鳥籠の騎士 #2 不死鳥の籠~廃都の北院

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帽子男 @alkali_acid

鳥籠の騎士は裏口を通って床屋の荷物を探しに行くことにした。 女の方は男についていくかいくまいか考えたが、素裸でもあるし、またおかしくなった兵士に出くわして身を守る術もないということで、結局当面は鳥籠に留まることにした。

2020-12-14 22:55:23
帽子男 @alkali_acid

「なあにこの鳥籠の鍵さえおいてってくれりゃ安心ですよ」 騎士は鍵束から一本を外して、床屋に渡すと、籠番の入って来た扉から円蓋の間を出た。

2020-12-14 22:56:59
帽子男 @alkali_acid

また回廊が奥へ奥へと延びていた。やがて左右に板扉がずらりとならぶ区画に入る。どうやら倉のようなものらしかった。鍵束を使わずとも開き、中には雑多な着物や履物、被物、革袋に背嚢、杖に天秤棒。そのほかさまざまな小間物などががあった。どれも埃をかぶっている。

2020-12-14 23:02:17
帽子男 @alkali_acid

いや一か所だけ手入れの行き届いた品々があった。 磨きたてられた甲冑と槍に盾。それにやけに大柄な従僕の装束。胸のあたりがずいぶん余裕があるところから女物かもしれない。 鳥籠の騎士はそばへ行くと、兜の飾りに棹立ちになった雄馬があしらわれているのを認めた。

2020-12-14 23:06:53
帽子男 @alkali_acid

鳥籠の騎士よりやや大柄な男がまとっていたようだが、着られなくはない。質は優れている。 手入れをしていたのが誰であれ、武人に仕えるのに慣れた、かつ細やかな気性で忠義に篤かったに違いない。胸甲にも腰当にも籠手にも足甲にも曇りひとつない。

2020-12-14 23:10:14
帽子男 @alkali_acid

鳥籠の騎士は雄馬の甲冑を

2020-12-14 23:11:38
帽子男 @alkali_acid

鳥籠の騎士は、輝かしい雄馬の甲冑を戦利品として持ち帰ることにした。手慣れたようすで鎧立てから取り外し、次々と背負った檻に放り込む。 「グワ!グワ!」 光物に喜ぶ鴉のように鳴きながら、一切合切を鳥籠に収めると、ほかの部屋を見て回る。

2021-01-01 19:09:05
帽子男 @alkali_acid

恐らくは囚人から取り上げたであろう種々様々な品々がきちんと整えて並べてあるが、痩せた男はもう分捕りは十分とばかり、いずれも素通りし、とうとう床屋の前掛けと装束、道具袋の置いてあるところに行き当たる。

2021-01-01 19:12:04
帽子男 @alkali_acid

「ア゙ー!ア゙ー!」 騎士は道具袋と装束を甲冑と一緒にまた鳥籠に収めると、増えた荷の重さにいささかも足取りを鈍らせず、来た道を取って返す。地下回廊を抜け、先程の広大な円蓋の間に帰り着くと、これまた別の鳥籠に入った太り肉(じし)の女が待ってましたと声をかける。 「殿様!」

2021-01-01 19:15:06
帽子男 @alkali_acid

騎士は小首をかしげて近づくと、鳥籠に入っていた道具袋と装束を渡してやった。 「いひひ…恩に着ますよ殿様…いやご立派な騎士でいらっしゃる。まさに王の騎士にふさわしいお振舞ですよ…きっとお礼は…おや…また」 銀の鋏の二つ名を自ら称するジルバシェラが、不意にくりくりした目を細めた。

2021-01-01 19:20:14
帽子男 @alkali_acid

視線の先を追った鳥籠の騎士が振り返ると、円蓋の間の中央にある祭壇で、黄金の鳥籠が燃えるように明るく光を放ち始め、格子と格子の間を青い稲光が飛び交い出していた。 「なんだか殿様が戻って来たのを出迎えてるみたいですよ。気味の悪い金ぴかだ…」 太った女が囁くと、痩せた男は首を傾げた。

2021-01-01 19:24:44
帽子男 @alkali_acid

背中に負った鳥籠に彫り込まれた刻印が藍の輝きを発し、熱を帯びて革鎧ごしに肌を温めてくる。 「クワ…クワワ…」 騎士はまた光物に惹かれるように祭壇に向かって歩き始めた。 「ちょいと殿様。危のうございますよ…きっと恐ろしいネベルラントの魔法の仕掛けが…」

