2021年5月29日

戦車小話~悲しみの大戦期ソ連対空戦車のおはなし~

戦車大国である一方で対空戦車というものを持っていた印象は全くない大戦期ソ連。彼らの対空戦車開発には一体何があったの?というおはなし
44
えすだぶ @FHSWman

大戦期ソ連の対空戦車開発というのは、それはもう語るも涙の悲惨な有様でありまして……。実際彼らは対空戦車を作ろうとはしていて、しかし回せる余裕がなく、そのうえ開発自体自体もあまり旨く行かなかったのです #マシュマロを投げ合おう marshmallow-qa.com/messages/46fdb…

2021-05-29 14:51:18
えすだぶ @FHSWman

実は戦前の時点では、世界的に見てもソ連は戦車部隊の防空能力をかなり重視していた方でした。まず手始めに、1935年頃にはT-26ベースの76mm自走高射砲を試作しております。これは結果的には失敗作となったのですがが、ともあれ彼らがこうした物の必要性に注目していた事の印にはなるでしょう pic.twitter.com/narFIE3hbO

2021-05-29 14:56:04
拡大
えすだぶ @FHSWman

また同時期にはP-40対空機関銃架も開発、採用されています。これは射手があまり大きく身を晒すことなく平射から高射まで無理ない姿勢での全周射撃ができる非常によく出来たもので、当時ここまで手の込んだ戦車用対空銃架を採用した国は恐らくソ連が唯一でしょう。ここまではよかったのです、が…… pic.twitter.com/Yqatorw6YR

2021-05-29 15:00:23
拡大
拡大
えすだぶ @FHSWman

P-40銃架は出来自体は非常に良かったものの、T-34には砲塔構成の都合により搭載できませんでした。本来ならあの形のT-34はあくまで場繋ぎ的なもので、より洗練されたT-34M等に置き換えられる筈だったのですが、独ソ戦の勃発により不完全なままのT-34の量産に注力せざるを得なくなります pic.twitter.com/pxY996TguP

2021-05-29 15:09:30
拡大
えすだぶ @FHSWman

ところで彼らはP-40銃架の対空能力で十分と考えていたわけでもなく、専門の対空戦車も必要だと考えてはいました。そこでT-26軽戦車を置き換える次世代軽戦車T-50には25ないし37mm高射機関砲を搭載する対空戦車型も計画されていたのですが……独ソ戦勃発によってT-50自体を作る余裕がなくなり頓挫します pic.twitter.com/FJKYWOJglu

2021-05-29 15:16:08
拡大
えすだぶ @FHSWman

こうした独ソ開戦の絶妙なタイミングの悪さもあって、結果的に対空能力を持つソ連戦車はKVだけになってしまいます。しかもP-40銃架の配備割合は当初の想定でさえ5両に1両の割合で、さらに実際にその割合でさえ搭載されないこともあり、ソ連戦車の対空能力はむしろどんどん低下していってしまいました pic.twitter.com/cntFNxSOs9

2021-05-29 15:25:15
拡大
えすだぶ @FHSWman

独ソ開戦後も当初は戦前の対空戦車開発計画を続けることが試みられ、1941年秋頃にはT-50用の37mm対空砲塔をT-34用に設計しなおしたりもされました。しかし緒戦の大敗によって彼らは通常の戦車型T-34を何よりも必要としており、対空戦車用に割く余裕などなく、結局これは実現しませんでした pic.twitter.com/c9f83yxdT2

2021-05-29 15:29:05
拡大
えすだぶ @FHSWman

また独ソ開戦直前にはT-34に23mm機関砲を連装で積んだ対空戦車というのも考えられていたのですが、これも開戦によって白紙になります。以後独ソ戦が終わるまで、中戦車をベースにした対空戦車などを考える余地はほとんど議論にも上らなくなります。とにかく通常型T-34の生産が最重要事項だったのです

