![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「今のところ思い通りに進んでいる。これくらいの事は私も判っていた事だから、君達はそう気にしなくて良い」 「そうは言っても、」 祢杏が抗議の声を挙げかけた時、万里は興味を失ったようにその場から離れようとした。 「万里」 時鳥は、多くを言わなかった。万里はちらと彼女を見た。
2022-05-03 22:52:41![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「なんだ? 話は終わっただろ。なら、俺は準備した方が良いと思ったんだが」 「話が早くて良い。君の聡明さが私は好きだ。よろしくね」 万里は自室に戻っていった。祢杏はその背中にべっと舌を出した。 「つまりどういう話?」 「つまり私のやるべき事は半分終わったって話」
2022-05-03 22:56:34![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「あとはもう、【酒呑童子】に任せてしばらく私は楽をさせてもらえるという事だよ」 血みどろのタオルを取った時鳥の顔は、もうどこからも出血していない。左腕だけが、熱を発するように赤黒い。
2022-05-03 22:58:28![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
人間の世界において、酒呑童子に関する書物は複数存在する。現存する中での最古のものは室町時代に成立したとされるが、多くはその記述を江戸の書物に見る。 では、彼はどこからやって来たのか?
2022-05-03 23:02:03![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
人の世には、様々な説が伝わるが。元は人の仔であったとも、あるいは神の子であったとも。真実の所は? 彼という妖が、何から生まれどこからやって来たのか。そうして如何にして、人の世にまで長く名を残す程、強大な存在となり得たか。
2022-05-03 23:04:48†
![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「──実はやつがれ、遠い昔に万里殿に負けたのだ」 一旦暗転したテレビを前に、六識が伊勢に言った。 「戦った事あったんですか」 「うむ、あるぞ。と言っても、万里殿は覚えてはおられるまい。万里殿にとっては、切り伏せた一匹の天狗に過ぎなかったであろうな」
2022-05-03 23:09:15![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「やつがれは、まだ若かった。そしておのれの力がどこまで及ぶか知りたかった。その浅慮を以てして様々な妖と対峙した。やつがれは、当時もそこそこ強かったのだ。誰にも負けはしなかった。だが、万里殿にはあっさり負けた」 「わ、わあ」 「あの方は、前にすると圧がある。特別な圧だ」
2022-05-03 23:11:05![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「あの方に負けて一念発起したやつがれは、今このように修行という概念に目覚め、なんやかんやあってここ鞍馬に辿り着き、なんか最強になった! 今となっては鞍馬であれば万里殿にも負けぬよ!」 「あ、それはすごい」 「とは言え、どうであろうな。あの方はもう暫く本気で戦っておらぬ故」
2022-05-03 23:12:31![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「あまり遊んでばかりでは腕が鈍ると言うものよ。万里殿はどうであろうな? あの方は随分昔から、遊んでしかおらぬように見える。何百年も気の抜けたような顔をして、面倒事は時鳥殿に任せて裏で遊ぶばかりの方だ。何故そうなったのであろうな。あるいはそうして、本当に腑抜けになったかな?」
2022-05-03 23:15:02![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「ど、どうして急に万里さんの話に……?」 「ああ、いや。なに、そろそろ出てくるのではないかな、と思うたまでよ。やつがれ、ちょっとわくわくしてしまうぞ」 「万里さんが戦うとわくわくするんです?」 「それは、もう。純粋な戦闘力だけを言うなら、時鳥殿など話にならぬよ」
2022-05-03 23:16:22![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「時鳥殿はそもそもが戦わぬ事が巧い御方であるからして、明らかに不得手な事をやらせている此度の状況はやつがれとしても心苦しいと言うか、本当は時鳥殿に戦わせてないでやつがれ戦えよと言う話なのだが、時鳥殿全然呼んでくれないと言うか、やつがれ鞍馬出られないと言うか、ううむ」
2022-05-03 23:18:32![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「何にせよだ。何にせよ、これは千里眼を使うまでもなく明瞭なる事にて。さて、茶でも淹れるか」 「こんなほのぼのしてていいのかなあ」 「よいとも。その為に時鳥殿は伊勢殿をこちらにお送りになったのだ」 「でも、とき様まっかっかになってたし……」 「ふは、確かにあれは肝が冷えたな」
