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60年安保闘争と現在の「脱原発」風潮の対比:時代のムードに流されることの愚

田原総一郎が60年安保闘争と現在の「脱原発」風潮を対比して捉えるという秀逸な論考を行っている(http://nkbp.jp/ngXv8z)。全くその通りと思う。時代のムードに流されて政策の実を知らず賛否を安易に表明する風潮が「脱原発」でも強まっている。安保研究者として60年安保闘争の理不尽さを理解していただけに、その対比に気づかなかったのは迂闊だった。
政治 脱原発 同盟 日米安保 60年安保闘争 日本 米国 ポピュリズム 菅政権
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fj197099 @fj197099
脱原発の風潮は60年安保闘争に似ている(http://t.co/eSpCaXh)…田原総一郎は時々同意できない時もあるが、この見立ては全く同感。昨今の脱原発への急速な傾斜は、何に似ているって60年安保の騒乱に似ている所がある。さすが田原総一郎は同時代的記憶があるという訳だ。
fj197099 @fj197099
私も安保研究者として60年安保の時の理不尽さは十分分かっているだけにその対比を思いつかなかったのは迂闊だった。そう、脱原発以外の異論を許さぬかの如き、沸騰状況にある昨今の風潮はちょうど60年の「アンポハンタイ」の空気に似ている。誰もが自分が何を言っているかを心底理解してはいない。
fj197099 @fj197099
60年安保と言ってももはや分かるのは老人とちょっと詳しい人々だけだろうから簡単におさらいすると、戦後の日本は戦前の軍国主義の反動で社会主義や共産主義といった所謂左翼勢力の政治的影響力が極めて強い状況にあった。1951年に日米安保の旧条約が結ばれるがこれは当初から批判を受けていた。
fj197099 @fj197099
すなわち米国との軍事同盟は冷戦の文脈で日本を望まぬ戦争へと「巻き込む」という反対論である。当時はまだ中国やソ連も講和対象とした全面講和論の余波の強かった時代であり、共産主義やマルクス主義に対しても十分な警戒心が存在していなかった時代であった。世論は単純な平和論に傾斜していたのだ。
fj197099 @fj197099
1960年に岸政権が旧日米安保条約を改正して現在の安保条約を締結した時、日本では大規模な反対論が起こった。米国との新たな軍事条約の締結は日本を望まぬ戦争に「巻き込む」という左派勢力による一大運動が展開されたのである。岸が一時戦犯の容疑者であったという事情もこれに油を注いだ。
fj197099 @fj197099
国会前では連日デモの騒動になり、東大学生・樺美智子が警官隊との衝突で死亡すると更に事態は悪化した。国民も多くはこのデモに共感していた。戦後日本史において反政府や反米主義というものがこれほど強く出た時代はなかったが、しかしデモ参加者の多くは新安保条約について殆ど何も知らなかった。
fj197099 @fj197099
実の所、旧安保条約は読んでみると分かるが、日本にとっては屈辱的といっても良いほどに米国に有利な内容になっていたのである。日本は基地を米国に提供する一方で米国に日本を防衛する明示的な義務は定められていなかった。旧条約には内乱条項という米軍が日本の内政に干渉する条項さえあった。
fj197099 @fj197099
岸政権はこのような不平等な条約内容を不満に思い、もっと日本に有利な内容に変えたいと考えたのである。そこで新条約では米側の日本防衛の義務が明示化され、また危機の際の協議や極東条項等も書き込まれたのである。条文を読めばこれが旧条約より日本にとって良いものであることは一目瞭然であった。
fj197099 @fj197099
国会前で「アンポハンタイ」を叫んでいた日本人の多くはそのことを知らなかった。安保条約そのものを読んだこともなかった人が多かったであろう。60年安保は極めて素朴な「岸政権反対運動」であった。岸政権が何をしたから反対、ではなくて、岸政権のやることだから何でも反対、の論理が強かった。
fj197099 @fj197099
必然、このような運動は岸政権が退陣した後には長くは続かなかった。わずか数年のうちに日本人の大半は安保問題への関心を喪失した。池田隼人内閣が所得倍増計画を打ち出す頃には安保反対は一部の政治勢力と学生運動の関心でしかなくなっていた。10年後の1970年安保は全く盛り上がらなかった。
fj197099 @fj197099
