女神の庭の殺人ゲーム3(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

「だあれ…おとうさん…おかあさん?おかあさん?」 黙ったまま樹皮の肌を持つ媼は、腕に亀裂を走らせ、血のかわりに蜜を滴らせた。甘やかな香りに、子供は泣くのをやめ、ぼんやりと鼻をひくつかせた。 「いいにおい」

2020-08-28 22:26:10
帽子男 @alkali_acid

「お飲み」 声を放たず、木の園丁は促したようだった。 子供はおずおずと顔を近づけ、舌を伸ばして舐め、ちょっとしぶそうに鼻の付け根に皺を作ってからまた熱心に味わい始めた。

2020-08-28 22:28:05
帽子男 @alkali_acid

目覚めた木の園丁のもとで、疲れた幼子は眠った。 そうして眠りから覚めると、父の骸は清められ、花に囲まれていた。大地が割れ、呑み込もうとするのを、仔は泣きじゃって嫌がった。 「命は失われ、命はつながる」 媼は古い言葉で囁いた。だが通じはしなかった。

2020-08-28 22:30:07
帽子男 @alkali_acid

それでも庭の土が骸を内に隠してしまうのを、男児は見送らねばならなかった。 しばらくの間、木の園丁はみなしごを匿い、養った。望むがままに庭の作り方、手入れの仕方を教えた。鋏や鍬や鋸、梯子に脚立、さまざまな道具の扱いも。

2020-08-28 22:32:08
帽子男 @alkali_acid

背が伸びた少年は、しかしやがてヤヴァネの庭を出てゆくことにした。 「お前の中に黒い病魔が育つ。けれどここにいて、庭の蜜と水を飲み、木の時を生きれば、その進みはとてもゆっくり、ゆっくりしたものになる。永遠ではなくとも、永遠に近い」 「永遠…永遠を…人間が欲しがるのはわるいことです」

2020-08-28 22:34:31
帽子男 @alkali_acid

引き留める老女達を振り切って、少年は人間の世界に帰った。尋ね歩いて父の親戚を見つけ、頼り、やがて秘密の結社である風鷲党の一員に迎え入れられた。 古く気高い西方人の血統を、穢れた闇の地の民から守るために戦う組織だという。少年の父は風鷲党の祭司と言うべき地位にいた。

2020-08-28 22:37:32
帽子男 @alkali_acid

主に穢れた暗い膚の東方人との間に、血の過ちを犯した西方人の若い男女に罰を与え、神々の怒りを鎮める供物として捧げる仕事だった。 少年はありとあらゆる拷問具の扱いを教わった。庭仕事で使うような鋸や鋏もあれば、もっと高度で複雑な発条や歯車やからくりを使うものまで。

2020-08-28 22:40:12
帽子男 @alkali_acid

新たな師匠は時計工だった。代々の風鷲党の一員として、多くの罪人に罰を与えてきたという。 「混血だよ」 職人は語った。 「穢れた東方人との間に生まれた色のついた肌の忌々し小鬼…育ち切る前に…目一杯罰を与えて…神々の怒りを鎮める」

2020-08-28 22:42:56
帽子男 @alkali_acid

師匠は弟子を、工房の地下にあるもう一つの工房に連れてゆき、数多くの実績を示した。 「お前にもいずれ実地で経験を積ませてやる。混血はすぐ生まれてくる。これは終わりのない戦いだ…王帰ります時まではな」 少年はまじめにすべてを受け入れ、聞き、学んだ。

2020-08-28 22:44:32
帽子男 @alkali_acid

だが覚えた技を最初に振るった対象は、混血の子供ではなく、師匠だった。 「なぜ…何を…」 「死と向き合って下さい。先生。波打つ刃の切っ先のような死と…それが人間の尊厳を目覚めさせます。さあ。大切なものを捧げ、生き抜くことで、命の輝きを見せて下さい」

2020-08-28 22:46:48
帽子男 @alkali_acid

時計工は健闘した。数多くの殺人からくりを考案し制作してきた職人として、弟子が感心するような努力を行った。最後に事切れたのは出血多量よりも苦痛によってだった。 少年は師匠の工房のすべてを受け継ぎ、いずこかへ重要な備品を持ち去ると、火を放って灰に変えた。

2020-08-28 22:48:48
帽子男 @alkali_acid

それから、少年は父につながる風鷲党の地方組織をたぐり、幹部を一人また一人と試練に引き入れていった。 彼等が掲げる高貴の使命にふさわしい尊厳を示せるかどうかを、どうしても確かめねばならなかったから。 すばらしい輝きを発したものもいるし、みじめにくすんだ最期を遂げたものもいる。

