【新機能】作り忘れたまとめはありませんか?31日前まで期間指定してまとめが作れる高度な検索ができました。有料APIだからツイートの漏れはありません!

富士山宝永噴火・農民の行動と幕府の対応

@usa_hakase さんの一連の富士山宝永噴火・農民の行動と幕府の対応についてのTWを勝手にまとめました。
人文 復興 復旧 歴史災害 緊急対応 富士山 噴火
14916view 2コメント
127
ログインして広告を非表示にする
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 17:16:47
1707年富士山宝永噴火の火山灰は、現在の静岡県東部から神奈川県西部にかけての広範囲の農地を埋没させました。もちろん火山灰に放射能は含まれていませんが、すみやかな復旧が不可能であった点は同じです。16日間続いた噴火のさなかに江戸幕府は調査隊を派遣し、現地の状況を調べました(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 17:23:36
承前)しかし、その後、幕府は何も対策をとらずに沈黙します。小田原藩もほとんど動かなかったようです。困り果てた農民たちは、いきなり「一揆」はしませんでしたが、執拗な請願運動を繰り広げました。噴火は1708年1月1日未明に終了しましたが、やがて農民たちの食料は底をつきます(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 17:29:06
承前)1月20日に農民たちは立ち上がり小田原藩に救済を請願しますが、藩の動きが鈍いことに苛立ち、29〜31日にかけて江戸に向けて大行進をします。この行動はメンツをつぶされそうになった藩役人の説得でいったん収まりますが、2月4〜6日に再び請願行動が起き、品川に至ります(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 17:36:34
承前)品川において、ようやく緊急物資支給の約束を得て、請願行動は収まります。その後、幕府は漸く重い腰を上げ、さまざまな施策を打ち始めます。小田原藩出身の老中・大久保忠増が当時の「政府」にいたことを割り引いても、請願行動がある程度の効果を上げたと思われます(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 17:41:33
承前)以後の幕府の施策は、現在の日本の民主国家の実情と異なるため、参考にならないかもしれませんが説明します。まず、2月24日に小田原藩を幕府直轄領に編入し、国家として復旧・復興事業に乗り出します。あまりの被害の大きさのため、「自治体」に復旧・復興は無理と判断したわけです(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 17:46:33
承前)それと同時に、伊奈半左衛門忠順を酒匂川の治水奉行として就任させます。また、2月28日に「諸国高役金令」を発令して「復興税」の徴収を始め、外様大名たちに除灰作業を命じます。外様大名って可哀想ですね。そして3月7日に旧小田原藩領の農民たちに租税未納分の免除を通達します(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 17:52:22
承前)臨時増税による徴収の大部分が大奥の修理などに使われたり、治水行事にたずさわった業者が地元でなく江戸ばかりだったりなど、ひどい実態もあったようですが、ともかく幕府のこれらの強力な施策によって、その後の被災地の復旧・復興事業がまがりなりにも進められていきます(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 17:57:43
承前)「政権交代」による苦労もあったようです。綱吉から家宣に政権が変わると、それまで「生類憐れみの令」によって家畜保護のために支給されていた援助金が打ち切りになりました。今では悪法として名高い法律でも、実際に被災地を助けていたんですね(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 18:01:48
承前)この施策変更に困窮した農民は、ふたたび江戸に集結して請願行動を起こします(1709年4月)。その結果、援助金が減額されながらも再支給に至ったようです。その後も被災地の復旧・復興は紆余曲折しますが、復興が終わった地域から徐々に幕府直轄領から小田原藩に戻されていきました(続く)
うさはかせ Prof.Lièvre @usa_hakase 2011-07-24 18:10:26
承前)こうした農民の請願行動を、村役人が一緒になって支えたようです。現代に例えれば、村役人は市町村でしょうか。農民と市町村が執拗に行動した結果、県(小田原藩)と国(幕府)を動かしたということになると思います。当時の経緯を詳しく知りたい方は→http://bit.ly/hyCUAW

コメント

わさび屋 @wasabine 2012-03-26 01:43:25
小耳に挟んだ話ですが、火山灰で覆われ、避難した家庭が、残った者達から帰村を拒否されました。隣町に、住んでいた村の名前を付けた地区が出来たととの事です。今の福島で起こっている事と同じような気がします。
baum @baumm 2012-03-26 09:05:05
この史実を元に書かれた小説が新田次郎さんの「怒る富士」ですね。 http://amzn.to/H2hHSu http://amzn.to/H2usAK 新田次郎さんは気象学者藤原咲平さんの甥でご自身も気象庁に勤めていました。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする