エルフの女騎士が奴隷に戻る話(#えるどれ)
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以下本編
この物語はエルフの女騎士が奴隷となり失ったものを取り戻すファンタジー 略して #えるどれ 過去のエピソード一覧は見やすいWikiからどうぞ wikiwiki.jp/elf-dr/
2020-10-20 21:49:30光と闇の軍勢が繰り広げた終(つい)の戦は、うたかたの夢と消えた。 新たな神、時の支配者が生まれ出ることはなかった。 妖精の始祖たる女王の霊気は鏡に封じ込められたままだった。 光の諸王の叛徒にして、知恵をもたらす炎の守(かみ)は血肉を備えた子供となり、神通を失った。
2020-10-20 21:53:45忘却の男神は、混沌の帳にまどろみながら、覚めぬ夢に憩い、唯一にして大いなるものの復活を寿いでいた。 至福の地の妖精は、不死に飽かず、芸術と探検、園芸と建築に勤しんでいた。 狭の大地の人間の文明はいまだ星々へ達する遥か手前にあり、類稀な凶暴さもただ互いを殺戮するのに向けられていた。
2020-10-20 21:56:45かくて幾度も超常の脅威から両世界を守ってきた英雄、最強の騎士にも、しばしの休息が得られるべき頃合いであった。 ダリューテは今、祭神を失い、瓦解した大社(おおやしろ)を離れようとするところだった。
2020-10-20 22:00:14「ダリューテ…様」 一人の巫女がうやうやしく呼び止めた。赤みがかった肌に尖った耳という、至福の地にあってはめったに見かけない容姿。人間の血を引く半妖精、狭の大地にあっては森の烈風と呼ばれ、妖精上王の右腕たりしアルカインであった。
2020-10-20 22:02:54「カイン姉様」 ダリューテは振り返って恭しく目上に対する挨拶を返した。 宝石と薄絹をまとう乙女は、恐縮したようすで騎士に礼をする。 「戻られたのですね。探索から」 「首尾よく」
2020-10-20 22:05:07「これから…どちらへ」 「娘や…親族に無事を伝えに参ります。よろしければカイン姉様もおいでになりませんか」 「いえ…私は…あの方…炎の男神のお側に付いてさしあげねば」 騎士は巫女を見つめた。 「そう望まれるのですね」
2020-10-20 22:13:31「ええ…きっと…心深く傷ついた伴侶の後を追って忘却の館に赴き、永遠の憩いに身を任せるのが、光の諸王の目に叶う行いなのでしょうけれど」 「…姉様の望む通りになさいませ」 「…ありがとうございます…ダリューテ様」 赤みがかった肌の乙女は頬を染めて、下腹のあたりで手を組んだ。
2020-10-20 22:17:43「あの方はお約束下さいました。肉の器を取り戻した暁には、前のお妃方とともに…子をお授け下さると」 「姉様ならば…ただ一人の妃として…いえ、炎の女王ともなられましょう」 ダリューテは瞬きもせず切れ長の双眸で、アルカインを眺めつつ、厳かに述べた。
2020-10-20 22:21:46赤みがかった肌を持つ乙女の肢体は、気の遠くなるほど繰り返し炎の男神の輝く触手によって焙られ、骨の髄まで染み通るほどの祝福を受けて、どこか生身でありながら、神々しいまでの輝きを帯びていた。 炎の男神みずからはかつての依代たる大宝玉の残光を失い、ただの妖精となったが、巫女の方は、
2020-10-20 22:24:30あたかも新たな女神となったかのようだった。 だがアルカインは睫を伏せた。 「いいえ。私など…婢(はしため)に過ぎません」 「最も高いものが、最も遜(へりくだ)る…新たな炎の神殿はそのようになるのですね。ではどうか…カイン姉様…教えに栄えがありますように」
2020-10-20 22:28:27ダリューテは、同門の師姉にひとまずの別れを告げると、幼馴染であり戦友でもある神馬ドリンダを呼び寄せ、背にまたがって、千里を駆けた。 道々乗り手と騎獣は言葉を交わした。 「多くの助けを与えてくれたこと。心から感謝する。我が友」 "堅苦しい挨拶はよせ。ダリューテ"
