食べると不死身になれる、って伝説がついてるレアなファンタジー生物を探す男の話。8

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江口フクロウ@眠み @knowledge002

南では既に大災害が発生していた。 海が荒れ始めたと思った途端に、記録にない大津波が突然現れ沿岸を飲み込んでしまったのだ。 おかしなことに過剰な潮の引きも見られず、大小各地の港の民がまるごと逃げ遅れてしまう。

2020-12-17 20:53:47
江口フクロウ@眠み @knowledge002

不死であるはずの命も全て奪い去られた。だがまだ津波は引く様子を見せない。どころか、まるで海から溢れ続けるようにどんどん波が地を這い上がっていく。北へ北へ。 もっと多くの命を求めるように。

2020-12-17 21:02:35
江口フクロウ@眠み @knowledge002

立ち塞がったのは、壁だった。 いったいいくつの山を使ったのか、比喩でなく見渡す限り大地に壁が立っている。 その頂点で魔女は腕を組み、迫りつつある津波を自信に満ちた表情で睥睨し。 大音声で名乗りを上げた。

2020-12-17 21:45:17
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「我が名はドーラ!!神王の四守護聖が頂点に立つ、土の魔女である!!!」

2020-12-17 21:50:39
江口フクロウ@眠み @knowledge002

よれた三角帽に黒ずくめの少女は異例の大海嘯に対し絶対の自信をもって立ち上がった。 「我が魔法は大地の力!!主より最も多くの肉を賜った我が用いればこの通り、ここから先は一滴たりと通さぬぞ!!!」 口上はさておき、壁の出来は言葉通りの代物だ。

2020-12-18 08:11:06
江口フクロウ@眠み @knowledge002

いくつもの山を崩しては盛り、彼方まで重ね連ねた大防壁から彼女は地平より迫る波の先頭を指差してみせる。 「そこにいるのはわかっておる!観念して姿を表せ、化生め!」 さて、応えてか否か、動きはあった。 波から泡が一つ浮いて出たのだ。

2020-12-18 08:16:26
江口フクロウ@眠み @knowledge002

小さな泡は次第に膨れ、やがて波から離れふよふよと浮き始める。 人一人も入れそうな大きさになると泡は宙を滑るようにして動き始めた。 魔女は向かってくる泡から魔力の塊と核のようなものを感知した。 なるほど近付けば肉眼にも泡の中にへたり込む女の姿が見て取れる。

2020-12-18 08:24:13
江口フクロウ@眠み @knowledge002

肌は青白く血色が悪いがそれを補って余りある儚き美しさを備えた、まさに泡のような女だ。これが人であろうはずがない。 ふよふよと頼りなさげに浮く泡の中で、透けるような薄衣だけを身につけた女が首を傾げる。 やがて泡は魔女の前に到達した。

2020-12-18 08:28:36
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「…ふっ。臆さず我が前に出たことは褒めてやろう。しかし我が主の導く民を呑んだことは許さぬ。我が裁きを受けよ!」 『おおきなこえですねー』 「…?」 泡を通しているからか、女のか細い声に不思議な響きが宿りしっかりと耳へ届く。 『とてもいいこえですー』

2020-12-18 08:32:02
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「そうだろう!口上はしっかり練習してきたからな!」 『うたをうたってほしいですー』 「…何?歌だと?」 『いいこえでうたってくださいー』 「貴様、己の立場を弁えているのか!時間稼ぎは通用せんぞ!」 『うたがききたいですー』

2020-12-18 08:33:56
江口フクロウ@眠み @knowledge002

魔女がいくら注意しようと女はいやに幼げなわりに頑として主張を曲げなかった。 「ぬ、ぬぬぬ。…まあいい!どうせ貴様では我に勝てぬのだ。消える前に土産を持たせてやろう」 魔女はついに譲ってしまった。 『うれしいですー』

2020-12-18 08:36:54
江口フクロウ@眠み @knowledge002

魔女は歌が下手だった。 尊敬する主とついでに自分を称える自作の歌をまるで聖歌隊が賛美歌でも歌うように堂々と、かつうっとり歌い上げる。歌詞はどうにも幼稚で拍子も取れず音は外れ声は音域によって出たり出なかったり。 だがそれでも一通り歌い終わると、小さな拍手が泡から響いた。