2021-05-29 15:34:39
えすだぶ @FHSWman

そういうわけで戦中ソ連の対空戦車開発計画は基本的にすべて軽戦車ベースとなります。まず状況が僅かなりとも落ち着いた1942年頭にはT-60軽戦車をベースに76mm軽自走砲と、それに並んで37mm機関砲装備の対空戦車の開発が始まりました

2021-05-29 15:52:08
えすだぶ @FHSWman

こちら、T-60ベースの37mm対空戦車SU-31。これは76mm自走砲SU-32と並んで1942年夏には完成したのですが、試験で足回りの破損やオーバーヒート等の問題を起こし、戦闘車両以前に自動車として失敗作であることが明らかになりました。ちなみに自走砲版はここからSU-76に繋がる苦難の道が始まります pic.twitter.com/iZTpKoROVq

2021-05-29 15:55:23
拡大
えすだぶ @FHSWman

またSU-31はT-60軽戦車車台でしたが、同車は軽戦車としての能力にも大いに不満があり、後継としてT-70軽戦車の開発も始まっていました。そこでこれに合わせてT-70車台での対空戦車も考えられるようになります。また生産性向上の目的で、T-70にはあまり大改造を加えずに実現したい、と

2021-05-29 16:00:47
えすだぶ @FHSWman

そんなわけで1942年春~夏頃にかけて開発されたのがZUT-37。コンパクトな37mm Sh-37航空機関砲ならT-70の車体をあまり弄らずとも詰めると目論まれたものの……航空機関砲用のエンドレスベルトは狭い戦車内ではとても扱いやすいとは言えず、20発の再装填に5分近くもかかるという大変な結果に pic.twitter.com/FuaRv8UJic

2021-05-29 16:10:50
拡大
拡大
拡大
えすだぶ @FHSWman

これは実用発射速度で言えば4発/分となり、対空戦車としては信じられないほど低いものです。ZUT-37には他にも砲塔旋回速度、最大仰角、搭載段数が足りない等々ありとあらゆる文句がつき、1年ほど弄り回したものの、結局物にはなりませんでした

2021-05-29 16:17:47
えすだぶ @FHSWman

とまあ上手く行っていなかったソ連の対空戦車開発ですが、1942年6月末にちょっとした事件が起きます。前線で撃墜されたドイツの連絡機に、あのHs129対戦車攻撃機の3cm MK101機関砲装備型の前線射撃試験レポートがたまたま積まれていて、それがソ連側の手に落ちたのです。ええ…… pic.twitter.com/jET6jstzJB

2021-05-29 16:21:59
拡大
拡大
えすだぶ @FHSWman

最新の試作装備の前線試験レポートがたまたま手に入るなんて創作作品でも出来過ぎだろと言われて仕方がない展開ですが、本当に起きちゃったんだから仕方ありません。鹵獲されたレポートのロシア語翻訳版が実際確認されておるので、どっかの狂人の珍説とかいうわけでもなく本当にマジ

2021-05-29 16:28:34
えすだぶ @FHSWman

そんで件の前線試験報告には、3cm MK101機関砲が硬芯徹甲弾を用いるとT-34どころかKV重戦車の装甲を実際抜けるということが記録されておりました。つまりドイツが極めて危険な対戦車攻撃機を配備しつつあることが分かってしまったのです

2021-05-29 16:31:15
えすだぶ @FHSWman

独ソ戦というとスツーカとかがソ連戦車を食い散らかしたような印象があるかもですが、実際独ソ戦前半においては、ドイツ空軍側にはあまり効率的な対戦車装備は無かったのが実情です。爆弾はそうそう直撃はしないし、かといって戦車を抜けるような機関砲もロケット弾も収束成形炸薬もないのですから

2021-05-29 16:34:28
えすだぶ @FHSWman

しかし3cm機関砲装備Hs129が確認されたことで、ソ連戦車はこれまで以上の危険に晒される事が予想されます。そこで対策として1942年夏以降は対空戦車の開発も以前よりは熱が入るようになります。大失敗作めいたZUT-37の開発が長々続けられたのも、恐らくはこの関係でしょう

