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妖精の騎士と鏡の女王(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

手に持つ剣を振るって、装甲を乳酪(バター)のように斬り裂き、機械のねじくれた内臓を破壊した。 すると騒ぎを聞きつけた翼ある恐ろしき獣が二三匹、死してなお動く戦士を捕え、ほかの亡者と毛色が違うのを感じ取ったのか、急降下してくる。

2020-09-28 22:42:09
帽子男 @alkali_acid

だが古代の戦装束をまとう屍が、うつろな眼窩でじっと見つめると、まるで生き別れになっていた飼い主に出くわしたかのように飛獣の群は害意をひっこめ、宙に円弧を描いてから、どこかへ翔び去っていった。 「…時いまだ満ちず」 朧な影となり歩き戻ってくる亡者を女記者は手帳を取り出しつつ迎えた。

2020-09-28 22:44:40
帽子男 @alkali_acid

声の震えを抑えつけて尋ねる。 「私は戦場記者のヒョロヤナギ。あなたに幾つか質問をさせていただきたいのだが…」 「黒門が開くまで猶予がある。我が予言を望むか、死すべき定めの人の子よ」 「予言?宗教はことごとく大衆の阿片だ。科学に目覚めたものは耳を貸さない」

2020-09-28 22:47:04
帽子男 @alkali_acid

またぎこちない沈黙があった。 「名前を聞いても構わないかね?」 「…塚人…かつて死すべきものらはそう呼んだ」 「では塚人氏。あなたが…その…戦争に参加した理由は?」 「戦場は我が故郷…だがこたびは…我が主を出迎えんがため」 「主とは?差し支えなければ」

2020-09-28 22:49:10
帽子男 @alkali_acid

塚人は剣の切先を虚空にまっすぐ指し示す。 「今や、予言は望まぬとも、この狭の大地にあまねく万民が避けえぬ刻限となった」 「私は鎖につかぬ人民のひとりとして宗教を拒絶する。だが質問への回答は歓迎しよう」

2020-09-28 22:52:11
帽子男 @alkali_acid

古代の戦装束をまとう亡者は面白がるように虚ろな眼窩に宿る炎を踊らせた。 「明日は北北西の風。雨のち晴。ところにより黒の乗り手が降るであろう。幸運の色は、黒」

2020-09-28 22:53:01
帽子男 @alkali_acid

女記者はとりあえず書き留めた。 「今日の予定は?」 「今日は見えぬ。見えぬならば。今日は不死のものの時」 「具体的にお願いしたい」 「妖精の騎士が降るであろう」

2020-09-28 22:54:05
帽子男 @alkali_acid

天の雲の帳を引き裂いて、黄金の緞帳の如き陽射しとともに一隻の船が降りてくる。 黒翼の竜が鎖でもって曳く船。 竜曳船。

2020-09-28 22:55:57
帽子男 @alkali_acid

舳先に立つのは妖精の騎士。 びょうびょうと横笛を吹き鳴らす。 飛行船の艦隊が向きを変え、隠していた大砲をせりださせ、照準を新たな敵に向ける。

2020-09-28 22:57:20
帽子男 @alkali_acid

稲妻が一筋走って、一隻を気嚢ごと火だるまに変える。 別の一隻は竜の放った咆哮でずたずたに破れ、まっさかさまに落下していく。さらに一隻は青い氷に凍てつき、粉々に砕けて金剛石の如く煌めく雹を降らせる。 急ぎ反転を始めようとした一隻には根が絡みつき、葉が茂り、花鞠が咲いて沈んでゆく。

2020-09-28 22:59:26
帽子男 @alkali_acid

「…妖精の…騎士だと」 「しかり。闇の宿敵…影の国の滅びの因…西の果てより吹く光の風」 塚人のしゃがれた声の語らうそばで、女記者は望遠の鏡玉に付け替えながら、はたしてどんな新聞ならこの事件を載せるのかと訝り始めていた。

2020-09-28 23:02:18
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ ダリューテは横笛ミルドガードを奏で、亡者たちを眠りに就かせながら、竜曳船エシファエンをゆっくりと地上に降ろさせた。 一つの曲がゆっくり終わると、甲板でかたわらで丸々した太り肉の婦人がはしゃいだ声を上げる。 「あらん。面白い子達がいるわねん。竜に似てるわん」

2020-09-28 23:07:10
帽子男 @alkali_acid

肥えた左右の肩の上では二本の蛇の頭が、演奏の余韻にまだうっとりととぐろを巻いている。 「でもん…この子達と同じでダリューテさんに向かってくる気はなさそうねん」

2020-09-28 23:09:12
帽子男 @alkali_acid

妖精の騎士は髪を風に嬲らせると、横笛ミルドガードを腰帯に差し、琵琶ナクハイアルを虚空から招き出して抱え、すらりとした片足を大きく開いて船首を踏む。白地に金の刺繍が入った長洋袴(ズボン)と同じ柄の長靴とが日の光に照り映える。 「我が歌を聞け」

