時の支配者と妖精の騎士

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帽子男 @alkali_acid

「モック…君は…こんなに従順で…ずっと私だけを愛してくれたいるのに…ダリューテはなぜ…あんなにかたくななんだろう」 「ぁっ…ぅっ…ほかの…いかなる…ぎぅっ…さるでゅ…」 「モック…」 「ごめんなさ…ごめんなさいごしゅじんさまごめんなさ…」 「いいんだ…誰にでも過ちはある」

2020-10-02 22:14:55
帽子男 @alkali_acid

時の支配者は、隷属させた乙女の慧眼を利用して、冥皇遺物の一つ、西の果ての二つの木を枯らした影の槍をしかと掴んだ。 神に永遠の若さと活力をもたらす現身(うつしみ)、完璧な肉の器には驚くほど馴染んだ。 だが武芸の達者ではないため、戦場において初めは十分に威力を発揮しなかった。

2020-10-02 22:18:35
帽子男 @alkali_acid

何度も何度も敗北を重ねながら、妖精の騎士を花嫁に欲する一心で新たな神は、長大な得物の扱いを覚え、眷属と意識を一つにして、さらにたびたび戦いの流れを遅らせたり、しくじった場合にはわずかに戻したりしながら、とうとう糸を槍でもって朽ちさせ、滅ぼすのに成功した。

2020-10-02 22:21:16
帽子男 @alkali_acid

さらに魔法を跳ね返す鏡の甲冑さえも影の槍は朽ちさせていった。 といっても、妖精の騎士が卓越した鍛冶の技によって自ら鍛えた鎧兜は、闇の女王の手になる凶器にも長く持ちこたえたため、時の流れを万の万倍にも速める必要があった。

2020-10-02 22:24:58
帽子男 @alkali_acid

ついにダリューテは第一の守りを失った。 続いて、学問の都は繊維の府の協力のもとに石の油から紡ぎ織らせた泥竜(ないろん)の騎士装束も崩れ散り、虚空に蜘蛛の巣を張るための糸の源はなくなった。 ただ白翡翠のような不死の肢体だけがあとに残る。

2020-10-02 22:28:54
帽子男 @alkali_acid

「…おお…ダリューテ…我が花嫁よ」 「スーッ…ハーッ…」 妖精の騎士の不吉な呼吸が死の連撃へとつながる前に、時の支配者は接吻で息を封じようとする。 すると男のせっかちな求愛に、女は大きく唇を開けて応じた。

2020-10-02 22:30:48
帽子男 @alkali_acid

いや顎(あぎと)を開いて。 見よ。丈夫が抱きよせたはずのたおやめの姿態はいつしか巨大な白狼、いや白狐の化生へと変わっていた。 北方の神話にあらわれる終末の魔獣を彷彿とさせる怪物は、一噛みで餌食の首を齧り取って吐き捨てた。

2020-10-02 22:32:38
帽子男 @alkali_acid

白狐が真紅に染まった牙を覗かせて嗤うと、鏡の女王もまた唇を三日月にして、弓に矢を番える。 大いなる父という邪魔のいなくなった獣と狩人は、心ゆくまで信仰も摂理もかかわりない殺戮の舞踏に興じた。

2020-10-02 22:34:37
帽子男 @alkali_acid

時の支配者はまたしても恋に破れたみじめさに嗚咽しながら過去へと退いた。相談役のもとへ。 「だめだ…だめだ…きょ、巨大な魔獣に変身した…」 「ええ?ダリューテって何でもできるんだね…まるで一人で十人分…は言い過ぎか。九人分働くみたい」 「どうすれば…」

2020-10-02 22:39:41
帽子男 @alkali_acid

「じゃあ兵糧攻めだ。いくら妖精の騎士が不死だからって、魔法を使い続ければ消耗する。君は百万もの眷属を連れて戦いに挑むんだ。例の霊気を引きはがす糸だっけ?それを始末したら、距離をとって弱らせるんだよ」 「そうか…そうしよう」

2020-10-02 22:42:45
帽子男 @alkali_acid

時の支配者は、花嫁の武装を解除した後、抱きしめようとする衝動にあらがい、眷属とともに遠巻きにした。 「休ませず疲れさせるのだ」 かたわらの鏡の女王に命じると、燃え立つような光を帯びた双眸に一瞬陰りが疾る。 「このティターネイア。さような戦い方は存じませぬ」

2020-10-02 22:45:30
帽子男 @alkali_acid

うやうやしい言葉に、しかしほのかに失望と軽蔑の響きがにじんでいた。 何を誤ったか理解せぬままに、しかし神は信徒になお促した。 「我を信じ、我に従え」 「…仰せのままに」