2022-05-03 23:21:21![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「しかし、これもまた千里眼で見るまでもなく明瞭なる事ぞ。時鳥殿にとって、斯様な事は瑣事である。瑣事と言うか。なんだ、うむ、戯れ、よな」 そう六識がにこにこ言うので、伊勢も伊勢で毒気を抜かれてしまう。緊張して見たら良いのか、安全地帯からのんびり見たら良いものか。
2022-05-03 23:24:27![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
六識の言う事の半分くらいは判らないが、伊勢にとって判らない事はいつもの事だ。なんだかちょっぴり仲間外れなのも、いつもの事。 六識の淹れたお茶は美味しかった。せめて時鳥も向こうでゆっくりお茶を飲める時間があると良いな、と、伊勢にはそう思うのが精いっぱいだった。
2022-05-03 23:26:20生神 真人
![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
さて。これ以上誰も入る事も出る事も叶わぬ鬼ヶ島に、ひとりの来訪者があった。そうしてその女を、運営者たる雲居顕仁が出迎えている。 女は。見目こそ若いように見えたが、その出で立ちには威圧感があった。存在感も緊張感もあった。整えられ過ぎていて。あまりにも、存在が理路整然とし過ぎていて。
2022-05-04 01:34:21![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
頭の先から爪先まで、計算し尽くされた上でそのように誂えたかのような、非の打ち所のない出で立ち。そのスーツにシワや汚れは一切なく、その姿勢に無駄は一切なく、その髪型に怠慢は一切なく、その表情に穏やかさは一切ない。 もうそこにいるだけで気が詰まる、存在。
2022-05-04 01:37:45![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
一切の過不足なく用意され、一切の緩みなく整えられ、一切の妥協なく生存している、あまりにも排他的な存在。あまりにもひとりで完結している。あまりにもひとつで完成している。ただそこにいるだけで周囲の全てを威圧する、そんな女だ。女は、「辛気臭い場所ですわ」、と言った。声まで冷たい。
2022-05-04 01:40:27![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「それだけ妖怪が集まり過ぎている。只人であれば三日で窒息死致しますわ。貴方だからこそ勤まる業務ですわね」 「お褒め頂いたと受け取りましょう。僕でなくとも貴女にも勤まるでしょうけれどね。いや、貴女に勤まらぬ仕事等存在しないでしょう」 「はあ。私(わたくし)は普通に褒めたつもりですが」
2022-05-04 01:43:51![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「貴女までここに来るとは思いませんでしたよ───生神(いきがみ)さん」 雲居はある程度含みを持たせた口振りでそう言った。女───生神は、「すぐ帰りますわ」と答える。女が話す度に、言葉が重力を持って落下するかのような圧を持つ。女の視線ひとつひとつがあらゆるものを拒絶する。
2022-05-04 01:47:03![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
残念ながら、【それ】はそういう女だ。尸仙対策本部の切り札であり、恐らくは日本にいるどの人間よりも、対妖怪において並び立つ者のいない女。妖怪殺しの変異体(エキスパート)。まるで妖怪を殺す為だけに神がデザインしたかのような、人間の枠内ギリギリの存在。どうしようもない成功例。
2022-05-04 01:50:16![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
どれを取っても賛辞しか浮かばないのに、何を言っても侮蔑となってしまうような、摩訶不思議な対妖決戦兵器。誰が人為的な手を加えたでもないのに、ただデタラメに妖怪殺しに秀でた喜劇作品。妖怪からすれば一秒でも早く死んで欲しい殺戮兵器。 しかして名前は生神真人、真なる人。
2022-05-04 01:54:08![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「今の私が非武装(まるごし)である事からもお判り頂けると思いますけれど、私はただ視察に来ただけです。こちらには無線もカメラも役に立ちませんから。貴方の報告だけで局長に提出する報告書は仕上げられませんからね」 「仰る通りです。そして貴女くらいでなければここに入るだけで病院送りだ」
2022-05-04 01:57:03![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「だから貴女が、こんなにも似つかわしくない仕事をさせられている、という訳ですね」 「私は一介の平社員ですから。課長のご下命に似つかわしいも似つかわしくないもないかと思いますが」 「それは貴女が権力争いに興味のない所為で出世できないからなだけだ。貴女の為に役職が作られるくらいなのに」
2022-05-04 02:01:24