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女神の庭の殺人ゲーム2(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

花畑のあちこちから肉を掻き出しこね回すための鉤や刃や棘をびっしり生やした柱が数本、次々と飛び出し、みるみる四方八方から距離を詰めてくる。 「ひぎゃぁ!?」 海底の街で同種のからくりに出くわした経験のあるウィストは、だからこそ余計に恐慌を来した。

2020-08-26 22:24:24
帽子男 @alkali_acid

「わあ!!!ああ!!あああ!」 魔法を使う頭もなく悲鳴を上げると足首に鋭い痛み。鉄条には鋸刃がついているようだった。もがき続ければ肉が削げ骨まで抉れる。 逆に言えば足を切り離しさえすれば逃げられる。

2020-08-26 22:26:11
帽子男 @alkali_acid

「ひ…ひっ」 だが黒衣の少年は何を考えるゆとりもなく凍り付いたままだった。その間にも拷殺機械は間隔を詰めてくる。 「ぁ…ぁーっ」 涙ぐむことさえできず声を失い、硬直する男児に、最初の棘が迫る。

2020-08-26 22:28:31
帽子男 @alkali_acid

「ハハ。チープデース!定命の人間が裁きの神を気取るにしてもあまりにも安普請デース」 朗らかに喋りながら、義眼の青年が隠し通路を抜けてくる。手にはいつのまにか工具を握っている。どうやら少年の長衣の裏から掏り取ったらしい。 「ウィスト少年。落ち着けば簡単に抜けられるはずデース…」

2020-08-26 22:30:17
帽子男 @alkali_acid

「凝った機械は、誤作動も多くなりマース…弱点だらけデース…それでもすぐ思いつきそうな急所には罠をしかけてありマース…でもそれ自体が別の弱点を産みマース…だからこそ罠は簡素でなければだめデース。この地に陣取る定命は基本さえ理解してないデース」

2020-08-26 22:32:13
帽子男 @alkali_acid

フォサルサは喋りながら、義眼を煌めかせると、目にもとまらぬ速さで腕を振るった。たちまち拷殺機械のいくつかが不規則な蠕動を始め、やがて内部で不協和音を立てた後、あっけなく動かなくなった。

2020-08-26 22:33:44
帽子男 @alkali_acid

「足は自分で抜けられるデース?」 「は、はぇ…」 ウィストは我に返ると、闇色の外套を翻し、内側から一振りの細剣を抜き払うと、目にもとまらぬ速さで足元に斬りつけた。たいして腕力がこもっているとも思えない一撃で、あっさりと鉄条は断ち切れる。

2020-08-26 22:35:49
帽子男 @alkali_acid

「グレイト!名工の剣に、達人の武芸デース。それだけでも十分、人間如きの罠など壊せたはずデース」 「…は…はぇ…」 「足の傷をみて上げマース」 「え…いいです」 「王の手は癒しの手。遠慮しなくていいデース」

2020-08-26 22:37:37
帽子男 @alkali_acid

天馬の王は拷殺機械をあっさり解体すると、長椅子替わりに横倒しにし、黒の乗り手を座らせると、靴を脱がせ、洋袴(ズボン)をからげさせ、鉄条が巻き付いたあたりを検めた。 「オウ…」 「はぇ…ひ、ひどい…ですか」 「肌の下に血がにじんでマース…でもこれは罠による傷ではないデース」

2020-08-26 22:47:50
帽子男 @alkali_acid

「へ?」 「ウィスト少年のつけてる靴や服は、どうやら妖精の鎖帷子より強靭デース。悪鬼の大刀の一撃ぐらい防げマース…なのでこれは、ウィスト少年自身の心が負わせた傷デース」 「心…が?」 「優れた魔法使いに時々いマース。心の働きが強すぎ、思い描く傷が肉の器にあらわれるデース」

2020-08-26 22:50:24
帽子男 @alkali_acid

「はぇ…はぇ」 「インタレスティング…実に…インタレスティング…ウィスト少年…ユーは妖精族というだけではないデース…神霊や精霊と呼ばれる種族の特徴も備えているようデース…フーム…ルックスライク黒の賭け手…自然ではなく…作為が生み出した存在デース…」

2020-08-26 22:53:17
帽子男 @alkali_acid

「はぇ…」 「ウィスト少年の肉の器を解き明かせば…私も木馬作りよりもっとインタレスティングなことができる気がしマース…そう難しくはないデース…」 いかにも職人らしい白い手指が、黒く滑らかな脚線をなぞる。

2020-08-26 22:55:57
帽子男 @alkali_acid

「も、もういいですか」 天馬の王の触診が太腿あたりまで達したところで、黒の乗り手は弱々しく押しとどめる。 「ノープロブレム」 義眼の青年はにっこりと頷いて腕を引っ込めた。 「時はたっぷりあるデース。時は常に妖精の味方デース」