国民は新日米安保条約が成立した後は安保条約を自然に受け入れた。条約自動延長の機会とされる1970年にはもはや安保条約解消を言い出す日本人は一部の過激派になっていた。結局、国民は安保についても冷戦=国際情勢についても殆ど何も理解していなかったし、骨のある反対論がある訳でもなかった。
fj197099 @fj197099
60年安保で人々を動かしたのは云わば一種の時代精神、何でもいいからとにかく一度は政治に直接関与してみたいとの一種のムードのなせる業ではなかったのかと思う。そこに実質=サブスタンスは余り関係なくテーマは何でも良かったのだ。一種の青春時代の思い出のようなもの。時間が立てば記憶は儚い。
fj197099 @fj197099
この60年安保の話は安保研究者の見地からすれば、日本にとってこれほど死活的でしかも国益に適う(現在、日本が中国に対して自由や民主主義などの価値の側面で優越感を持てるのも、条約第二条の規定が無視できない)条約が根拠のないポピュリズムで謂れのない攻撃を受けた苦い記憶となるのだ。
fj197099 @fj197099
さてこの話と現代の脱原発の話がどう絡むか。両者は非常に似ているという気がしてならないのだ。多くの国民はムードという点から言えば、原発事故があった以上はなんとなく「脱原発」という旗印を支持したい気持ちになっている。そのことは世論調査にも約7割が支持という形ではっきり現れている。
fj197099 @fj197099
しかし60年安保の際に多くの日本人が新安保条約を読まず、その意味も理解せずに「アンポハンタイ」を叫んでいたのと同様に、現在の日本人は「脱原発」が意味するところを心底理解した上でそれを支持していると言えるのか。殆どの日本人は自信がないのではと思う。かくいう私も正確に理解していない。
fj197099 @fj197099
理解できないのは当然であって、国民はまだ政府からまともな「脱原発」の「プロ(賛成)」と「コン(反対)」の議論の説明を受けていないのである。「脱原発」とは何時までにどのような形で国民生活にどれだけのコストを伴う形で行われるのかを聞かずに賛否の表明など本来ならできるはずがない。
fj197099 @fj197099
しかし岸政権とは異なり現在の菅政権は国民を「煽る側」に立っている。謂れのないポピュリズムの誹謗中傷に耐えてそれでも国家にとって正しいことをやりぬくという姿勢ではなく、目先の政治的延命の為にポピュリズムを煽って本質的な議論を迂回する形で結論だけとにかく出してしまえという立場なのだ。
fj197099 @fj197099
私は別に「脱原発」が絶対に間違っているとか、原発そのものをどこまでも推進すべきだと言っている訳ではない。単にこのような浮ついた状況で本質的な議論もなくこれほど重大な国家的大事を性急に決定しようとする政治のあり方、時代の空気は危うさを孕んでいる、と言いたいだけなのである。
fj197099 @fj197099
60年安保のたとえで述べよう。仮に岸政権が当時のポピュリズムに屈して日米安保を解消したり、むしろ反米ムードを煽る態度を採っていたとすれば現代の日本は一体どうなっていただろうか。社会主義化は免れても、ソ連や中国の圧力や内政干渉をモロに受け民主国とは言えない状況になったのではないか。
fj197099 @fj197099
「脱原発」も一つ間違えば国家に長期的な害悪を残す結果になるだろう。国民の支持は所詮ムードに過ぎないから60年安保と同じく数年のうちに高揚感は過ぎ去る。その後に残るのは長期化する電力不足や経済衰退、家計への極端な圧迫などの不満ばかりになるだろう。ツケは常に後で払わされるものなのだ。
fj197099 @fj197099
既にそういう事例は起こっている。2009年に民主党政権を誕生させたあの時の国民的な規模の高揚感は一体どこへいったのだ。政権交代さえすれば全てはバラ色という夢のマニフェストの正体とは一体何だったのか。国民には同じ愚を繰り返して欲しくない。「脱原発」の議論は慎重に行う必要があろう。

コメント

石井孝明(Ishii Takaaki) @ishiitakaaki 2011年8月10日
ご指摘の側面は確かにあるのですが、今回、原子力をめぐる情報は現在進行形の議論以外は、30年前からの繰り返しのように思えます。新規参入者が多く、やり直し情報ですが。それなのに一から議論が始まり混乱しているようにも。ただ議論の開始はいいこと
fj197099 @fj197099 2011年8月10日
