大屋雄裕氏「待機者に移動制限を課すのは難しいというのが、内在的制約説からの素直な理解ということになるだろう」 2021年5月11日

「人権が保障する《行為する自由》を憲法は非常に重視しており、その制限には相当の理由(典型的には具体的な他者への危険)が必要」
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Takehiro OHYA @takehiroohya

①厚労省関係者とされる「移動の自由は憲法で保障されて」いるという主張につき、憲法22条1項は「公共の福祉に反しない限り」と定めているという指摘を見かけたので若干の補足。ポイントは「公共の福祉」がごく限定的に解されていること。 >入国後待機、1日最大300人が違反 asahi.com/articles/ASP5B…

2021-05-11 19:03:54
リンク 朝日新聞デジタル 入国後待機、1日最大300人が違反 警告メール送信へ:朝日新聞デジタル 政府が新型コロナウイルス対策として外国からの入国者に求めている位置情報の報告などをめぐり、指示に従わない人が1日最大約300人に上ることが、厚生労働省への取材でわかった。位置情報を送信しなかったり、…

「外国からの入国者には原則として入国後14日間、自宅待機を求めている」「自らの位置情報や健康状態を毎日報告することを求め、入国時に誓約書を書いてもらっている」

「そうした毎日の報告をしない人や、報告された位置が自宅などから離れている人が、1日あたり最大300人に達している」

「立憲民主党の蓮舫代表代行が、誓約書違反の問題を取り上げ、「300人に連絡が取れなくなって、その人が体調が悪くなったのか、感染したのか、把握できていない。市中感染につながるのではないか」と批判した」

https://www.asahi.com/articles/ASP5B5QGHP5BUTFK00M.html

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②経緯:旧憲法では人権規定に「法律ノ範囲内ニ於テ」などの制限が付されていたため、国益や社会秩序など非常に曖昧なものを危険にさらすという理由で社会主義や特定の宗教が弾圧の対象となり、しばしば人権が抑圧された。戦後の法体制はこのことへの反省を踏まえている。

2021-05-11 19:03:54
Takehiro OHYA @takehiroohya

③規定:新憲法は全体として人権を「侵すことのできない永久の権利」と規定する一方、いくつかの条文で「公共の福祉」による制約に言及している(12条・13条・22条1項・29条2項)。前期の経緯との関係で、これをどう理解するかが問題になった。

2021-05-11 19:03:55
Takehiro OHYA @takehiroohya

④言及のあるもの(居住・移転、財産権)とないもの(言論の自由)で保護水準が違う(前者は公益で制約していい)という議論もあったが、12条は「生命、自由及び幸福追求」について定めており、価値の重要さに対応していないという指摘も出た。そこで登場したのが宮沢俊義の内在的制約説。

2021-05-11 19:03:55
Takehiro OHYA @takehiroohya

⑤つまり、条文上「公共の福祉」があるかには関係なく、本来人権には内在的な制約として他者の人権の尊重が組み込まれており、それと衝突する場合には制限が許されるとするもの。「公共」とあってもその中身は具体的な他者の権利利益に限定されると解釈することになる。

2021-05-11 19:03:55
Takehiro OHYA @takehiroohya

⑥例:プライバシーを侵害する言論や名誉毀損にあたる表現は事前の差止めが認められ得る。言論の自由の保護対象だが、特定の他者の人格権などを侵害するものであり、事後の被害回復が非常に困難だと想定されるから。

2021-05-11 19:03:56
Takehiro OHYA @takehiroohya

⑦ただそこでも刑事処罰・損害賠償など事後の対応が本筋で、事前の禁止は例外的に認められるという位置付けになっていることには注意。言い換えると人権が保障する《行為する自由》を憲法は非常に重視しており、その制限には相当の理由(典型的には具体的な他者への危険)が必要だということになる。

2021-05-11 19:03:56
Takehiro OHYA @takehiroohya

⑧そこで入国後の待機についてはどうか。第一に待機者は感染力があると確認されたわけではなくその可能性があるに留まり、第二に感染していたとしても特定の他者に明確な危険を及ぼしているとは言いにくい。二重の意味で彼らが帯びているのはリスクであり、明確な危険ではないということになる。

2021-05-11 19:03:56
Takehiro OHYA @takehiroohya

⑨感染が確認されても二類以上の危険な感染症でないと入院が強制できないことと比較すると、二重のリスクしかない待機者に移動制限を課すのは難しいというのが、内在的制約説からの素直な理解ということになるだろう。しかもこれ自体は国民の人権制約に政府が慎重だということで、悪くもなんともない。

2021-05-11 19:03:57
Takehiro OHYA @takehiroohya

⑩問題は、戦後憲法の精神が個々人の自由と人権を可能な限り守ろうとするところ、個人の自己決定を尊重すると公衆衛生の問題は解決できないというところにある(繰り返し説明したとおり)。かつ、公衆衛生的な「公益」の論理を日常的に重視すれば、戦前のように我々の自由が損なわれる危険が強い。

2021-05-11 19:03:57
Takehiro OHYA @takehiroohya

⑫なおそれを否定し、自由と人権を守るためには公衆衛生上のリスクがどれだけ高まっても我慢するという立場について、私は同意しないけど尊敬する。リスクの評価については多様な意見があり、一貫した見解に基づいているなら尊重すべきだと考えるから。

2021-05-11 19:03:58
Takehiro OHYA @takehiroohya

⑬しかし仮に、緊急事態法制の導入のような対応を避けつつリスクに対応するために憲法解釈に手を加え、内在的制約説が掲げてきた理念を歪めてむきだしの公益による規制を認めるような論者が現れたとすれば、それこそが戦後憲法学の終焉を意味することになるだろう。

2021-05-11 19:03:58
Takehiro OHYA @takehiroohya

補足:なお内在的制約説について学問的には批判的な検討が多く加えられており、公益による制約をある程度認める見解が主流かと思う一方、政府の側においてそれを正面から持ち出さないという自己制約が重要な意味を持ってきたのではないかとは指摘しておきたいところではある。

2021-05-11 19:03:58