2020-08-28 22:50:29
帽子男 @alkali_acid

当時の幹部には試練を生き延び、少年がこしらえてやった車椅子に乗って随分長寿を保ったものもいた。 少年はやがて若者になり、さらに腕を上げながら、人間の尊厳。限られた命の輝きを求めて活動の範囲を広げた。

2020-08-28 22:52:46
帽子男 @alkali_acid

今や対象は結社に限らなかった。命令一つで千や万の命を奪える将軍や高官、強力な兵器を開発する学者。 風鷲党と同じような使命を抱いて生きる英雄らしき人々は、若者にとって試練を与えるべき相手となった。

2020-08-28 22:55:25
帽子男 @alkali_acid

「殺人出題者ジーグサウ」 いつしかそうした異名でもって若者は闇の社会でささやかれる存在となった。試練の名残を目にしたものたちの間で、密かに鮮やかな仕掛けや工夫に打たれ、模倣をする輩があらわれた。

2020-08-28 22:57:09
帽子男 @alkali_acid

ジーグサウは興味を惹かれて密かに接近し、こうした崇拝者の間にも試練を与えるべき存在、独特な信念や美学を持つ大量殺人犯がいるのを知った。 新たな鉱脈と言うべきだった。ジーグサウは、闇の社会を渉猟し、なうての犯罪組織の頭目や、快楽殺人鬼をさらっては、拷殺機械に対していかに戦うかを、

2020-08-28 22:59:22
帽子男 @alkali_acid

観察し、感銘を受けることもあれば失望することもあった。 青年期に入った頃、ジーグサウには別の存在が接触してきた。「財団」。人類を超常の脅威から守る秘密結社だという。要するに風鷲党と似たようなもの。

2020-08-28 23:01:14
帽子男 @alkali_acid

財団は、死刑が決まった重犯罪者の中から丁級職員と呼ばれる消耗人員を補充する。 ところがジーグサウが死刑囚棟に潜り込み、丸ごとひとつ試練の場に変えたことで供給不足が発生し、財団は彼を意識するようになった。

2020-08-28 23:03:34
帽子男 @alkali_acid

ジーグサウはすでに四桁に近い数を試練によって殺害していたが、単なる人間だったので、財団にとって確保、収容、防護対象ではなかった。 やんわりと排除しようとしたが、逆にジーグサウは財団の幾人かの博士と、理事会の役員、出資者などを試練によって殺害した。

2020-08-28 23:05:02
帽子男 @alkali_acid

ジーグサウは、拷殺機械に対して発揮したのと同じ理解力を、超常の存在「遺物」に対しても示し、財団が遺物を持ちてとる防御や攻撃を回避し、逆に深刻な打撃を与えた。 報復として財団の機動部隊がジーグサウを無力化しようとして返り討ちに遭う事態が繰り返され、ついに交渉がもたれた。

2020-08-28 23:07:05
帽子男 @alkali_acid

「財団に加わってくれれば、あなたが試練を与えるべき人物を供給し続けます」 「ではまず君…そして財団の理事会というものを」 「理事会はあなたが思っているようなものではありません。ジーグサウさん。この世には人間以外の存在もいるのですよ」 「それがどうかしたかね」

2020-08-28 23:09:09
帽子男 @alkali_acid

甲級を含む幹部職員を相当失ったあと、ついに休戦は成立した。 ジーグサウの新たな獲物は、遺物に惹かれ集まってくる輩。永遠の命、不死や復活のために遺物を利用せんとするさまざまな個人や集団だった。

2020-08-28 23:12:03
帽子男 @alkali_acid

ジーグサウは財団の機動部隊「終端の騎士団」に加わっていた。中年の域を過ぎ、父から受け継いだ病魔はすでに身を深く蝕んでいたが、彼は熱心に仕事を続けた。 財団内部にも標的はいた。特に同じ終端の騎士団に属するものたちこそが最も試練にふさわしかった。

2020-08-28 23:14:02
帽子男 @alkali_acid

殺人出題者は財団に協力しながら、最後に財団全員に試練を与えるとびきりの仕掛けを準備していたが、ついに完成を見ることはなさそうだった。 黒の乗り手という敵が現れたせいだった。財団の連絡網を通じて入ってくる情報は、この存在が最も忌むべきもの、試練を無に帰す邪悪だという事を示していた。

2020-08-28 23:17:50
帽子男 @alkali_acid

「そうだ。黒の乗り手よ。お前は予想通り、人間のために作り上げた試練をやすやすと破壊した」 いつしか記憶の景色の真ん中にはジーグサウが立ち、ウィストと向かい合っていた。 「妖精という種族の婦人を見つけてから、懸念は抱いていた」

2020-08-28 23:19:41
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