カルタゴに塩は撒かれていない

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cuniculicavum @cuniculicavum00

「カルタゴに塩はまかれていない」という端的な訂正の言説から、「塩は貴重なので呪いの儀式に少量が使われた」とか「伝承はあるが史実ではないという説がある」といった新たな誤解が生じていく様子が興味深いです…

2020-11-25 08:05:59
cuniculicavum @cuniculicavum00

カルタゴの破壊と塩の問題についてはWikipediaの「塩土化」項目にもまとめられているのですが、英語版より省略されていることもあり、多少わかりにくい気がします。 en.m.wikipedia.org/wiki/Salting_t… 参照元の文献に基づいて議論の流れを整理してみます。

2020-11-25 08:06:40
リンク Wikipedia Salting the earth Salting the earth, or sowing with salt, is the ritual of spreading salt on conquered cities to symbolize a curse on their re-inhabitation. It originated as a symbolic practice in the ancient Near East and became a well-established folkloric motif in the M 1 user
cuniculicavum @cuniculicavum00

まず、Ridleyが次のように論じました。 ①4,5世紀頃までの古代文献に塩は一切あらわれない。 ②ローマ人の儀式で都市の破壊と塩を結びつけるものも見当たらない。 ③近代の歴史学者による誤った記述が起源である。 1930年のCambridge Ancient HistoryにあるB. Hallwardのものが始まりではないか。

2020-11-25 08:07:33
cuniculicavum @cuniculicavum00

④士師記9.45のシケム破壊と塩まきの逸話に代表される近東の事例に影響を受け、叙述に入り込んだのではないか。 Ridley, R. T. “To Be Taken with a Pinch of Salt: The Destruction of Carthage.” Classical Philology, vol. 81, no. 2, 1986, pp. 140–146.

2020-11-25 08:08:23
cuniculicavum @cuniculicavum00

そして、Stevensが検討を進めます。 ①塩が後代の付加であることには同意。 ただし、歴史学者ではない非専門家の記述ではHallward以前の1912年に現れており、おそらく19世紀中後半にまで遡る。

2020-11-25 08:09:42
cuniculicavum @cuniculicavum00

②中世イタリアの都市年代記において都市を破壊し塩をまいたとする記述が見られる。旧約聖書の影響による叙述ではないか。 cf. アッティラのパドゥア破壊   フリードリヒ・バルバロッサのミラノ破壊

2020-11-25 08:10:46
cuniculicavum @cuniculicavum00

③Ridleyは土地をすき返したという話も近代の創作としたが、何らかの儀式が行われ土地が宗教的禁忌とされたのは事実ではないか。 ローマ人も都市の建設や破壊の際にすきを引く儀式を持っていたと思われる。

2020-11-25 08:12:19
cuniculicavum @cuniculicavum00

Stevens, Susan T. “A Legend of the Destruction of Carthage.” Classical Philology, vol. 83, no. 1, 1988, pp. 39–41.

2020-11-25 08:13:55
cuniculicavum @cuniculicavum00

Visonàも、1905年の紀行文に塩とすきが記述されていることを指摘しています。 Visonà, Paolo. “Passing the Salt: On the Destruction of Carthage Again.” Classical Philology, vol. 83, no. 1, 1988, pp. 41–42.

2020-11-25 08:14:28
cuniculicavum @cuniculicavum00

最後に、Warmingtonの議論は次のとおりです。 ①中世イタリアの歴史的事例として、1299年のパレストリーナの破壊について「カルタゴのようにすき返し、塩をまいた」とする教皇ボニファティウス8世の言及がある。

2020-11-25 08:15:29
cuniculicavum @cuniculicavum00

②ボニファティウスは都市破壊時のすき返しの知識をカルタゴの名前を挙げている古代の法学者モデスティヌス(Digest. 7.4.21)を通じて得たのだろう。 ③ボニファティウスの塩の知識は旧約聖書からではないか。 ④パレストリーナの事例がパドゥアとミラノの伝説に影響を与えたのではないか。

2020-11-25 08:16:51
cuniculicavum @cuniculicavum00

⑤5世紀に初期ビザンティンの教会史家ソゾメノスもペルシア王によって都市がすき返され種(塩ではない)がまかれたと記している。 HE.2.14 ⑥ボニファティウスの行為はGregoriviusが1900年に刊行した書籍に詳述されており、Hallwardもこれを読んだのではないか。

2020-11-25 08:17:42
cuniculicavum @cuniculicavum00

Warmington, B. H. “The Destruction of Carthage: A Retractatio.” Classical Philology, vol. 83, no. 4, 1988, pp. 308–310.

2020-11-25 08:18:44
cuniculicavum @cuniculicavum00

また、Wikipedia「塩土化」では、The New American Cyclopædiaという19世紀中頃の百科事典で既にカルタゴがすき返され塩をまかれたという記述があることを示しています 。

2020-11-25 08:20:14
cuniculicavum @cuniculicavum00

以上で、Wikipedia「塩土化」から離れます。 結論として、 カルタゴの破壊において、塩は「目的・分量を問わず使用されていない」ということになると思います。

2020-11-25 08:23:38
cuniculicavum @cuniculicavum00

ちなみに、カルタゴ市内の発掘調査により、建造物に破壊と火災の痕跡はあるものの基部から取り除かれてはいないことも分かっています。 Le Bohecは、建造物の残骸が散らばっていてすき返すのは不可能であり、ローマ人の行った儀式も影響が残るようなものではなかったとしています。

2020-11-25 08:27:03
cuniculicavum @cuniculicavum00

Le Bohec, Yann. "The "Third Punic War": The Siege of Carthage (148–146 BC)". In Hoyos, Dexter (ed.). A Companion to the Punic Wars. Chichester, West Sussex: John Wiley.  2011, 442f.

2020-11-25 08:27:33
HowlingUnderdog @HowlingUnderdog

@cuniculicavum00 城割と同じように、もう使えないという儀式をやったということですかね? 例えば港や城壁を破壊したとか。

2020-11-25 17:46:55
cuniculicavum @cuniculicavum00

@HowlingUnderdog 建造物も破壊されたのですが、加えて都市としての死を意味する象徴的な儀式が行われたかどうかが議論の焦点の一つとなっています。 跡地を「すき返して耕す」行為がそれにあたると考えられています。 ※塩は使いません。

2020-11-25 18:27:57