2020-10-20 22:31:59「…叶わぬ」 "楽しい旅であった" 「神馬の同族はいかにしている」 "弟のドランデルがまずまず治めているだろう…ダリューテ。私から一つ願いががある" 「何なりとドリンダ」 "もし…また旅に出る時は、私を伴ってはくれまいか" 「次の旅は、神馬の踏むべき地とは限らぬ」 "それでもよい"
2020-10-20 22:37:57「あるいは至福の地に戻れぬこともあろうぞ」 "それでもよいのだ" 「…解った。我が友。その時が来て、心が変わらぬならば…例え黄泉の底までも共にゆこう」 一人と一頭は、銀の木が煌々と照らす夜更けに、下妖精の七王国の片隅、若者が武芸を学ぶ修練場たる弓の庭へ辿り着いた。
2020-10-20 22:41:42神馬が野原に駆けてゆくと、騎士はそっと木の上の家の一つへと登った。窓は開け放たれていて枝の間から覗き込むと、アルカインとダリューテの双方によく似た婦人が眠りについていた。 招かれざる客は、まるで梟(ふくろう)のように、黙ってしばらくじっと動かずに見守っていた。
2020-10-20 22:45:00「アル…ソラ…」 眠れる女が誰かの名を呼ぶと、枝に身を預けた女は目を細めた。 「ウェーヌ…そんなに走っては…」 やがて寝言が途切れ、急に木の家の主は身を起した。 「母上」
2020-10-20 22:47:05「ガラデナ。今戻った」 母は窓からふわりと娘の部屋に入った。 「母上……母上…ああ…ご無事で…いいえ…無事なはずが…でも…」 「私は無事だ。そなたに苦労ばかりかけたが」
2020-10-20 22:48:56ガラデナはダリューテの胸に頭を埋め、腕をしかと背に回した。 「夢を見ました。母上が…私を奴隷から解き放ってくれる夢を。おかしなこと。そうしようとしたのは、私だったのに」 「そなたが私のために狭の大地に留まり、多くをなさんとしたこと、よく解っている」 「母上の深謀遠慮些かも汲めず…」
2020-10-20 22:51:42「神々とていかで解きほぐせよう。あれほど絡まった糸を。そなたはよく戦った」 「私は…私は…腹違いの弟を…同族を射殺しました…この手で…」 「そなたには知りようがなかった」 「いいえ…いいえ…母上を信じていれば…」 「何よりあれは黒の乗り手。指輪の幽鬼。ひとたび体を滅ぼしたとて蘇る」
2020-10-20 22:55:26ガラデナがきっとなってダリューテに上目遣いをする。 「黒の乗り手が…?また蘇ると…ならば」 「もう戦ってはならぬぞ。同族と知ったのだから」 「けれど…黒の乗り手は母上を…」 「よいのだ。私が選んだ道だ」 「…そのような」 「ガラデナ。そなたには多くの子があり、門弟があり、旧臣がある」
2020-10-20 22:59:56「私は…母上の影をなぞったに過ぎませぬ。九人の白の乗り手を率いて戦った母上に比べれば…勝利の一つも収めず」 「緑の森も金の森も栄え、子等、教え子は皆、立派に成長した。そなたは女王にして弓の名人、母にして…よき妻でもあったであろう。誇らしく思うぞ」
2020-10-20 23:03:26光の風はしばらく緑陰の射手のもとへとどまった。 ダリューテはガラデナの後進の指導ぶりを見学し、黙ってうなずいた。 課業を終えると、娘は狩りを許された森で獲物を仕留め、母が手ずから料理をした。
2020-10-20 23:09:01「母上。どうか弓の庭の主となっていただけませぬか。私は役を退き、弟子の一人としてお仕えしたいのです」 ガラデナは乞うたが、ダリューテは固辞した。 「私は教え導くのは得手ではない。ここはそなたが築いた学び舎。もし新たな主を選ぶのであれば、そなたの弟子から英才を抜擢するがよい」
2020-10-20 23:09:34