2021-05-29 16:36:32
えすだぶ @FHSWman

そこで大口径機関砲装備の本格的な対空戦車の開発と平行して、1942年8月以降は既存軽戦車ベースに最小限の手を加えた拙速型の軽対空戦車の開発も始まります。まずT-60ベースのT-60Z。こいつは偶にT-60-3と呼ばれたりしますが、これはよくあるキリル文字の判読ミスで実際は高射(Зенитный)の頭文字です pic.twitter.com/FRo11WQN1D

2021-05-29 16:40:41
拡大
えすだぶ @FHSWman

しかしT-60Zは砲塔が狭すぎて射手が入り込むのにも苦労する有様で、さらに試作車が不完全で試験自体がまともに実施できませんでした。またT-60は1942年7月には生産中止とT-70への移行が決定されているので、これは元々あまり将来性のある計画でもありません

2021-05-29 16:45:35
えすだぶ @FHSWman

T-60Zと平行して、T-70についても軽戦車型に最小限の変更で12.7mm連装機関銃を積んだT-70Z対空戦車が試作されました。こいつは試験自体は出来たのですが、やはり窮屈過ぎ、搭載弾数360発は少なすぎ、砲塔が片側に寄っているので連射すると車体が振れて精度が悪く……とこれまた散々な評価に終わります pic.twitter.com/eGrGQTD7lM

2021-05-29 16:50:51
拡大
えすだぶ @FHSWman

これらと平行して、T-70ベースで完全新規の対空銃塔を積むことにしたT-90ってのも開発されました。こちらも完璧ではなかったものの幾分不満のリストが短く、欠点解消の後1942年末には量産が推薦されましたが……通常戦車型T-70の生産工場にこいつを割くことが問題視されて別工場に振られてしまう pic.twitter.com/VGMKqa3KLO

2021-05-29 16:54:44
拡大
えすだぶ @FHSWman

しかしそっちはそっちで別のT-80軽戦車にかかっていて手をつけられず、T-90銃塔をT-60に積もうかとか。そうこうしている間にクルスク戦でドイツ対戦車攻撃機が大暴れした事で対空戦車を生産が急務になり、元の工場の担当に戻され、かと思いきやそっちではSU-76にかかりきりでT-70はもう作ってない…… pic.twitter.com/yZpGXugIDI

2021-05-29 16:58:26
拡大
えすだぶ @FHSWman

そんなわけでT-90はソ連が大戦中にまともに量産できた可能性のある対空戦車だったものの、生産事情に振り回されて陽の目を見ることが出来ませんでした。結局は通常の戦車と自走砲の優先度に勝てなかった結果でもありますが pic.twitter.com/WjyMw0UgfV

2021-05-29 17:00:05
拡大
えすだぶ @FHSWman

T-80の話が出たのでこれも触れておきましょう。1942年夏にT-70の二人用砲塔化計画が進行中の折、例のHs129撃墜事件によって対空能力の強化の必要性が痛感されたことで、通常型の戦車に高射能力を持たせようとしたのがこいつです pic.twitter.com/gJyxj6Ht5X

2021-05-29 17:03:05
拡大
残りを読む(10)

コメント

九十九 @hakqq 2021年5月29日
結局は鉄のローラーで「押し勝つ」に帰結するんやなって
3
オブジェクト@図書館はいいぞ @oixi_soredeiino 2021年5月29日
面白いマトメでした。戦後対空戦車の充実ぶりを考えると戦中もそうだったというとそうでもなかったのですね。
2
Yoshiteru Kawai @yoshikun2009 2021年5月30日
シルカやツングースカからすると想像もつかない状態だったわけだ。
0
BLACK @BlackBlack0013 2021年5月30日
「敵の試作装備の前線試験レポートが手に入る」創作は現実を超えられないんだなぁ。
1
愚民Artane.🦀@オメガツイッタラー(最底辺限界ツイッタラー)/コロナは風邪じゃない@経験者 @Artanejp 2021年5月30日
yoshikun2009 逆に、戦後ものすごく力を入れてるのは、戦時中の経験があるから平時から防空重視するようになったんだと思います。
0