虚構内存在と後期クイーン的問題

メフィスト評論賞「ガウス平面の殺人」の解説です
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@quantumspin

「特殊設定と後期クイーン的問題」をトゥギャりました。 togetter.com/li/1670112

2021-02-19 07:10:35
@quantumspin

そういえば、こちらでは「虚構本格ミステリ」という言葉について解説していなかったので、拙論をよまれていない方はなんの話をしているのかピンとこないかもしれませんね。

2021-02-20 07:47:20
@quantumspin

「虚構本格ミステリ」というのは、メフィスト評論賞をいただいた「ガウス平面の殺人」で私が考案した概念です。 従来の本格ミステリを「実本格ミステリ」と呼び、これと区分しています。

2021-02-20 07:47:55
@quantumspin

詳しく知りたい方は、こちらをお読みいただけたらと思います。 bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0…

2021-02-20 07:49:44
@quantumspin

「虚構本格ミステリ」というのは、作中人物が「虚構内存在」である事を作者が前提し書いた本格ミステリの事を指して言っています。 対して「実本格ミステリ」というのは、作中人物が「現実存在」である事を作者が前提し書いた本格ミステリの事ですね。

2021-02-20 07:50:15
@quantumspin

むろん全ての作中人物は「虚構内存在」なのですが、「実本格ミステリ」にはそれを「現実存在」に漸近させる意志があるわけです。そうした意志は、端的にいって探偵の「真実はいつもひとつ」という素朴実在論的な世界観に宿っていると思っています。

2021-02-20 07:50:49
@quantumspin

「実本格ミステリ」というか、大半の本格ミステリは、読者の常識に合致させる事に拘っているわけです。ようするに自然主義ですね。犯人の動機やトリックが〝非現実的〟と怒ったりするあれです。

2021-02-20 07:51:24
@quantumspin

本格ミステリには〝読者への挑戦状〟というものがありますが、あれを実際に差し出す作家さんの苦労は並大抵ではないと思います。テクストだけで読者を唯一無二の「真実」に辿りつかせるという事は、世界を現実そのものとして作り込みつつ、物理的な可能性をしらみつぶしに除いていく必要があるわけです

2021-02-20 07:52:19
@quantumspin

だから「ガウス平面の殺人」では、〝読者への挑戦状〟を「リアリズムへの恭順を言明する宣誓状」と書きました。 「真実はいつもひとつ」という自然主義的信念に、あれほど拘ったものはないと思ったからです。

2021-02-20 07:53:26
@quantumspin

一方で「虚構本格ミステリ」の作中人物は、作者に創られた自覚があります。作中に作者の視点が入り込むという事です。これは、自然主義的な「実本格ミステリ」では、物語の破綻として忌避されるものです。筆が滑るとかメタに逃げるとか言われますよね。

2021-02-20 07:54:39
@quantumspin

確かに、「現実存在」を前提に描かれた作中人物が、突如としてメタな発言をし始めたら、それはリアリズムの観点からは破綻と感じてしまうのはよくわかります。

2021-02-20 07:55:11
@quantumspin

ただ、ここで作中人物の気持ちになって考えてみてください。さきほど全ての作中人物は「虚構内存在」であって、「実本格ミステリ」は人物を意図的に「現実存在」に漸近させていると書きました。ここで作中人物は、読者と同じリアリティを強制されているという事になるわけなんです。

2021-02-20 07:56:51
@quantumspin

本当は作者に創られた存在でしかないんだけれども、自分は自然の摂理に従って現実世界に生誕し、これを生きていると信じ込まされている。物語にメタが入り込むというのは、作中人物にとっては、ある意味では必然的な衝動であって、だからこそ作者の筆を滑らせるのだと思います。

2021-02-20 07:57:37
@quantumspin

ではここで、まんが・アニメ的なキャラクター小説の世界観を使って本格ミステリを書く事を考えてみます。 キャラクターの行動原理は、読者が生きる「自然界」とは、意図的にずらされています。例えば地面のないところに踏み出しても、それを認識するまでは歩けてしまうとか。

2021-02-20 07:58:39
@quantumspin

高所から飛び降りても、足がビリビリするだけで着地できてしまうとか、飛行機にしがみついて逃亡犯を追い回したりとか、宇宙戦争を描いている筈なのに天地があり音が伝搬するとか。まんが・アニメ的世界観を前提すると、そうした世界こそがまんが・アニメ的な意味でのリアリティと呼べるものですよね。

2021-02-20 08:00:14
@quantumspin

だからキャラクター小説的なミステリというものは、荒唐無稽なまんが・アニメの文脈をこそリアルと見做し、探偵が謎を解く必要があるわけなんです。しかしそうすると、こんどは読者のリアリティが問題になってきます。

2021-02-20 08:01:26
@quantumspin

さきほど読者は、自然主義的な世界観を前提していると書きました。犯人の動機やトリックが〝非現実的〟だと、怒られてしまうわけです。そうすると、まんが・アニメ的世界観のなかで閉じていては、読者のリアルに訴えるものがない。

2021-02-20 08:02:09
@quantumspin

これは、作者と読者との知的ゲームを前提する本格ミステリにとっては、結構な難題になっているような気がします。

2021-02-20 08:02:29
@quantumspin

そこで作者は、「地面のないところに踏み出してもそれを認識するまでは歩けてしまう現象」は、まんが・アニメ界の法則である、と地の文に明記しフェアプレイを心掛けざるを得ないわけですが、そうすると、元来のまんが・アニメ的な文体は失われていくような気がします。

2021-02-20 08:03:06
@quantumspin

異世界的な法則を事細かに書き始めると、自然主義的な小説よりむしろ読みにくくなってくるものかもしれませんね。

2021-02-20 08:03:48
@quantumspin

キャラクター小説の文体を、東浩紀さんは「ここはそういうことにしておいてください」と言い現わしていましたよね。「メガネっ子」一言書けば、それだけでキャラクターの容姿や行動原理の大半を説明できてしまう。ライトノベルはそのような文体を採用する事で、サクサク読めるように書かれている。

2021-02-20 08:05:16
@quantumspin

ところが本格ミステリでフェアプレイに徹しようとすると、この作戦が使えなくなってしまう。だからライトノベルの文体では、自然主義者にとっては、説明伏線が足りない、アンフェアだ、と怒られてしまうのだと思います。

2021-02-20 08:06:01
@quantumspin

そう考えていくと、キャラクター小説の世界観で本格ミステリを描くという行為は、思いのほか難しい事がわかります。一方ではまんが・アニメ的世界を描きながら、他方では自然主義的な読者の世界観をひっくり返さなければならないわけです。

2021-02-20 08:06:30
@quantumspin

キャラクターのメタフィクショナルな世界認識というのは、ひとつにはキャラクター小説のそうした技術的な要請から生じたテクニックでもあり、同時に虚構内存在が荒唐無稽な作品世界の謎と真摯に向き合った結果生じたものでもあると思います。

2021-02-20 08:07:13
@quantumspin

これはまんが・アニメに限らず、虚構存在一般の認識論の話のような気もしています。ただゼロ年代前後のライトノベルブームのころに集中的に検討された問題の筈で、今日の「虚構本格ミステリ」の大半はまんが・アニメ的なキャラクターを前提にしたものと言えるような気もします。

2021-02-20 08:08:30