脱原発の議論は当然すべきなのでしょうが、冷静で客観的な「プロ」と「コン」の材料が提示される議論を望みたいですね。首相は経産省が情報隠しをすると言いますが、肝心のご本人が国民が知るべき情報を隠したままで結論ありきの政策誘導をされたのではたまらない。民主主義の真価が問われるところと思います。
セラガリ更新の度に痩せない樋口くん @higuchi_kazmoto 2011年8月11日
(半世紀経っても)まるで成長していない……
照ZO(厨2助詞) @terzoterzo 2011年8月11日
其の内、この“反原発運動”ってヤツも60年安保闘争から70年安保闘争の様に段々と先鋭化した挙句に崩壊して行くんだろうなぁ…、と言う感じを受けるんだけど、如何だろうか。
Oakbow@千波矢 @Oakbow7 2011年8月11日
安保闘争から50年で一番変わったのは情報化社会でしょうか。その次に教育。国民の性質はそう簡単に変わらないけれど、理解しようと思えば調べられる環境が整っている現在、似てはいても異なる風潮があると思いたいものです。
ええな@豚バラ🐽ばらまくニャ @WATERMAN1996 2011年8月11日
安保闘争とはなんであったか、これについては時代を知る田原氏をはじめ、多くの人に記録や記憶を文章や録音として残しておいて頂きたいと思う。彼らの頭がはっきりしているうちに。
nekosencho @Neko_Sencho 2011年8月11日
安保闘争がどうだったかは知らないが、反原発の人って問答無用な人が多い気がする。 問答無用だと意見が違う人を説得することもできないし、本人が飽きてきたとき続けることも出来ないだろうに
@ 2011年8月11日
主張や行動の一部が先鋭化、ぶっちゃけていえばカルト化している状況はすでに散見されてるし、この状況が続けば反原発言論は熟成を見ずに崩壊するでしょうね。かつて安保闘争を煽った新左翼のように。
natsunohi69 @natsunohi69 2011年8月11日
エネルギーの転換にかかわる問題としては、私は原発問題はむしろ60年安保より、60年の三井三池闘争と比較することが、重要だと思っている。 たぶん、安保闘争との比較研究より三井三池闘争との比較の方がずっと面倒だろうけれど。
natsunohi69 @natsunohi69 2011年8月11日
>FS5さん 60年安保当時「新」左翼はごくごく少数派だったわけで、FS5さんは多分70年安保とごっちゃにしている。60年安保では黛敏郎、石原慎太郎、江藤淳ら、後にゴリゴリの保守になる文化人までが「安保反対」の立場に立っていた。 田原氏が言っているのはそういう猫も杓子も「安保反対」を言っていた60年安保のことであって、それへの批判から「新」左翼が先鋭化して70年安保の主体になっていったんだけどね。
natsunohi69 @natsunohi69 2011年8月11日
あ、ごめんなさい。FPS5さんだったんですね。名前を間違えてすみませんでした。お詫びいたします。
rshibuya @4bu8r 2011年8月11日
国民が原発の危険性を認識してた上での原発容認、推進だったのだろうか、というとそれは違うと思う。なんとなく、夢のエネルギーで経済発展っていうムードに乗っかってた原発推進が是正されてるときでは。
rshibuya @4bu8r 2011年8月11日
せっかくの原発、賛成反対の議論の時期と思うのに、九電のやらせとかね。「原発推進」の「プロ(賛成)」と「コン(反対)」の議論をきちっとやるのを怖がってるんじゃないですかね。
ジョエーウ @joejoeu 2011年8月11日
きちっとやっても「神話」を民衆が求めている限り、どうにもならんわ、という諦めはあるのでしょう。安全にしろ危険にしろ、量的なものをしめした妥当性ではなく、神話しか通用しないともなれば。
VA基地(ついに ひとり) @howlingaa 2011年8月11日
今の反原発はむしろ「安保」の残骸。
infobloga @infobloga 2011年8月11日
そういう意味で言うと、脱原発も、反脱原発も、菅降ろしも、中身を良く分からず言っている人が多いんじゃないかな。「脱原発で電気が止まる!」とか…さ。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2011年8月11日
個人的にはオイルショックのときの反応や、80年代のAIDS問題のときの反応に似ている気がする。なんというのか、船が少し揺れただけで「この船はもう沈むんだ!世界の終わりだ!某国の陰謀だ!」と大騒ぎし始める乗客、みたいなイメージ
うに(5歳) @uni_2030 2011年8月11日