2020-09-28 23:14:33
帽子男 @alkali_acid

よく通る声とともに、しなやかな指が弦を爪弾くと、最前よりさらに強く魔法の演奏が溢れ、黒竜の翼が起こす風にのってどこまでも広がっていく。 尖り耳の乙女が高らかに歌い出すと、地を這うもの、駆けるもの、潜るもの、空を舞うもの、あらゆる恐るべき獣は人間を餌食とするのを止めた。

2020-09-28 23:16:40
帽子男 @alkali_acid

君主の帰還を迎える旧臣のように、ほかの異形をかきわけ、押しのけ、あるいは競い合って、エシファエンの周囲に渦巻くように集まってくる。 「あらん。これじゃ。この子達は食べられないわねん」 闇の侍女の一柱、双蛇の女王ザハキは残念そうに嘯きながら、薄焼菓子を一枚ずつ、左右に蛇に与える。

2020-09-28 23:19:42
帽子男 @alkali_acid

大俎板カシュキスでこねられた生地が竜の火で焼かれたもので、一口つまむだけで、力あるものに無尽の活力を与えた。 「あの子達とは、遊んでもいいかしらん?」 ダリューテの歌いと奏でが通じぬ異形もいた。 遺物。人の顔の皮をはいではつぎはぎし膨れていく傘や、血で満ち満ちた琺瑯の浴槽。

2020-09-28 23:22:51
帽子男 @alkali_acid

「じゃあちょっと腹ごなしをしてくるわねん」 新月の深更より暗い裳裾と袖をはためかせると、ザハキは二つの蛇頭をうねらせつつ宙に浮かび上がる。並の衣なら竜の熱に焙られればたちまち灰となるが、妖精の騎士が織機ヒルディカを用いて手ずから成さしめた布地は焦げつきもしない。

2020-09-28 23:27:19
帽子男 @alkali_acid

人間の矢も弾も剣も槍も通らず、生半可な魔法ならばはじき返す。雅やかな闇の侍女のお仕着せは小人の作る最良の甲冑にも並んだ。

2020-09-28 23:28:56
帽子男 @alkali_acid

ザハキはにこにこと笑うと、貯えた贅肉をあっという間に絞り尽くして、小柄な細身の乙女に変じると、輝く礫となって遺物の群に飛び込み、灼熱の拳の一打ちで、血の浴槽を干上がらせ、人皮の傘を縮れさせて骨だけに変えた。 肩から生えた竜の首もそれぞれ遺物に向かい、短剣のような牙を振るう。

2020-09-28 23:31:43
帽子男 @alkali_acid

「楽しいわねん。お腹が減ってきちゃったわん」 巾着からまた二枚の薄焼菓子を出して、左右の蛇頭に与えると、裳裾をめくらせつつ、すらりとした足の一蹴りで復活を遂げようとしていた遺物を薙ぎ払う。 「おやつはいっぱいあるから。いっぱい遊びましょうねん」

2020-09-28 23:33:32
帽子男 @alkali_acid

「私もやる!私もやる!どっかあああああん!!」 そろいの黒いお仕着せをまとった透き通った肌の少女が、虹色の内臓を煌めかせながら、からくり仕掛けを操って向かってくる人工精霊の一団へと飛び込んでいく。 「ダリューテ!みて!すごい?私すごい?」

2020-09-28 23:35:43
帽子男 @alkali_acid

海魔の皇女スズユキは、山塊にも等しき大きさを持つ裸海蝶の本性をあらわにし、一瞬で周囲にひしめく悪魔や鬼神をかたどったからくりを凍結させ、粉砕した。 闇の侍女のお仕着せは広がって、黒い絲帯(リボン)となり、可憐に力あるものの巨躯を飾る。

2020-09-28 23:37:38
帽子男 @alkali_acid

"ダリューテ!全部凍らせていい?!あっちからあっちまで全部?地面の下もお空の上もぜーんぶ凍らせていい?" 海魔の鰭が一打ちすると、氷河が大地に走って広がっていく。 「ヒカリノカゼ…」 続いてのそのとと大柄な女がやはり、闇の侍女のお仕着せをまとって現れ、遅れて舷側から身を乗り出す。

2020-09-28 23:39:43
帽子男 @alkali_acid

甲蟹(かぶとがに)を思わせるが、一つの都市ほどの大きさもある生きた艀(はしけ)、雷怪テケリもまた本性を解き放つと、女主人の歓心を買いたさに、無差別に雷の雨を降らせ始めた。 "やだああああ!!私が凍らすの!!テケリが雷で壊しちゃやだああ!!" "ヒカリノカゼ…これ…好き…か?"

2020-09-28 23:42:28
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