エルフの女騎士が奴隷に戻る話(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

やがて騎士が出立の気持ちを固めると、射手はついてゆくと言い出した。 「母上は至福の地に戻られてからは長く魔法の眠りにつかれ、目覚めてからは炎の神殿に長く留まり、下妖精の七王国には馴染みが薄いかと存じます。私がお供をいたします」 「では…そうしてもらおう」

2020-10-20 23:12:45
帽子男 @alkali_acid

まず二人は弓の庭にほど近い、学問所たる書の杜を訪れた。主の風の司は眩しげに母娘を出迎えた。 「ダリューテ様…ガラデナ様…よくぞおいでくださいました」

2020-10-20 23:14:17
帽子男 @alkali_acid

三人は、冊子や巻物で埋め尽くされた、しかして決して雨風の入らぬ空き地の一角に円卓を囲み、香草茶を喫しつつ多くを語らった。 「風の司よ。あなたにも重荷を担わせた」 「いえ…私の力不足…ただ、重荷などではありません。あの子は愚かな私を担いで運んでいったのです。世界の果てまでも」

2020-10-20 23:17:13
帽子男 @alkali_acid

「あなたがあれに授けてくれたものは、私では決して与えられなかったもの…影の国を…いや闇の地のすべてを変えたのだ」 「私も変わりました。私はあの子のような大業をなせた訳ではありませんが…」

2020-10-20 23:22:16
帽子男 @alkali_acid

話題はやがて遥か七つの海をまたにかけた冒険に及んだ。北は巨人の国から東は竜を崇める国まで、不思議に満ちた寄港地の仔細を、まるで打てば響くように語らうダリューテとロンドーに、ガラデナは怪訝な面持ちとなり、若干妬ましげな色も浮かべた。 「ロンドー」 「何でしょうか」

2020-10-20 23:24:32
帽子男 @alkali_acid

二人きりなる機を作ってから、弓の庭の主は書の杜の主にささやきかけた。 「母上に、随分気易くはありませんか」 「…そうでしょうか。や。幕営にあった時を思い出したのかもしれません。ダリューテ様はまだ若輩だった私やスラールによくしてくださり…」 「私が従軍していない戦、ですね」

2020-10-20 23:27:28
帽子男 @alkali_acid

ガラデナが明らかに不興を覚えつつあるのに、ロンドーは焦りを露にした。 「いえ…当時は私もまだ戦の心得もおぼつかず」 「若い男騎士は皆、母上に焦がれていたと聞きました」 「誰がそのような」 「誰でもよいのです。あなたもですか」 「…いえ、はい…いや…決してそのような…」

2020-10-20 23:29:30
帽子男 @alkali_acid

風の司は咳払いをして緑陰の射手に釈明した。 「もちろん。戦場というものは、そうした崇拝が生じやすいものです。私も例には洩れません。ですが、今は、ガラデナ様。あなたのみを」 「そういう話はよいのです。若輩の頃血迷ったからとて言い訳になりません。慎みを知りなさい」

2020-10-20 23:32:26
帽子男 @alkali_acid

かつては硬骨の武人として鳴らし今は博学の教師として尊敬を受ける半妖精の賢者は、すっかり弱り果てたが、とにかく、幾星霜も求婚を続けている想い人の訓戒にはかしこまるしかなかった。

2020-10-20 23:34:28
帽子男 @alkali_acid

ダリューテが戻ってくると、三人はまた四方山話に花を咲かせた。 「フィンルードとディダーサは…生徒であった頃は手を焼かせてばかりでしたが…随分立派になりました」 「立派とまでは言えませんが弟も甥も多少ふるまいに落ち着きが出てきたやも。二人とも昔から筋はよいのですがすぐ気を散らして」

2020-10-20 23:37:39
帽子男 @alkali_acid

武芸と学問の教師がそれぞれ共通の教え子について寸評をする間、聞き役である騎士はただ黙って微笑んでいた。 「まあ。母上には、つまらぬお話をお耳にいれて…」 娘が気遣うと、女親は短く答えた。 「あの二人は…いずれ七王国になくてはならぬものとなろう」

2020-10-20 23:40:23
帽子男 @alkali_acid

やがてダリューテは学び舎を後にした。ロンドーは同行を申し出たが、ガラデナがにべもなくはねつけた。 「無用です。私がいるのになぜあなたが付いてくるのです」 「…いえ、お役に立てればと」 「ロンドー。もしや…」 「とんでもありません!」

2020-10-20 23:42:13
帽子男 @alkali_acid

娘は母を独り占めするのに成功すると、そのまま七王国を巡った。 騎士は射手の案内のもと、森の宮廷にいたころ、同じ妃の身分であった丘と野の貴婦人のもとを訪ね、心づくしの贈り物をした。一つは鹿角を伸びやかな獣の形に刻んで細かな緑柱石を埋め込んだ襟飾(ブローチ)。