「政権交代」への呟きがなんとも良い味を出してる。 60年代安保は、知識として知るだけだったから・・・ (確かこの辺から、学生運動に繋がって・・・赤い人達の活動が・・・)
Agano 💫 while(1); @Agano 2011年8月11日
この間、大叔父と共に60年代安保に参加していて、旗を作って持って行ったり樺美智子さんの時も参加していた大叔母から話を聞かせて貰っていた所なので、興味深いお話。
fj197099 @fj197099 2011年8月11日
Viewerの数からこの話に対する多くの人の関心の高さが窺える。これだけの人が見ればそれはもちろん賛否いろいろあると思う。しかし「脱原発」の問題に限っては結論を出すのを急がず、判断に要する色々な材料をもっと求めても良いと思える。特に「脱原発」の時期とコストの問題だ。日本国民としても、半世紀前とは違う社会の成熟ぶりを示したいというものだろう。
けるかりあ @kerukaria 2011年8月11日
変わらない事と変われない事、そして空気
fj197099 @fj197099 2011年8月11日
別の機会にも言ったことだが、日本社会で「脱原発」を主張するなら、少なくとも政治指導者は2009年4月の米国オバマ大統領の「核なき世界」演説位の現実主義は見せるべきであると思う。オバマ大統領は米国大統領が初めて核廃絶の方針を支持したとして注目されたが、日本人が見通しがちな現実主義というものがきちんと組み込まれている。
fj197099 @fj197099 2011年8月11日
それは第一に、核廃絶が極めて長い時間をかけて行われるべきだとしたこと、すなわち「核廃絶は私の生きている間には実現しない」と断言したことである。第二に、米国は国家安全保障に負の影響の出る形での核廃絶は行わない、すなわち「世界に核兵器が存在する限り、米国は安全で効果的な核抑止力を維持する」と宣言したことである。
fj197099 @fj197099 2011年8月11日
この二つの条件がはっきりしていたから、オバマ大統領の核廃絶論は核廃絶に懐疑的な(かくいう私も安保の専門家として核廃絶はそもそも行うべきかそれ自体が疑問だと考えている)国家や勢力にも幅広く支持されることになったのである。オバマ大統領の核廃絶論はあくまでも革命主義ではなく漸進主義であった。理想論に現実主義が組み込まれていたからこそ、この提案は世界で力を持ちえた。
fj197099 @fj197099 2011年8月11日
菅首相は以前、ブログで自身の「脱原発」方針表明をこのオバマ大統領の「核なき世界」演説になぞらえた。この余りにも酷い勘違いと思い込みについては既に言及しているところだが(http://bit.ly/qfIgHg)、菅首相の「脱原発」宣言は完全に思いつきのその場しのぎの発想であって、そこにはオバマ大統領には見られた現実主義というものがかけらも存在していなかった。正に月とスッポンである。比べること自体がおこがましい。
fj197099 @fj197099 2011年8月11日
日本の指導者が本気で「脱原発」に乗り出そうと考えるなら、最低でもオバマ演説に見られるような上記二つの現実主義を含むものでなくてはならないと思うのである。すなわち、①「脱原発」は世の中の多くの人の存命中には実現しない。②日本にエネルギー供給の不安がある限り、日本は安全で信頼性の高い原発を維持する。こうした条件付なら「脱原発」の取組みは社会全体で本気で議論し得るものとなるだろう。
春風 @stskjm 2011年8月12日
1.大規模な地震・津波のおそれがほとんどない。 2.半径100キロに人家がない。 この条件を満たせば原発を認めてやらないことはないけど、日本じゃ無理でしょ? 原発のシステムは「完璧」を求められる。 しかし自然災害を人知で「完璧」に予測することができない以上、あらゆるトラブルを想定したとしても、「完璧」なシステムを構築することなど不可能なのだ。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
「完璧」は無理とわかっていながら原発に関しては「完璧」を求めるのは、条件闘争の形を借りた原理主義に見えますね。核兵器の管理など原発以上に「完璧」の求められる問題と思いますが、それは当然不可能なことながら、それでも世界には核兵器が存在しているし、安保の観点からは「求められて」すらいる現実がありますよ。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2011年8月12日
