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2011年7月6日

1Q69 BOOK2

いよいよ第二次ウエミン事件が勃発。 長崎県の佐世保で起きた中国残留孤児二世による金属バット撲打事件から一年。小学六年生の五人が米軍基地を占拠する異常事態に。 Twitterでのパラレルワールド小説のまとめです。
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新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 59:1974年7月4日木曜日。決行の日の朝が来た。俊介は普段どおり6時に起床、ジョギングに出かけた。朝のジョギングはリトルリーガーとしての日課だった。暑いので今日はサボりたかったが、いつもと違う行動は親から怪しまれる。仕方なく、いつものように外に出た。

2011-07-04 02:58:51
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 60:俊介はウエミンの家に向かった。ウエミンの家は走れば5分の距離にあった。別に登校前に会わなくても学校に行けば会えるのだが、なんとなく今回の作戦決行のきっかけを作った仲間の顔を見たくなったのだ。

2011-07-04 03:05:45
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 61: ウエミンが住むアパートの前に来た。アパートは、二階建てでそれぞれの階に四軒ずつ入った木造で、そこでの生活は決して裕福とは言えない。だが、部屋の中から聞こえるテレビの音や、朝食の味噌汁の匂いは、幸せな家族をイメージさせた。

2011-07-04 03:14:58
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 62: ウエミンは、1970年の日米国交回復から始まった中国残留孤児の帰国運動の初期の帰国者の子供だった。残留孤児二世ということになる。父親は中国人で三人兄弟の上の二人は中国に残っているらしい。俊介は家族が離れて暮らすのは普通じゃないと漠然と思っていた。

2011-07-04 03:22:44
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 63: 俊介はウエミンの部屋のドアをノックした。朝食の準備をしていた母親がドアを開けてくれた。母親は未だに日本語ができない。ウエミンが奥の部屋から眠そうに出て来た。本当は外で話がしたかったのだが、母親が中へ入れと言うので仕方なく部屋に上がった。

2011-07-04 03:29:57
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 64: 奥の部屋には真新しいカラーテレビが置かれていた。1年前には無かった物だ。ウエミンの家族をはじめ、中国から帰国した残留孤児家庭の多くは貧しかった。受け入れる親戚にもよるが、ウエミンの母親のように一応親戚はいても、生活の面倒まで見れるケースは少なかったようだ。

2011-07-04 03:33:48
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 65: 勿論、国は生活保護レベルの補償はしていた。だが、言葉もできないので仕事はないし、近所付き合いも次第になくなって行った。それが一年前のウエミン事件以降、少し状況が変わった。ウエミンが起こした事件をきっかけにマスコミが帰国残留孤児の生活をこぞって放送したからだ。

2011-07-04 03:37:35
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 66: 事件後、多くの新聞記者、NHKと民放の記者がウエミンのアパートを訪れた。NHKからはカラーテレビが贈られたし、取材に来る記者はポケットマネーなのか社費なのか分からないが、ハムや米、インスタントラーメン等の食料を持ち込んだ。取材協力へのお礼のつもりらしい。

2011-07-04 03:44:18
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 67: ウエミンの母親は取材を嫌がっていた。日本語が出来ないからだ。必然的にウエミンが片言で日本語と中国語で通訳することになる。ウエミン親子は一種の見世物になっていた。「戦争で犠牲になった残留孤児は今も困ってます」というステロタイプな報道が続いた。

2011-07-04 03:52:04
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 68: 記者だけでなく、政治家もこの貧相なアパートによくやって来た。自民党系無所属の佐世保市長も一升瓶を持ってきたし、佐世保選出の社会党の書記長は大量の文房具を持ってきた。マスコミを意識したパフォーマンスだったようだ。

2011-07-04 03:57:30
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 69: 市長が持ってきた日本酒の一升瓶は、竹薮の中の基地に持ち込まれ、仲間達と飲んだ。ウエミン以外は口を付けただけで咽た。全く美味しくなかった。結局ウエミンが一人で飲んでいた。中国では小学生でもお酒を飲むらしい。俊介は中国という国は日本と違うんだとだけ理解した。

2011-07-04 04:03:16
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 70: この一年でウエミン親子の生活は物質的にはよくなったが、ウエミンの母親は幸せそうには見えない。父親や兄弟が日本に来れない理由は分からない。じゃあウエミン親子も日本に来なければよかったのにとも思う。俊介は、何となくそのことは訊いてはいけない気がして黙っていた。

