妖精の騎士と鏡の女王(#えるどれ)

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前回の話

まとめ 時の支配者と鏡の女王(#えるどれ) シリーズ全体のまとめWiki https://wikiwiki.jp/elf-dr/ 4859 pv 3

以下本編

帽子男 @alkali_acid

この物語はエルフの女奴隷が騎士となり失ったものを取り戻すファンタジー、略して #えるどれ 過去のエピソード一覧は見やすいWikiからどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/

2020-09-28 21:33:02
帽子男 @alkali_acid

西方列強が世界の覇権を巡って始めた大戦は思わぬ方向へ進んだ。 主戦場となるべき地域よりはるか離れた黒い海の北、寒し野の片隅に見つかった遺跡「冥皇の安置所」の秘密を巡って、各国の精鋭が衝突するなか、突如としてあらわれた異形の群が人間の将兵を蹂躙。

2020-09-28 21:36:22
帽子男 @alkali_acid

あるいは生者を動く亡者に、あるいは科学の支配する現代を野生の支配する原始へと回天させた。 最善まで戦友だった屍が緑の体液を垂らしながら、しがみついてくるかと思えば、羽毛をまとった太古の暴君蜥蜴が大顎を開いて非力な二つ足の猿を貪り食う。

2020-09-28 21:39:03
帽子男 @alkali_acid

聞くものを狂気に導く音楽をがなりながら戦場をさまよう多脚の戦車や、呪いの品を雨霰と降らせる飛行船の大艦隊。 悪魔や鬼神をかたどったからくりが稲妻と火焔を撒き散らすかと思えば、亡者の象が轟くような叫びをあげ逃げ惑う生き残りを踏みつぶす。

2020-09-28 21:42:20
帽子男 @alkali_acid

二つの帝国と一つの共和国の精鋭は、人知を超えた怪異の氾濫に総崩れとなったが、もはや指揮系統は寸断され、組織だった撤退戦すら叶わぬ状況だった。 そうしたなか潰走する部隊を次々と吸収し、どうにか奔流に棹さすように抵抗を続けるものがあった。 さすらいの民からなる傭兵。

2020-09-28 21:45:00
帽子男 @alkali_acid

表向きの信仰とは別に、遠い昔に失われた魔法の国、影の国を心の故郷として胸に抱いてきた流浪の民は、科学技術の絶対を信じた大国の将兵よりも、魑魅魍魎に対する動揺が薄かった。 さらには傭兵の長であるアルメニカが帯びた古の王の印が、百戦錬磨の同胞に不思議な頼もしさを感じさせるのだった。

2020-09-28 21:49:24
帽子男 @alkali_acid

しかし銃も砲もろくに通じない魔性に対し、いかに剽悍さと機敏さを誇るさすらいの民の大隊といえど、そう長くは持ちこたえられそうになかった。 陸の孤島の如く、押し寄せる妖魅の潮を防ぎながらも、次第にこの最後の戦力も敗色を濃くしつつあった。

2020-09-28 21:52:10
帽子男 @alkali_acid

アルメニカの帯びた翼の冠と銀の錫の光が届かぬ外では、すでに殺戮を終えた百鬼夜行が新たな獲物を求めて外へと広がりつつあった。 歩く亡者や、奇々怪々な「遺物」と呼ばれる呪いの品々の一部は、人間の将兵を引き裂き、すり潰し、生きながら溶かし、殺せば殺すほどに数を増し、勢力を強めた。

2020-09-28 21:54:51
帽子男 @alkali_acid

冥皇の安置所を巡ってぶつかったのは列強が大戦に動員した兵力のうち百分の一にも満たなかった。 それでもすでに万を超える異形の群が新たに生じていた。今後より大規模な旅団や師団や、軍団を呑み込んでいけば、際限もなく膨れ上がっていくのは明らかだった。 魑魅魍魎は軍民の区別はつけない。

2020-09-28 21:58:39
帽子男 @alkali_acid

人口の少ない寒し野の町々と村々を嘗め尽くせば、より豊かで栄えた国々へと広がる。 怒濤と化した人外の大軍を止めるすべは、もはや社会と文明を超常の脅威から守ってきた秘密結社"財団"にもない。 財団が「破滅展開」と呼び、回避に努めてきた不可逆の推移がいよいよ現実になろうとしていた。

2020-09-28 22:03:23
帽子男 @alkali_acid

戦線の後方で、従軍記者のヒョロヤナギは護衛一人とともに孤立していた。護衛といってももう銃を握る力もない。 亡者数体に襲われ、辛くも振り切ったとはいえ傷は深かった。 女記者は写真機や手帳のかわりに包帯と添木を扱い、唇を引き結んで手当をしてやった。 「うまいん…だな記者さん…」