2021-01-01 19:27:13
帽子男 @alkali_acid

黄金の鳥籠の内側に紺碧の霹靂が蟠り、おぼろな人に似た輪郭を作り上げる。 丈高く均斉のとれた体つきをした青年。容貌は彫像の如く麗しいが、しかし、数が多すぎる。目も、鼻も、耳も、口も、いや首そのものが、二つあるのだ。

2021-01-01 19:30:03
帽子男 @alkali_acid

雷とともにあらわれた二つ首の美丈夫は、背よりも長い杖を抱きしめたまま、逞しくもしなやかな腕を伸ばして、ゆっくり手招きをする。 鳥籠の騎士を、黄金の鳥籠の内側へ呼び寄せようとするように。

2021-01-01 19:31:52
帽子男 @alkali_acid

「お、お化けだ!殿様!逃げしょう。こいつが出てくる前に…殿様」 だが鳥籠の騎士は床屋の忠告に耳を貸さず、そのまま青い亡霊の元へ進んでいった。

2021-01-01 19:33:16
帽子男 @alkali_acid

「殿様!」 引き留めようとした床屋が思わず鳥籠の縁を掴み焼け付くような熱さに悲鳴を上げる刹那、藍の電撃が蛇のようにのたうちながら二人を飲み込み、焼き尽くしたようだった。

2021-01-01 19:35:07
帽子男 @alkali_acid

「死んじまう!死んじまう!あたしの手!!」 のたうちまわるジルバシェラを、よそに鳥籠の騎士はぼんやり立ち尽くしていた。あたりは、さっきまでいた円蓋の間とは明らかにようすが異なる。

2021-01-01 19:36:47
帽子男 @alkali_acid

構造は似ているが、祭壇と黄金の鳥籠は消え失せ、代わりに弧を描く黄金の穹窿が幾本も伸びて、はるか頭上高くで交差している。さらに穹窿同士を横につなぐ黄金の環が幾つも一定の間隔を空けてはまっている。 まるで、 「「ようこそ不死鳥の籠へ」」

2021-01-01 19:40:57
帽子男 @alkali_acid

痩せた男が振り返ると、先ほどは霹靂のかたちづくる幻影にすぎなかった二つ首の美丈夫が、生身を備えて立っていた。いや、浮かんでいた。長い杖を抱きしめたまま。引き締まった肢体をわずかに薄絹でおおっただけのいでたちで。 「「私達は卵番」」

2021-01-01 19:43:50
帽子男 @alkali_acid

右の首が囀る滑らかな言葉はネベルラントの庶民が話すものでもなければ、貴紳のが話すものでもない。どうやら古代の雅語だった。左の首は恐らくそっくり同じ内容を騎士に通じる響きで同時に紡いでいる。 「グワ?」

2021-01-01 19:49:09
帽子男 @alkali_acid

痩せた男が首を傾げると、二つ首はさらに語る。 「あなたの背負う鳥籠が、不死鳥の籠と響き合い、時と空(うつほ)を超えて私達のもとへ運んだのです」 「ア“ー?」 卵番の語らいに、騎士がまた何度も首を左右にかしげて瞬きすると、そばに転がる床屋があらためて悲鳴を上げる。 「あたしの手!」

2021-01-01 19:51:37
帽子男 @alkali_acid

「グワー」 鳥籠の騎士が視線をそちらへ向けると、銀の鋏は握ったり閉じたりして、ほっとしたように告げた。 「おや…ひどい火傷ってほどじゃありませんでしたよ…」 「ア゙ー」

2021-01-01 19:53:10
帽子男 @alkali_acid

卵番は床屋がそこにいないかのように、騎士にだけ話を続けた。 「何者かが用いた禁忌の呪文により乾いた霧がネベルラントを覆い、貪り尽くしました。鳥籠の外すべては死に絶え、別のものに変わろうとしています」

2021-01-01 20:01:20
帽子男 @alkali_acid

二つ首の美丈夫は相変わらず右の首からは竪琴の爪弾き如く快くしかし意味の解らない語句を、左の首からは平明な言葉をかたちづくっていった。 「私達は卵番。ただ不死鳥の卵が孵るのを見守るばかりですが、もはや叶わぬやもしれません。このままでは卵は温もりを失い、冷え固まってゆくでしょう…」

2021-01-01 20:04:39
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