自動車にしろ飛行機にしろまったくもって「完璧」などではない。もちろんそもそも人間が「完璧」ではあり得ない。だから失敗や事故などのリスクがあることは常に意識されなければならない。それを踏まえて、そのリスクじたいを下げる努力と、リスクによって引き起こされる損害を最小限度に抑える努力が必要なわけで、それが「危機管理」だと思う。シートベルトやエアバッグで交通事故死亡者はゼロにはならないが、それで相当な数の命が救われるということが重要
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2011年8月12日
死亡事故が多いから、といって自動車の利用をやめる選択ではなく、より安全な自動車を作ろうという選択を重ねてきたことは、私は正しいと思う。ゼロにはできないとしても、限りなくゼロに近づけていく努力を継続することが重要だろう。自動車も今に比べたら昔はもっと事故死のリスクが高かった。しかし少しずつでも技術や努力によってそれが改善されていった。これは原発であっても同じことが言えると思う
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2011年8月12日
危険をゼロにできないならやるべきではない、というオールオアナッシングの考え方は正しくないのではないかと思う
竹さんだったりタクさんだったり @takk_tkg 2011年8月12日
ていうか、実際問題、反原発運動に沖縄基地移転や環境問題で食っていけなくなったプロニートというか運動乞食というかいわゆる運動屋というか、つまるところの左翼運動家のおじいちゃんおばあちゃんが流入してますやん。
live-gon(リベゴン) @live_gon 2011年8月12日
なんかこれも技術的科学的な話じゃなくて、世間の脱原発ムードへの反応でしかないように見える。日経の方に書かれてる内容もムードへの警鐘であり、「科学的に検証しよう」というスローガンなんだよなあ。「で、科学的にどうなのよ?」ってのが必要な情報なんだけど……。
ジョエーウ @joejoeu 2011年8月12日
被害が無限大だから、完璧でなければならない、っていうのは 本当に定量的な議論を拒否している原理主義だ。 恐ろしくも馬鹿馬鹿しいのは首相が「地球が破壊」とか、その手の原理的な言及をしていることだ。
Épouvante @epouvante 2011年8月12日
「これ以外の何か」を求めることをおかしなことだと認識していない。
まりも亭Z (中文: 毬藻亭乙) @marimoteiZ 2011年8月12日
そもそも「充分な議論」を経て政策決定がなされたことなどないと思うけどね。定量的な議論を拒否し、今なお隠蔽と責任逃れに奔走する「原子力ムラ」への批判はそこそこに、「脱原発」をムードと切り捨てるのはダブスタでしかないんじゃない?
rshibuya @4bu8r 2011年8月12日
飛行機や自動車にしても事故がおきれば原因究明、その対応が行われて、安全性が向上するんだと思うが。私は当然、原発に対してストレステストが行われるものと思っていたが、担当大臣や省庁は違う考えらしい。対策ができるまで浜松原発を止めるのも当然と思うが、それにも不満を覚える人がいるらしい。
rshibuya @4bu8r 2011年8月12日
議論をすっとばして原発維持に一所懸命になってる方々がちらほらいることに不安を覚える。たとえ、安全に使ったとしても、使用済み核燃料どうするんでしょうかね?といった、今回の事故で判ってしまった問題点を解決する自信がないんでしょうか。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
ここでそもそもの原発推進が似たような「ムード」の所産だったかと言うことは知識もないし問うつもりもないですが、少なくとも安保闘争と比較可能な澎湃とした原発建設推進運動は起こらなかったように思いますね。私としては問題は、現在における慎重な議論を経ない性急な「脱原発」は、直ちに国民生活に無視できないダメージを与えるものであるため、それは「ムード」で決めてはならないとの立場です。念のため。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
《「ムード」の所産だったか(について)知識もないし問うつもりもない》などともっともらしい語り口でごまかしてますが、保安院・電力会社による原発説明会へのやらせ動員が常態化していた件が発覚しているのに、その言い分は通らないでしょう。推進のやらせは綺麗なやらせ、動員によって作り出されるのは「充分な議論」とでも嘯くのでしょうか?