2020-09-28 22:08:13
帽子男 @alkali_acid

「知り合いが医者の卵でね」 「いいひと…かい?」 「ご想像にお任せする。あまりしゃべるな」 「…いや…喋れるうちに…」 さすらいの民の、もう若くもない男は笑った。けがをする前は、剽軽で時にうるさすぎるほどだった。そのせいで護衛に回されたのではないかと疑ったほどだ。

2020-09-28 22:10:29
帽子男 @alkali_acid

「…手当して…もらって悪いが…」 「休み給え。私が見張る」 「噛まれた…すぐ…俺も…やつらの仲間だ…」 記者は無言で応じた。 「置いて…ってく…」 重ねて申し出る傭兵の粗びた手をそっと己の筆胼胝のできた手で包む。 「我々赤襤褸党は革命のために連帯する人民を見捨てはしない」

2020-09-28 22:16:16
帽子男 @alkali_acid

「…へへ…訳が解ら…ね…ぐ…」 男は最後の力で女を突き飛ばすと、喉をごろごろと馴らしてから、ふいにのそりと起き上がった。 双眸から緑の涙があふれる。 ヒョロヤナギはうなじの毛が逆立つのを覚えた。ここで亡者の洪水に呑まれる以前にも、似た経験をした記憶がある。

2020-09-28 22:18:03
帽子男 @alkali_acid

もはや百年も前に思える学生時代。学問の都で。 あの時、亡者になったのは自分だった。 なぜ助かったのか、どうやって悪夢を抜け出したのか。 だが二度はない。 「人民…万歳…」 脇に回しておいた写真機をとろうと指をまさぐる。何がしか事態の証拠を残しておこうという本能。

2020-09-28 22:21:31
帽子男 @alkali_acid

だが間に合いそうもなかった。傭兵の骸は薄荷の匂いのする翡翠色の涎を垂らすと、両腕を伸ばして、突進してくる。獣じみた速さだった。 「クツズミ…」 呼べば同志が助けてくれるなどと思った訳ではない。科学精神を持つ赤襤褸党員はそうした愚劣さとは無縁だった。 ただ呼びたかっただけだ。

2020-09-28 22:23:36
帽子男 @alkali_acid

刹那。 さすらいの民の亡者は首と胴が泣き別れになると、よろよろと目標を見失ってあさっての方向に駆けて行った。 女記者が写真機をやっと掴んで周囲を見回すと、曇天の昼下がりに、そこだけ夜が凝ったかのような朧な闇が蟠っていた。

2020-09-28 22:25:48
帽子男 @alkali_acid

目を瞬くと、実に反動的な幻影が視界に映った。 抑圧的封建体制、いやもっと過去の時代を彷彿とさせる、鎖帷子に外套、不気味な薄鉄の面に兜までつけ、直刃の長剣を斜めに下げた戦士。 双眸のあるべきところには虚ろな眼窩が覗き、鬼火が燃えている。 亡者だ。亡者が亡者を斬りつけたのだ。

2020-09-28 22:28:21
帽子男 @alkali_acid

「実に…教訓的だ」 ヒョロヤナギは逃げようとする代わりに、写真機を向け、焦点を合わせようとする。 すると古代の戦装束の亡者は微かに首を前に傾け、次いで鏡玉(レンズ)向かって斜めになるように姿勢を変え、外套を翻した。

2020-09-28 22:31:05
帽子男 @alkali_acid

やけに絵になる構図だった。 「注文があれば聞こう」 仮面から響いたのは、奥底に古々しい響きがあったがきれいな共和国語だった。都会風だ。最近の亡者は洒落ていた。 「……………もっと自然に。これは宣伝写真ではない」 ヒョロヤナギは同じ言葉で応じた。

2020-09-28 22:33:03
帽子男 @alkali_acid

気を利かせた亡者が剣の持ち方や、盾の構え方などを整えつつ、数葉の写真を収めたあと、女記者は急にぐったりと肩を落とした。 「さて…亡者殿」 「何か」 「私は逃げるつもりはない。封建主義者のお好みの人民弾圧を始めるなら始め給え」 「我がつとめとは異なる」

2020-09-28 22:35:23
帽子男 @alkali_acid

唐突に訪れたぎこちない沈黙の後、どこからか鼓膜を抉るようなおぞましい悲鳴にも似た歪な演奏が響いてくる。巨大な自鳴琴と拡声器を乗せ、蒸気を噴き出しながら歩く多脚戦車。 誰が放ったのか定かではないが、どこの国の兵士も恐れてできる限り遠ざかろうとしていた。

2020-09-28 22:38:37
帽子男 @alkali_acid

長く聞いていれば発狂は避けらず、同士討ちを始めるからだ。死の覚悟を決めたヒョロヤナギもつい両手で耳を抑えた。 だが亡者は朧な薄闇の流れとなって走ると、音などまるで意に介さず、蟹か蜘蛛に似たからくりの真下に駆け込み、節足を蹴りつけながら、胴体まで駆け上がると、

2020-09-28 22:40:14
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