長いおまけのそのまたおまけの話(#えるどれ)

大長編小話。終わり。 シリーズ全体のまとめWiki https://wikiwiki.jp/elf-dr/
6
前へ 1 ・・ 8 9
帽子男 @alkali_acid

ウィストはとりあえず瓜二つの砂時計を外套の裏に収めた。 「こうして不思議の国の黒兎は、大事な時計を取り戻しましたとさ」 拍手が響く。

2020-10-25 19:02:43
帽子男 @alkali_acid

振り返ると、星の智慧教会の指導者は埃ひとつない礼服をまとって立っていた。 「でも、旧支配者があまり出張るのは感心しませんね。例え外なる神々を招いたのがあなた方でも」 「は…はぇ…え?いや…招いては…いない…気が」

2020-10-25 19:06:02
帽子男 @alkali_acid

「二つの輝く灯を点し、ここに来れと宙の果てにあまねく呼び掛けたではありませんか」 「あ…え…え…いや…誤解…」 「誤解?ですがもう遅い。外なる神々はやっと知らせを受け取り、急いでやってきたのですよ。あの女神達は先触れにすぎません」 「…あの…あなたは」

2020-10-25 19:08:13
帽子男 @alkali_acid

「私はネー。外なる神々の名代として、旧支配者の皆様が退かれた後のこの地の…引き継ぎに参ったもの…とでもお考え下さい」 「…え…いや…ええ…」 「ああ。どうやら意見の相違がある…残念です。やっと財団の皆様も大人しくなられたかと思ったのですが…とにかく今後とも宜しく」

2020-10-25 19:11:14
帽子男 @alkali_acid

神父はにこやかに手を振ると、鞄を持って踵を返した。 「時計はお返しします。こちらにもう用はありませんから」 「はぇ…はぇ…」 「ですからどうか…次は邪魔をしないでいただきたいのですが…そうもいかないでしょうね…それでは」

2020-10-25 19:13:01
帽子男 @alkali_acid

星の智慧教会の代表が去ったあとで、黒の乗り手はぐったりと狭い肩を落とした。 「…帰りたい…」 切実な気持ちだった。

2020-10-25 19:15:09
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 牙の部族ガウドビギダブグはおかしな夢から覚めた。女衆にするはずの娘が、むかつく黒の乗り手に化け、さらに逆様になった目と腕の怪物と一緒に合唱して、大聖堂の鐘楼から空に張り巡らせた蜘蛛の巣で踊るのだ。

2020-10-25 19:17:43
帽子男 @alkali_acid

「うぜえ…」 首までかかっていた毛布を剥いで、部屋を確かめる。財団が用意している避難所のひとつだ。花の都の中心部にはごくありきたりな家具付きの集合住宅。 鋭い嗅覚がかすかに漂ってくる燻製肉を牛酪(バター)で焙る匂いを嗅ぎ取る。厨房で料理をしている物音。 ありえないことだが。

2020-10-25 19:22:09
帽子男 @alkali_acid

だがガウドの所属する秘密結社、財団が対処している超常の脅威、遺物ならば避難所にさえ入り込んできてもおかしくはない。 巨漢は猫のように足音を殺し、しかし恐れげもなく台所を目指した。

2020-10-25 19:23:25
帽子男 @alkali_acid

武器は探さない。徒手空拳でも怪異と戦えるのが絶滅請負人の異名をとる傭兵の強みの一つだ。 勇気を奮って超常の脅威に立ち向かう非力な人間などではなく、獲物を狩り立てる猟師として、青年は敵に接近した。

2020-10-25 19:25:02
帽子男 @alkali_acid

低く腰を落とした格好で、視線の先には、短袴を穿いた小さな尻が一つ忙しく踊っている。ゆっくりと上を確認すると、赤頭巾が視界に入る。 「お…」 「は…はぇ…おはよう…ございます」 「…てめえ」 「ご、ごめんなさい…あの…えっとた、卵。卵は…は、半熟?」 「おう…」 「終わったら…すぐ…」

2020-10-25 19:27:19
帽子男 @alkali_acid

「つか飯だろ。食わせろよ」 「手、とか…顔…とか洗いますか?た、盥…み、水入れておきました」 「…あ?ああ…」 準備を済ませると、誰が着せたのか寝間着の巨漢と赤頭巾の少女は向かいあって座る。

2020-10-25 19:28:52
帽子男 @alkali_acid

どこ産だかよく解らないがやけにうまい豆を使った珈琲に半熟の目玉焼きと燻製肉、どうも都では売っていなさそうな麺麭をかりかりに焼いたものに、乳酪と苔桃の糖煮が添えてある。新鮮な青菜と赤茄子も微妙に都では入手できなさそうだが、青年はとりあえず勢いよく食べた。

2020-10-25 19:31:12
帽子男 @alkali_acid

すべてを平らげたあと麺麭を二切れおかわりしてから、巨漢は、後から出てきた兎のかたちに剥いた林檎を睨んでおもむろに唸る。 「おい」 「は、はぇ…あの…勝手に入って…でももう帰り…」 「…あ?」 「いえ…あの」 「勝手に消えんじゃねえよ」 「は…はぇ…」

2020-10-25 19:37:07
帽子男 @alkali_acid

ウィストは赤頭巾を抑えつつぼそぼそと俯きながら喋る。 「あのう…しばらく…ガウドさんと一緒に…」 「あ?」 「あ…一緒じゃなくて…時々…会ってもらえると」 「いいけどよ」 「はえ。迷惑…すいませ…え」 「とにかく勝手に消えんな。いいな…あれだ…俺もやらねえ…ああいうのは…」

2020-10-25 19:39:46
帽子男 @alkali_acid

「ああいうの…?」 「ちっ…まだその頭巾被ってんのかよ。新しいの買いに行くぞ」 「え…あ、これはちゃんと使えて…」 「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ」 絶滅請負人は黒の乗り手の頭巾の襟をつかんで吊り上げ、肩に乗せる。 「ちっとぁでかくなったか」 「はぇ…もうなっても…いいような…」

2020-10-25 19:42:10
帽子男 @alkali_acid

暗い膚を持つ大小の二人、定命のものと不死のものは、そうして扉を開き、外の道へ出て行った。 どこまでも続く道。先へ先へと。 ゆくてにはまた面倒極まる出来事が待ち構えていた。生憎と面倒に終わりはない。いつまでもいつまでも。

2020-10-25 19:44:10
帽子男 @alkali_acid

とはいえ、それは妖精の奴隷と九人の黒の乗り手の物語とは別の話。いつか別の時に紡がれよう。

2020-10-25 19:45:20
帽子男 @alkali_acid

(終わり/おしまい)

2020-10-25 19:45:50

シリーズ全体のまとめWiki

https://wikiwiki.jp/elf-dr/

前へ 1 ・・ 8 9