まりも亭Z (中文: 毬藻亭乙) @marimoteiZ 2011年8月12日
慎重な議論を経ない性急な原発再稼働に歯止めをかけているのが「脱原発」ムードだと僕は認識してますがね。ムードが批判されるなら両方批判されなきゃおかしいってことです。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
そういう語り口が「脱原発」を「煽る姿勢」だと思うのですが、私としては論争をするというより上記のような問題意識を提示して考える材料を提供したいというつもりなので、それだけの話です。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
都合の悪い指摘内容を無視して語り口や風潮の問題に逸らすことに終始するのは、冷静な議論ではなく、冷静な議論のポーズに過ぎないと思いますよ。
まりも亭Z (中文: 毬藻亭乙) @marimoteiZ 2011年8月12日
自説を「問題意識の提示」として、相手を「煽る姿勢」と安易に断罪するのは充分ナイーブな線引きでしょうに。
rshibuya @4bu8r 2011年8月12日
現在における慎重な議論を経ない性急な「脱原発」なのか「原発継続」なのか。ストレステストの件とか、九電ヤラセとか考えると、後者と思いますがね。「ムード」で決めちゃならない、その通りと思います。
カイデュアイ @szkymdr 2011年8月12日
安保改正反対運動・警職法反対運動と現在がデジャヴだというのは新聞・テレビの解説委員(の年齢)ならば全員分かっている。しかし彼らがハッキリ言わないのは、自分も学生運動に加わっていたこと、この祭りがマスコミのとって利益になるから。
カイデュアイ @szkymdr 2011年8月12日
新聞・テレビが各種デモを無視するのは、主催側に旧左翼運動急進派が混ざっているから。日本で政治運動すると彼らがかならず絡んでくるんだな。不幸な過去だ。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
田原氏の着想で重要と思われることの一つは、それが現在のムード先行型の原理主義的「脱原発」論は、60年安保闘争当時の内容不問・行動先行型の運動と似ているという、原理主義的な「脱原発」論の賛同派にとっての「不都合な真実」を見事に暴露していることだと思うのですね。そして、成熟した民主主義社会においては、私は多くの有権者がこの「不都合な真実」の存在にもっと自覚的であった方が良いと思うのです。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
はてブでも簡単に書きましたが、元々原発に関して「完璧」を標榜していた(=要求に答えていると自認していた)のは推進派です。 それも「想定不適当事故」を考慮から外して作り上げていたのですから、文字通りの「ムード」づくりをしていた。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
「完璧」を要求し、無理なら脱原発すべきという主張の土台は、そもそも事故前の段階で 1. 福島のような事故(「想定不適当事故」)は 絶対起こりえないし、2. それよりも深刻でない事故は「完璧」に防げる(原発事故の発生確率は非現実的なレベルに収まっている)という 理由、この文脈に独特の詭弁的説明により、原発の設置・運転が正当化された事情にあります。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
「完璧」は福島の事故が起きる前の推進派の説明との関わりで言われることに過ぎないんですよ。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
本当は福島の事故によって「完璧」が崩れただけでなく、「科学的」と標榜していた「想定不適当」すら崩れたのですから、 その流れからすれば、立場に関わりなく当然原発を設置する理由がなくなった、と考えるのが筋であり、仮に筋を曲げるにしても 事故前の説明の誤りを率直に認めなければその後の説明を信頼する事情は全くなくなってしまうでしょう。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
しかし推進派はどんなことがあろうと推進という結論を変えないという一点から立論することしか考えず、 事故への責任・説明責任の観点が欠けているので、自分たちが作り上げてきた「完璧」の定義を状況の推移に従いうやむやにし、 逆に「完璧」を「人間に不可能を要求する非科学的な議論」と批判者へのレッテルとして再利用しようとしている。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
ただそれだけの話ですよ。 このまとめの新味は上の「再利用」をもっともらしく見せかけるために、別の歴史的事例をこじつけただけではないですか。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
「完璧」はそもそも実現不可能だと言っている訳ですから、別にここでの主要な議論のテーマではないと思いますよ。「完璧」なんてあり得ない、利便性とリスクの問題にどう折り合いをつけていくかが重要だ、という認識は、別にそれほど論争的な議論でもないのではないでしょうか。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
推進派がムードを煽ったかどうこうという話も本質的には関係がない。仮に推進派がムード先行で原発推進を行ってきたという指摘が事実であるとしても、ならば「脱原発」もムード先行、コスト無視のやり方で進めて良い、という話にはならないでしょう。国民的な影響のある話は国民的に納得できる形で進めるべき。「脱原発」論は少なくとも「脱原発」を実現する①時期と、②(国民生活に及ぼす)コストの論点を明確にすべきと思いますよ。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