2020-10-02 22:46:56
帽子男 @alkali_acid

時の精霊の眷属は、遠巻きにしながらたえまなく呪文を合唱して篭絡の呪文に妖精の騎士をからめとろうとしたが、すぐに困難に直面した。 主君を救出しようと、闇の侍女五柱が猛攻をかけてきたのだ。海魔、火竜、雷怪、双蛇、神参。そちらを先に隷属せしめようとすると、裸身のダリューテは傲然と立ち、

2020-10-02 22:49:27
帽子男 @alkali_acid

朗々と歌唱を始める。影の槍にかかるのを避けるためか、琵琶や横笛を呼び寄せはしないが、しかし優美な喉だけで補ってあまりるほどの豊かな旋律を生み出した。 ただ一人の妖精の独唱は、百万の精霊の合唱に拮抗した。 「ティターネイア…あの魑魅魍魎を討て」 「弓弦が痛みました故、張り替えます」

2020-10-02 22:52:11
帽子男 @alkali_acid

神が命じても、信徒はそう答えたきり弓を持ってただ歌に聴き入り、闇の侍女の群を迎え撃つそぶりもない。 時の支配者は過去へと後退しかけたが、思い直し、時の流れを急がせてから、冥皇の安置所の塵の間から風信子石(ジルコン)の指輪を探し出してきた。 「鉱蛆!ダリューテを謡わせるな」

2020-10-02 22:55:21
帽子男 @alkali_acid

神の命令に、生きた鉱脈はしぶしぶ従って、一糸まとわぬ女丈夫を押しつぶさんばかりに襲い掛かった。 すると得たりとダリューテは氷の匕首を生み出して巨大な標的に浴びせる。それぞれに破壊の呪文がこもっており、たやすく一部を崩落させた。

2020-10-02 22:57:13
帽子男 @alkali_acid

破片を受け止めたのは、地面の砂を業火の呪文で溶かし固めた、紅玉のように剛く割れない玻璃の大鍋だった。 ダリューテは次から次へと呪文を唱え続け、鉱蛆の破片を調べ抜くと次々と引き寄せた触媒や秘薬を鍋に加えていく。 時の支配者と百万の眷属はついうっとりと魅入った。

2020-10-02 23:00:38
帽子男 @alkali_acid

やがて鍋からよい匂いが立ち上る。食欲をそそる、上等の肉煮込みのような。 「くはははは!面白きやつ!!」 鏡の女王が声を発すると、弓の弦を弾く。たいして傷んでいるようには見えない。

2020-10-02 23:02:11
帽子男 @alkali_acid

生きた鉱脈を料理に変えると、乙女は玻璃の匙ですくって味わった。 「あやつなら妖蛆秘密燉(デヴェルミスミステリイスプルメントゥム)とでも名付けたか…」

2020-10-02 23:09:42
帽子男 @alkali_acid

ダリューテは嘯いてから玻璃の大鍋を掴んで持ち上げ、斜めに傾けて一気に中身を干すや、恐ろしい咆哮を発し、再び変身した。 だが以前のような四つ足の魔獣ではない。 輝く白い翼と真珠の鱗を持つ長虫へ。

2020-10-02 23:16:46
帽子男 @alkali_acid

「竜に変ずる妖精などあったためしがない…あの糧のおかげか…」 ティターネイアは弓を握ったまま打ち震えた。望外の獲物に見えた喜びに。 時の支配者と眷属が肝をつぶすのをよそに、白竜は翼を広げ、叫喚を迸らせた。

2020-10-02 23:18:35
帽子男 @alkali_acid

世界の目覚めの間もない頃、冥皇とぶつかりあった竜帝が放った鬨(とき)にも匹敵する轟音は、はるかに脆弱な精霊の軍勢を肉の器からことごとく消し飛ばし、因果の彼方へと吹き散らした。

2020-10-02 23:21:03
帽子男 @alkali_acid

さしもの時の支配者も、今度ばかりは消滅の寸前だったが、ただ女を求める一念から過去へと逃れた。ただ一人無私の保護者である幼馴染のもとへ。 「…け、ケル…ケル…ケル…」 「やあガミ。急に泣き出して何?」 「あ、う…だ、だ、ダリューテが…」

2020-10-02 23:23:07
帽子男 @alkali_acid

童形の学者は、絶世の美男が恐怖に嘔吐するのを辛抱強く見守り、何とか話を聞き出した。 「へえ…大地を蚕食するものの体を切り取って…料理して?その後竜に変身した?ははは。そりゃもう手の打ちようがないねえ。諦めるかい?」 「あ、諦めるものか…ダリューテは私の運命の女だ…」

2020-10-02 23:25:31
帽子男 @alkali_acid

「さすがだよガミ。僕は君のその頭のおかしなところを尊敬してるんだ」 「おかしい…私が…?そうか…そうかもしれない…」 「さてと。よく解った。力押しで妖精の騎士に勝つのは難しいみたいだね。じゃあ駆け引きや交渉はどうかな」 「面白がっていないかケル」 「僕はいつだって面白がってるよ」

2020-10-02 23:30:26
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