至福の地の異変と妖精族の動揺(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

「忘却の男神を頼るのですか」 「光の諸王のうち最も知恵深きあの神ならば、炎の男神を抑え、また輝く湖を鎮めるすべを心得ているのではないでしょうか」 「忘却の男神が焔の男神の味方であったら。同じ光の諸王です」 「そうであっても考えを変えてくれるかもしれません」

2020-10-08 22:33:16
帽子男 @alkali_acid

「…解りました。さすがですアキハヤテ先生…僕は…母上のことを思うと」 「私も同じです。本当は一人で輝く湖をくぐってガラデナを取り戻すことも考えました」 「いけません!」 「が、フィンルードに止められました。やるなら勝算を考えてやれと」

2020-10-08 22:35:43
帽子男 @alkali_acid

ロンドーは苦笑した。 「あの子は…私にいくつかの策を提案して…でもどれもだめだと自分で取り下げてしまいましたね。まるで頭の中で一人で将棋を指しているようでしたよ…まるで」 「…まるで…」 アルウェーヌはつられて呟く。

2020-10-08 22:37:14
帽子男 @alkali_acid

師弟は同時に別々の人物を思い浮かべたが、しかし口には出さなかった。 「…アルカインもフィンルードとディダーサを気に入っているようです。あの二人のことになると随分明るく話します」 「…妹を見舞います」 「ええ。くれぐれも昂らせないように」

2020-10-08 22:39:59
帽子男 @alkali_acid

焔の分社。 という体裁で作られた静養のための庵は、書の杜の生徒のうち癒し手の道を選んだ娘等が鍛錬もかねて魔法によって清めてあった。 鳥獣の気配すらないなか、アルウェーヌは足音をさせず歩き、よく通る声で呼びかけた。 「アルカイン。僕だ。アルウェーヌだ」

2020-10-08 22:44:12
帽子男 @alkali_acid

返事はない。胸騒ぎがして脚を急ぎ動かす。尖り耳がすすり泣きのような音を聞こえる。 「アルカイン」 もう一度呼び掛けて、庵の中へ入る。 はたして妹はいた。

2020-10-08 22:46:01
帽子男 @alkali_acid

森の烈風の異名を持ち、狭の大地にあっては妖精の石アルウェーヌの副王をつとめ、あまたの廷臣を差配した女。しかし老陶工との間に二子を設けると、地位に頓着せず穏やかな暮らしへと引退した妻であり母。 しかして今は焔の男神に改宗し、巫女となった乙女は、服を脱ぎ捨て

2020-10-08 22:49:21
帽子男 @alkali_acid

胸の先や股に宝玉の飾り輪を貫かせて、指でつまみ、ひねりながら、苦悶と官能に咽び、か細く啼き続けていた。 「我が神…我が神…お許し下さい…お側に…お側に…」 「アル…カイン」 「ぁ…あ、姉上!?」

2020-10-08 22:51:59
帽子男 @alkali_acid

妹はようやくと姉に気付くと、身を強張らせ、わななき、ついで女童のように失禁した。 「見ない…見ないで…」 「何を言っているんだ。大丈夫」

2020-10-08 22:53:58
帽子男 @alkali_acid

アルウェーヌは手早に呪文と薬草を用いて後始末を終えると、しおれきっているアルカインに衣をかけてやった。 「さあ。アキハヤテ先生に診てもらおう」 「先生には…先生には言わないで…神殿へ還るのがまた遅れてしまう」 「神殿へ?何を…」

2020-10-08 22:56:33
帽子男 @alkali_acid

「私が帰らないと…あの方はほかの巫女や男巫を手元に置かれる…皆私ほどは強くない…喜ばせ方も」 「アルカ…」 アルウェーヌは言いつのりかけて、ロンドーの忠告を思い出して止めた。 「少し休んで」 「え…あ…姉上…いつ帰られたのですか?」 「ついさっき」 「炎の神殿には行ってはいけません」

2020-10-08 23:00:36
帽子男 @alkali_acid

「わかった」 「私は…帰ります…あそこが…好きなのです」 「でも…」 「解っています。姉上のご心配は…でも…愛しています…我が神を…例え…強いられたものだとしても」 「強いられた…?アルカイン…それは」 「姉上は守ります…いえ…独り占めがしたいのかも…だって…」

