ariticia P」がF-35のフライトコントローラー/ディスプレイシステムの部品の1つとして採用されたことが事件が起こるきっかけになった。

2003年、后健慈氏は台湾に設立した亞圖科技を通して虹晶科技に「Ariticia P」の製造を発注した。「Ariticia P」は当時すでに民生用で製品化されていたが、戦闘機に用いるにあたって、より厳しい環境条件に耐えうる軍規格で作り直す必要があったものと思われる。

ところが、その製造が上手くいかなかった。虹晶はその原因について「亞圖の設計の問題」との見解を示したが、亞圖は「TSMCでの試作版の生産は上手くいった」と主張して譲らなかった。虹晶は亞圖に対して訴訟を起こし、資産差押えの手続きに乗り出した。おそらく請負契約に基づく報酬が正当に支払われなかったことを訴えたのだろう。

こうして亞圖は2005年に解散し、后健慈氏は台湾を去った。Mai Logicは2014年まで存続していたようだが、深田氏が「設計も知的財産権も失った」というようなことを語っていることから察するに、F-35に「Articia P」を提供する話は立ち消えになったものと思われる。(ちなみに「Articia P」のアップデート情報は2004年5月を最後に確認されていない)

2006年、后健慈氏が米国から1億ドルの反訴を提起したことが台湾の週刊誌『新新聞』によって報じられた。虹晶との企業間紛争について、后健慈氏は記者に「亞圖のチップは米国の次世代戦闘機のチップの技術に関連しており、人民解放軍が高い関心を持っている。華邦電子と虹晶科技は中国の最大手ファウンドリSMICにそれを横流しするつもりなのではないか」といった推察を語ったという。

記事は后健慈氏の推察を無批判に伝えているが、少し考えれば「仮に設計を横流しするつもりなら、企業間紛争など起こさず、友好関係を維持しながら秘密裏に行えばいいのではないだろうか?」、「わざわざF-35の開発遅延を引き起こすようなことをして米国政府の目につきやすくする必要はないのではないだろうか?」といった疑問が浮かぶように思う。

そもそも「Articia P」はあくまで市販品に準ずるもので、フライトコントローラー/ディスプレイシステムの兵器としての本質にそれほど影響のある核心部品ではない。部品として採用されている以上、「米国の次世代戦闘機のチップの技術に関連している」という表現に誤りがあるとは言わないが、誇大な印象は否めない。

記事には「一億美金的科技官司,牽動台美中敏感神經」(1億ドルの科学技術訴訟に台米中が神経を尖らせている)とのセンセーショナルな肩見出しが付いているが、筆者がこれまでに確認している限り、当時JSF事件について報じているのは新新聞のこの《小小商用IC,暗藏軍機》(小さな商用ICに軍事機密が隠されている)という記事だけである。

より正確に言うと、2005年末に虹晶が「短期的な資金需要がないため」として上場廃止を決めたことについて、「海外で上場するのか、SMICから投資を受けるのか」といった憶測が出ていると報じた記事は他にも見つかったが、それが亞圖との企業間紛争と関係していると報じた記事は確認できない。しかも結果的にその憶測は外れて、虹晶は海外で上場することもSMICから投資を受けることもなかった。


4-3. 后健慈氏 VS. 華邦電子
深田萌絵 @Fukadamoe

F35の超小型チップのデュアルユース設計を巡っての係争について、裏で糸を引いているのはウィンボンドCEO焦祐鈞だと報道した。 F35チップを盗んだ焦祐鈞が、証人潰しでCTOを訴訟したのだ。 #焦佑鈞 #青幇 #深田萌絵

2019-12-17 08:35:49

深田氏はBusiness Journalでも「焦氏は軍事技術に対して強く興味を持っており、F35のフライトコントローラー用チップの技術の取得をめぐって、焦氏が支配する台湾企業を利用して争ったことが、2006年に台湾紙『新新聞』で報道されている」と書いている。なぜここで華邦電子(ウィンボンド)の焦佑鈞氏の名前が出てくるのか。

1998年、台湾で亞圖が設立されてまだ間もない頃、焦佑鈞氏はIBMから后健慈氏を紹介された。元々華邦はMai Logic(の前身であるMentor Arc Inc.)と提携するつもりだったが、后健慈氏から「IC製品の技術発展は重要ではない。現行技術を遥かに上回るシステム・セキュリティ関連の技術をすでに発明してある」と亞圖との提携を求められたという。

1999年、亞圖は資金ショートを起こしたことから新株発行による増資を決定した。目標金額は7,500万元だったが、期間中に達成することができず、さらに株主の買付代金も未決済だった。そこで亞圖は華非建設、華非貿易などから一時的に7,050万元を借り入れ、増資について虚偽登記を行った。【臺灣士林地方法院 105年度訴緝字24號

1999年に亞圖が増資を行った際、焦佑鈞氏も1,500万元を投資している。后健慈氏によるとこの投資を通じて華邦と亞圖はパートナーシップ提携を結んだが、のちに華邦は「亞圖の技術には問題がある」と表明し、提携は解消になった。さらに焦佑鈞氏は后健慈氏が海外の子会社を使って亞圖の資金を2億元近く流用していると告発したという。

后健慈氏はこれについて新新聞の記者に「実は焦佑鈞氏はかつて投資銀行の仲介の下で当時世大積體電路の社長だった張汝京氏(のちに中国でSMICを創業する)と共に聯華電子との合併について商談したことがある」と語り、「提携解消と資金流用の告発の裏にもSMICの影があるのではないか」というようなことをほのめかしたようである。

深田氏は后健慈氏のそうした「推察」を元に書かれた新新聞の記事を事件の「証拠」とし、「焦佑鈞氏はかつて后健慈氏からF-35のチップの設計を盗んだ」と主張している。

さらにはJSF事件の約10年前に起きた海軍汚職事件(cf. ラファイエット事件)を持ち出した上で、焦佑鈞氏をその事件の首謀犯とし、「証人を少なくとも14人は殺した」と殺人の疑いをかけたり、「解放軍の総司令部顧問」、「世界の監視システムを牛耳る秘密結社の首領」などと主張したりすることまでしているが、いずれも客観証拠は提示されていない。


4-4. 后健慈氏の行方
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