2020-12-18 08:41:22
江口フクロウ@眠み @knowledge002

『すてきなうたですー』 「そ、そうだろう!そうだろうとも!だのに姉妹はどいつもこいつも我が歌うのを全力で阻止しに来るのだ!」 『もっときかせてくださいー』 「よかろう!なんだ話のわかるやつではないか!」 …二曲目も一曲目と変わらないような調子で変わらないような歌詞を歌ったが、

2020-12-18 08:48:22
江口フクロウ@眠み @knowledge002

泡の女は満足げ。 しかし、 『まだききたいですー』 また同じことを言う。 魔女も全力で歌ったせいかさすがに少しばかり息を乱しつつ抗議する。 「な、なんと強欲な…おい貴様、さすがにそろそ、ろ…」

2020-12-22 18:32:04
江口フクロウ@眠み @knowledge002

ただ、その抗議も少々遅かった。 気付いた時にはもう絶句するしかなかったのだ。 先程まで見下ろしていたはずの波が既に見上げ果てるまでの高さに育っている。 大魔法にて築き上げた空前絶後の大土壁は。 しかしあまりにも、海そのものに対して当たり前のように無力だった。

2020-12-22 18:41:58
江口フクロウ@眠み @knowledge002

『うたをきかせてくださいー』 「あ、ああ…」 『もっとききたいですー』 「そんな、ああああああっ…」 『うたがききたいんですー』 「う、わあああああ!!!!!」

2020-12-22 19:01:24
江口フクロウ@眠み @knowledge002

大津波は魔女を悲鳴ごと呑み込み、揺さぶり、かき混ぜ、引き剥がし、やがて波の一部となり不死を超えた絶命に至らせる。 『じぶんでも、よくわからないんですけどねー』 同じく波に呑まれた泡の中で勝手にゆらゆら揺れながら、女は呟いた。

2020-12-22 19:13:04
江口フクロウ@眠み @knowledge002

資料に曰く。 「くらげの人魚など存在しない。 よく考えろくらげは魚じゃないだろ」

2020-12-22 19:44:15
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「ではなんなのかと言うと、特定はできない。検査や聴取から得られた情報が予想以上に多かったからだ。 精査こそ隠れ家へ戻ってからになりそうだがしかし候補を絞り仮説を立てることはできる。 そもそも現代における人魚はいくつかの伝承が習合されたものだ。

2020-12-22 19:49:51
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「海に暮らす半人種こと人魚を中核として、歌で人を惑わすのは水妖セイレーン。どうも昔から混同されがちな両者だがセイレーンが姿を消したことで残った人魚にその特徴が言い伝えられるようになった。 船を覆す災厄、大波の化身としては海坊主か。活動的だった四代目の「俺」が捜索に挑んだが、

2020-12-22 20:03:32
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「証明ならず。カナヅチには荷が重かった。 こうやって情報を集めて当てはめた結果が人魚という伝承習合の一例なのだが、しかし一つだけ腑に落ちない。 歌を聞くのを好むとは、果たしてどこから来たのだろう。 これに関しては完全に推論でしかない、隠れ家で仮説の証明を行う予定。

2020-12-22 20:06:52
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「追記 もう少し詳しく聴取を行ったところ、本人も何故歌を好むのか知らないと言い出した。と言うか、好きなのかどうかすらわからない、と。普段なら困るところだが仮説に裏付けがついた形になるかもしれない。 自称くらげの人魚の正体とはつまり、水死者なのではないか。

2020-12-22 20:10:58
江口フクロウ@眠み @knowledge002

中核は人魚ですらなく、かつて何らかの理由で海に沈んだ死者が偶然形を持つようになり、人魚の中で暮らしていたのではないか。 心当たりはある。発見された海域では昔から生贄の儀式や狂信者による奇祭が行われていたのだ。あの海中船を鯨だと思い込んでいる連中はその末孫である。

2020-12-22 20:16:51
江口フクロウ@眠み @knowledge002

「最も多くの資料を集めた九代目の「俺」が、海の大宝玉と人魚についてまとめている。 人魚とは旧き神の眷属の末裔。宝玉は全く違う神話体系の遺物であり、己の神を忘れた彼らが拾い上げたものに過ぎない。 しかし海の大宝玉そのものは本物だ。まかり違えば支配者を呼び起こすことに繋がる。

2020-12-22 20:23:44