2020-10-08 23:03:09
帽子男 @alkali_acid

アルカインはうっとりとアルウェーヌの頬に手を触れた。 「あの方はきっと姉上の方をもっと気に入ってしまうから…でも…二人で祝福を受けられたらどんなに幸せでしょう…きっと…この胸の痛みも…やわらいで…いいえ…姉上はだめ…先生も…私が守りますから…」

2020-10-08 23:04:36
帽子男 @alkali_acid

「アルカイン。休んで」 「あの御方は…自分が…本物でないことを…別の何かだと解っておいでです。だから悲しいのです…幾ら本物になろうとしても…できはしないから…」 「解った。解ったから」 「とうの昔に消えた火の影に過ぎなくても…それでも…私に触れ、焼き、焦がすことはできると…」

2020-10-08 23:09:14
帽子男 @alkali_acid

姉はもう口をきかずに妹の肩を抱くことしかできなかった。 「私も…影のようなものでした…姉上の…姉上は光…ずっと…誰もが姉上を見た…あの美しく禍々しい黒の乗り手が見つめたのも…夫と過ごしてさえ、ひょっとしたらこの人は私を通して…」 「…カイン。君は僕の大事な妹だ」 「ええ…ええ」

2020-10-08 23:12:40
帽子男 @alkali_acid

ようやくとアルウェーヌはアルカインを寝かしつけると、恩師に挨拶をすませて、書の杜を離れた。 瞳に怒りを燃やして。 「いい面構えになってきたじゃないか」 肩に灰色の大烏が止まる。 「炎の男神…許せない…」 「だが光の諸王を始末する訳にゃいかないよ。西方の秩序が崩れる」

2020-10-08 23:15:36
帽子男 @alkali_acid

アルウェーヌはきっと前を見たままだった。ハイゴロモは鳴く。 「いいかい。冥皇だって光の諸王の一柱だった。だが、ろくでもないやつでね。大地の精霊の中でも一番のきれものをたらしこんで、堕落させた」 半妖精は、喋る大鳥の言葉に応じなかった。

2020-10-08 23:19:19
帽子男 @alkali_acid

「それだけじゃなく多くの精霊をたぶらかすのを、ほかの光の諸王は手をつかねて見ていた。星の女神さえね。だが最後には裁きの輪にかけられ、追放されたのさ」 「裁きの輪…」 「炎の男神も、冥皇のようにぼろをだす。いや出すようにしむけたっていい」

2020-10-08 23:22:08
帽子男 @alkali_acid

アルウェーヌは瞬きした。あまり楽しくはなかったが、しかしハイゴロモの言葉には聴き入らざるを得ない響きがあった。 「炎の男神は至福の地の外にあるものに憑かれてるのさ。是が非でも手に入れたくてしょうがない。せっかちに追い求めてる。その望みを一押しすれば、のるかそるかの博打に出る」

2020-10-08 23:24:32
帽子男 @alkali_acid

「戦は…させない」 「だが炎の男神が、至福の地の外へ打って出れば、必ず光の諸王は裁きの輪に集まり、重い罰を下すだろうさ」 「そのために妖精を犠牲にはできない」 「そいつはあんたの仕事だアルウェーヌ。妖精を守り、炎の男神を破滅に突き落としな」

2020-10-08 23:27:58
帽子男 @alkali_acid

「ハイゴロモ。光の諸王は…そんな風に…まるで子供が仲間から誰かをいじめだすようなまねをするのか」 「ああ。必要ならね」 「炎の男神は…許せない…でも…だとしたら…哀れな神だ…」

2020-10-08 23:31:19
帽子男 @alkali_acid

アルウェーヌは草原でのんびりねそべっていた一角獣に近づき、乗せてくれるように頼むと、再び風と雲の道を駆けて行った。年下の叔父であるフィンルードに会うために。

2020-10-08 23:35:13
帽子男 @alkali_acid

さて「影の国年代記」シリーズ、 次回は「炎の守よ。もはや退くは能わず。ともに命を燃やし尽くし、戦場に倒れることこそ我等が最後の誉とならん」

2020-10-08 23:38:14

次回の話

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