結局のところ、語り口や風潮の問題に逸らしたり、「テーマ設定」の名のもとに経緯を無視した一般論を提示したりすることで、都合の悪い指摘内容を無視することに終始しているだけですよね。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
「脱原発」もムード先行、コスト無視のやり方で進めて良い、という話にはならないのは、何らかの政策的な決定を行うためにはムードでは不可能であり政策内容の限定と限定を行う実効的権限が必要なのですから、当然のことでしょう。むしろ「推進」ムードが問題なのはそのムードを権限に近い人々が作り出していた点から説明できるわけです。 このように明確化されずに主張された fj197099 さんの一般論自体、ムード先行の議論の典型そのものなのでは。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
別に議論を避けるつもりはありませんが、根本的に立場が異なる人とは議論に一定の限界があると言わざるを得ませんね。少なくとも私が指摘すべきことは上記でほぼ出尽くしている、つもりです。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
その議論の「一定の限界」が何に起因しているかが問題ですよね。
竹さんだったりタクさんだったり @takk_tkg 2011年8月12日
仮に「原発推進がムードで行われた」として、「じゃあ脱原発もムードで」でいいわけないっていう。反原発で合コンクラスタにとって「ムードによる原発推進は間違い」だったんだから、「ムードで脱原発」は間違いの二の轍を踏む愚かな行為。
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2011年8月12日
「完璧だと推進派が説明したから信じたんだよ」と言われても「それは信じたほうが××では」としか。航空会社に「飛行機は危険な乗り物ですか?」と聞いて「事故の起きるリスクはあります」とは答えないけれど、だから飛行機事故など絶対に起きないものだと信じる人もいない。事故の起きるリスクもあるし、そのための対策や機構、装備などもあることはみんな知っている。それでも航空会社が「何%の確率で事故が起きて年間平均何人の死者が出ています」などと説明することはない
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2011年8月12日
もし仮に政府や電力会社などが「原発にはこの程度のリスクがあります」という説明の仕方をしていたら「じゃあ危険だからやめろ」という話になってそこで終わってただけでしょう。ということは、どう説明しようが結局は結論が「原発がないほうがいい」にしかたどりつかないようにできているわけで、要するに論点先取になってるってことです
きゃっつ(Kats)⊿1/19日向坂京都個別 @grayengineer 2011年8月12日
>結論を変えないという一点から立論することしか考えず< つまりこれは「鏡を見たほうがいいのでは」ということです
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
《推進側が「ムード」づくりをした》と《完璧だと推進派が説明したから信じた》では表現から汲み取りうる内容が大きくズレます。「それは信じたほうが××では」という結論に繋がりやすいという一点から立論することしか考えていないから、元の文章にない表現を何事もなかったかのように持ち出すことになるのだと思います。 「危機管理」を標榜する人が、具体的な説明に言及されてもなお、議論の本筋の部分で乗り物の例えに依存するさまも滑稽です。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
このまとめに対する批判という意味では十分言及できたと思うので、特に必要を認めない限り、私からはこれ以上この欄でコメントしないつもりです。ご了承ください。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
脱原発依存「納得せず」47%=内閣支持率13%で横ばい-時事世論調査(http://bit.ly/n2yLrj)・・・議論に一石を投じる記事。やはり単純に「脱原発」と言われただけでは「納得できない」人が47.7%と多数派。その理由は「電力供給に不安」「再生可能エネルギーは未知の部分が多い」「首相の個人的意見だから」「経済に悪影響」など。負担を直接引き受けなければならない国民は意外に現実主義的である。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
このまとめに関するやりとりと直接関係がないネタを「置いた」ように見えましたので、簡単にコメントします。fj197099 さんは世論調査の「理由」(項目)を列挙して「意外に現実主義的」と評していますが、少なくともその中の「個人的意見だから」は全く政策面を見た理由になっていませんよね。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
また「電力供給に『不安』」は脱原発と真逆なだけで「ムード」的としか言いようがないはずですし、「再生可能エネルギーは未知の部分が多い」は内容的に「推進」にプラスの理由ではありません(脱原発依存「社会」と「社会」コミにしたときに懸念材料になってくる話です。現時点での代替エネルギー源が再生可能エネルギーのみなら話は違いますが)。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