2011-07-04 04:10:48
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 71: 1974年7月4日、力石は一睡できずまんじりともせずに朝を迎えた。力石の背は小さい。その分だけコンプレックスも強かった。実家が米軍相手の喫茶店を営んでいて裕福だが、米軍相手に稼いでいると同級生から虐められたこともある。

2011-07-04 23:49:47
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 72: 複雑な環境に生まれた分、力石は頑張った。体は小さくても近所の米軍基地内の中で練習するリトルリーグではセカンドとしてレギュラーになった。ショートを守る俊介とは自然と親しくなって行ったが、同時にライバル視もしていた。俊介の方は何とも思っていなかったが。

2011-07-04 23:56:16
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 73: 両親共に地方公務員の俊介は、力石の家庭を見て「金持ちはいいな」と漠然と思っていた。力石から五センチもあるビフテキを食べた話を聞いて、「自分もいつか食べたい」と素直に思ったりもした。

2011-07-05 00:02:29
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 74: ただ俊介は、中国残留孤児二世のウエミンの家の貧しさと、力石の家の裕福さとのギャップに気づいていた。なぜこんなに違うんだろう?生まれた場所や親が違うだけで全く違う人生になる。

2011-07-05 00:06:46
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 75: リトルリーグでもレギュラーになるには親の力が物を言う。熱心な親は息子の練習に同伴し、率先してお茶当番を引き受ける。監督への付け届けも忘れない。監督も人の子だ。熱心な親の子にチャンスを与えない訳にはいかない。出場機会が増えればその分上手くもなるからだ。

2011-07-05 00:11:24
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 76: 俊介の父親も付け届けはしなかったが、お茶当番や夏休み中の合宿の当直には来てくれた。俊介は親が練習を見に来るのは好きではなかったが、お茶当番のルールがあるようなので拒否はできなかった。俊介が父親に感謝するようになったのは大人になってからのことだ。

2011-07-05 00:17:25
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 77: 力石の朝に話は戻る。力石は米軍基地占拠後に発表する犯行声明文を書いていた。7月4日に決行日が決まった後、この二週間で何十回と書き直してきた。決行前夜も四百字詰めの原稿用紙に三回も清書しなおした。結局そうこうしている内に朝が来てしまったのだ。

2011-07-05 00:24:17
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 78: 力石の家の朝食は、オレンジジュースに、トースト、サニーサイドアップの卵、野菜サラダ、カフェオレだ。力石の母親が目を赤くしている力石に「昨日は寝とらんとね?」と訊く。「ちゃんと寝たよ」と力石。父親はそのやり取りを新聞越しに見ながら考え事をしていた。

2011-07-05 00:29:23
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 79: 後から分かることだが、力石の父親は力石や俊介達の犯行計画を事前に知っていたのだ。それもそのはずだ。力石が犯行声明文を何度も何度も原稿用紙に書いては捨て、書いては捨てしていたら、親にばれても仕方がない。力石はばれていることに全く気づいていなかった。

2011-07-05 00:33:40
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 80: 幸い、母親は喫茶店の近くで美容院を経営していたので、自宅兼喫茶店のゴミを捨ては父親の担当だった。なので力石の母親は、夜な夜な力石が遅くまで起きているのは熱心に勉強しているからだと思っていた。一人息子が大事件を起こすとは想像だにしていなかったのだ。

2011-07-05 00:40:46
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 81: 遠藤剛史、小学校六年生にして身長180センチを超える巨漢で、周りから巨人症だと言われたりもするが、ジャイアント馬場のように動きが鈍い訳ではない。俊介とは三年生のときに喧嘩をしたことがある。喧嘩の原因は今では思い出せない。

2011-07-06 00:48:01
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 82: 遠藤と俊介の喧嘩は、俊介の勝利に終わった。普通に喧嘩すると当然遠藤にかなわないのだが、俊介は遠藤の二の腕に噛み付いて離さず遠藤が戦意喪失して決着した。それ依頼、俊介は誰からも勝負を挑まれたことはない。俊介の後ろにいつも遠藤がいたからだ。

2011-07-06 00:51:21
新田靖浩 @neo_mx

#1Q69 83: 遠藤の家は両親が離婚していて、母親と姉と三人で暮らしている。遠藤の姉は既に高校生で、遠藤と違って身長も普通に160センチちょっとで美人だった。俊介は遠藤の姉と会うと妙に落ち着かなかった。一度、遠藤と二人で遠藤の姉の入浴を覗き見して以来のことだ。

2011-07-06 01:03:50
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コメント

新田靖浩 @neo_mx 2011年7月7日
Twitterパラレルワールド小説「1Q69」BOOK 2、遂に100ツイートに突入。まとめはこちらで見れます。
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