2020-10-20 23:47:10
帽子男 @alkali_acid

一つは多色の珪化木を枝の形に刻んで銀の細網でくるんだ腕飾(ブレスレット)だった。 かつての森の王の第五妃、第六妃は、あまり親しまなかった第三妃とその息女の到来に驚いたが、しかし狭の大地は緑の森にあった頃の暮らしを思い起こさせる美しい贈り物に感謝をし、歓待しようとした。

2020-10-20 23:51:35
帽子男 @alkali_acid

だがダリューテはおおげさなもてなしを辞退し、ただ互いの幸を願ってそれぞれの住まいを後にした。 「あのお二人は父上とは心が通わなかったように思っていましたが、決して緑の森での暮らしを厭うておいでではなかったようですね」 再び旅路についてからガラデナはそう述べた。

2020-10-20 23:55:21
帽子男 @alkali_acid

「野も丘も、闇に相対する緑の森のため優れた姫を送ってきたのだ。私はもっとあのお二人とも話すべきであった」 「今は皆ともに至福の地にあるのです。また機はありましょう」 娘がそう水を向けるのへ、母ははっきりした返事を与えなかった。

2020-10-20 23:58:51
帽子男 @alkali_acid

親子は続いて、山と森の王のもとへ尋ねた。 ロンドーと並んでかつては光の軍勢にあってダリューテを戦場の星と仰ぎ見ていたスラールはすっかりのぼせ上ったようすで、自ら迎えに出てきた。 「ダリューテ様!ようこそ!ようこそおいでくだされた!」

2020-10-21 00:01:27
帽子男 @alkali_acid

「王よ。再びお目にかかれてこれほどの光栄はありません」 だが騎士の方は臣下の礼をとり、君主を戸惑わせた。 「や…何たる…ガラデナ!そなたからもどうか、ダリューテ様に立って下さるように言ってくれ。自分こそ跪かねばならぬ」 「兄上」 ぴしりと鞭で打つような一言が甘えを拒んだ。

2020-10-21 00:04:36
帽子男 @alkali_acid

森と山の宮廷でも、ダリューテは派手な歓待を辞退しようとしたが、スラールはあくまでも宴を催すと言い張り、光と闇の戦の覚えある古参の騎士のうち、父ギリアイアの城館(しろだて)に伺候していないものを集め、蜜酒と焼肉、野麦の粥と、甘い花と果からなる水菓子を振り舞った。

2020-10-21 00:08:30
帽子男 @alkali_acid

若き吟遊詩人は狭の大地での武勲を讃えて古い歌を吟じ、巧みに胡弓を響かせた。かたわらで魔法に長けた王の息子が、絹の幕に幻燈を映じて、合戦の模様を再現する。 「ダリューテ様!これぞ雷槍と風冠をともに帯びた御身が、山のような翼なき地竜を打ち負かした一戦!ああ…あの竜も見事であった…」

2020-10-21 00:13:13
帽子男 @alkali_acid

ダリューテは小さく頷きを与えると、スラールは拳を握りしめ、わなわなと震えた。ガラデナはさすがに兄がおかしな料簡を起こしはしないと疑うまではしなかったが、しかしやや冷たい一瞥を投げる。

2020-10-21 00:16:46
帽子男 @alkali_acid

やがて打ち集った不死の民の老兵は盃をそろって掲げ、森の妃騎士と九人の白き乗り手の赫々たる功業に、高らかに乾杯した。 宴は夜を徹する勢いだったが、緑陰の射手が、母の疲れを招くのはよからずとさりげなく竜殺しに促すと、いちおうはお開きになった。

2020-10-21 00:18:47
帽子男 @alkali_acid

スラールは当然ながら翌日以降もダリューテとともに昔日の栄光を分かち合い、狩りに出かけ、いっそのこと玉座を譲ってもよいつもりだったが、生憎目算は成らなかった。 揃って学者である妃達が、もう十分とばかり客を攫ってゆき、返さなかったからだ。

2020-10-21 00:21:21
帽子男 @alkali_acid

「…だが…ダリューテ様は光の軍将随一の英雄…そなたらと話しても…」 「まあ…詩歌と本草の大家でいらっしゃいます」 「上妖精でも抜きんでた英才と伺っております」 「天文、地層にもお詳しいとか」

2020-10-21 00:23:31
帽子男 @alkali_acid

宮殿の一画で大扉が閉まると、君主は完全に締め出された。なお手には上妖精の三王国から届いたばかりの目を通しておくべき論文がねじ込まれていた。 「…しかし…しかしダリューテ様は自分の上官」 「兄上。見苦しい振る舞いをなさいますな」

2020-10-21 00:26:39
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