2020-08-26 23:00:35
帽子男 @alkali_acid

少年はぶるっと小さく震えてから服を戻した。 それから二人はさらに先へ進んだ。似たような隠し通路はさらに何個もあり、一部は間抜けだましが仕掛けてあった。 正解とおぼしき経路にも避けては通れぬ死の仕掛けがあったが、男児はことごとく黒蝙蝠譲りの工芸の技で停止させ、切り抜けた。

2020-08-26 23:02:41
帽子男 @alkali_acid

かなわぬ時は、黒海豹譲りの体術で躱し、どうしてもという場合には黒猫に仕込まれた武芸を発揮し、機械そのものを細剣の一突きで壊した。 妖精の丈夫は一切手助けをせず、ただじっくりと相棒の奮闘を観察していた。

2020-08-26 23:04:47
帽子男 @alkali_acid

「あ、あのう」 「イエス、ウィスト少年。パーフェクトデース」 「はぇ…」 「パーフェクト…純血の妖精より…妖精らしいとさえ言えマース…交配を重ねた馬がより血筋の長所を引き出すように…」

2020-08-26 23:09:49
帽子男 @alkali_acid

時々罠の中には傍観するフォサルサを巻き込もうとするようなものもあったが、義眼の青年は面倒そうに素手でからくりの急所をとらえて誤作動を起こさせ、また見聞に打ち込むのだった。 「考えたこともなかったデース…でも探求心をそそられマース…ウィスト少年…いやウィスト少女に…」

2020-08-26 23:13:00
帽子男 @alkali_acid

「はぇ?」 呼ばれたと思ったウィストが振り返ると、年嵩の相棒はにこにこと手を振り返し、一人うそぶく。 「妃に迎えてから何人かベイビーを産んでもらってもいいかもしれないデース…どんな資質が発現するのか…ルッキンフォワードトゥーイット」

2020-08-26 23:15:20
帽子男 @alkali_acid

やがて黒白、大小の妖精は殺人迷路を抜け、ヤヴァネの庭の中心。木の園丁の集落へと到達した。 そこはかつては美しかったかもしれないが、今は年老い半ば立ち枯れた雌木の群がたたずむ、荒涼の地だった。

2020-08-26 23:19:37
帽子男 @alkali_acid

木の園丁。 樹精の媼(おうな)。 いずれも土とともに働き続けため腰は曲がり、粗びた木肌は濃褐に焼け、葉の髪は日にさらされて実った穀物の色となり、殆どが落ちて、頬にある熟した林檎のような朱も褪せつつあった。双眸は洞のように暗かった。

2020-08-26 23:24:03
帽子男 @alkali_acid

屈み、座り込み、うなだれ、頭を抱え、身を丸め、それぞれ疲れくたびれきっている風だが、いずれも動かない。 ただひともとは罅(ひび)の入った巨岩に腰をおろし、亀裂に根を張りながら、両の掌をつなぎ合わせ、揺り籠のような形を作り出していた。皺を刻んだ容貌は籠の内を穏やかに見下ろしている。

2020-08-26 23:27:10
帽子男 @alkali_acid

一人のもう若くはない男が中で丸まって眠っていた。 不健康そうな、やつれた面差しだ。だが表情はくつろいでいる。 黒の乗り手と天馬の王が、足音をさせずに近づくと、だしぬけにあたりでねじれた幹という幹が痛ましい軋みをさせる。

2020-08-26 23:29:25
帽子男 @alkali_acid

掌の揺り籠で眠っていた男は瞼を開くと、人間の顔の皮で作られた仮面をかぶり、たいぎそうに寝床から抜け出した。 「来たか。黒の乗り手」 そう西方語で話してから、咳き込み、口元から血をあふれさせる。 「間に合ったな。私はジーグサウ。お前に命の尊厳を問うものだ」

2020-08-26 23:32:13
帽子男 @alkali_acid

ぼたぼたと赤黒い筋を垂らしながら、平静な口調でジーグサウと名乗った人物は語らう。 ウィストは震えあがりそうになるのを堪えて、おずおずと挨拶を返した。 「はじめまして。ウィストと言います。く…黒の乗り手です。よろしくお願いします」

2020-08-26 23:33:46
帽子男 @alkali_acid

フォサルサは生身の方の瞼を伏せると、知らぬふりで通した。今は名乗るほどの価値を認めていないというそぶりだった。 ジーグサウもまたそちらを省みようとはせず、ただ少年にだけ向かって話しかけた。 「ここへ来るまで恐怖を感じたか」 「は、はぇ」 「まじりけのない。本当の恐怖を」

2020-08-26 23:36:02
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