「経済に悪影響」も、「経済」を考えているのに、現時点における「短期的影響」(原発事故により生じている悪影響)、確定している「中長期的影響」(…生じていく悪影響)を考慮から外して今後の計算だけするのは現実逃避ですし、まともな計算とも言えません。 また長期的に見るなら、原発の安全性に関する「神話」が前提されてしまっていると考えざるを得ません。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
むしろ、どれも原発事故後にマスメディアを通じて広められたイメージ(の断片)レベルで言えそうな「感想」程度の「理由」ではないでしょうか。そのような調査の数字を、このまとめの末尾に添えるような態度は、まさに「ムードづくり」そのものだと思います。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
もう議論するつもりなしですが、電力供給への不安も再生可能エネルギーへの懸念も経済への影響もみな国民の現実的判断の所産と思います。「ムード」と「現実主義」という言葉の意味さえ共有できないなら話になりません。首相の個人的見解ということも、内閣としての決定ではなく個人の思いつきならそんな形で政策を決めてほしくないという国民の現実論です。誰でも分かると思いますが。他の人の意見をもっと聞きたい。
rshibuya @4bu8r 2011年8月12日
時事の世論調査をみると、国民は単なる「脱原発」のムードに流されてないという証拠ですよね。一方、原発利用は今のままでいいという意見が半数超えてる調査ってあったでしょうか。「脱原発」に向かいながらも、ちゃんと考えている。御指摘されてる安保闘争のような、知識もないままムードに流されているような状態ではないんですよ。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
この世論調査だけでは世論の動向が完全に分かるという訳ではないので追加的調査を待ちたいところですが、国民が冷静ならそれはそれで大変結構なことだと思います。だが「脱原発」の意味さえ分からない状況でそれを(強烈に)支持する人々がいるという現実をどう説明できるのか。脱原発に至る①時期や、②コストも判然としていない段階なのですよ。賛否以前の問題と思いますが。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
fj197099 さんは、「もう議論するつもりなし」としていますが、都合の悪い指摘を無視するレトリックに終始することは、普通議論とは言いません。先の世論調査の「理由」についても、いろいろ言葉を並べつつも結局「現実的判断の所産」と強弁しているだけですし、「ムード」と「現実主義」の意味の共有が出来ないことで困るのは、それらの言葉に私(の側)から与えられた意味付けに対して内容のあるリプライをしていない fj197099 さん(の側)だけです。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
やりとりを読めば、それらの語と fj197099 さんの文脈との間に対応関係がつけられているのは明らかですから、「共有」は問題になりません。 fj197099 さんは、単に「共有」という名目で都合の悪い指摘を無視しようとしただけのことです。4bu8r さんの見方に対しては「国民が冷静ならそれはそれで大変結構」としたことは、上で「国民は意外に現実主義的である。」としていたことから見て、明らかにダブルスタンダードです。
rshibuya @4bu8r 2011年8月12日
それは一部の方々の偏った考え方としか言いようがない気がしますが。今回の地震のような現象があった場合のシミュレーション(いわゆるストレステスト)もやらないうちに、安全宣言してしまう人達がいるように。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
4bu8r さんの「一部の方々の偏った考え方」というのは、私の意見についてでしょうか。それでしたら、1. 「一部の方々の偏った考え方」という表現は、意見の分布上の偏りと意見の内容上の偏りを混同して、前者なら当然後者の問題もあると考えてしまっているだけですし、2. そもそも fj197099 さんの問題は世論調査の項目に対する選り好みとしての「現実主義」的印象と、意見の「現実性」を混同していた点にあり、上の文脈ではその点が指摘できていれば足りると答えます。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
世論調査の件についてはここまでにします。また必要を認めればコメントするかもしれませんが、先に書いたとおり、できるだけコメントしない方向で考えています。
rshibuya @4bu8r 2011年8月12日
あ、すみません。リロードせずに投稿してしまったための行き違いです。一部の方々の偏った考え方=だが「脱原発」の意味さえ分からない状況でそれを(強烈に)支持する人々 です。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
fj197099 さんの「脱原発派」イメージに偏りがあるという意味だったんですね。だとすれば、先の批判はどちらも必要がなかったようです。すみません。リプライありがとうございました。>4bu8rさん
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
自己宣伝は人の褌を借りてやろうとせず、どうぞご自身で別のまとめを作って下さい。それで大勢のviewerが見るならそれでいいんじゃないですか。屁理屈には飽きました。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
やや古くなったが7月17日の読売新聞記事に基づく「脱原発」に関連するデータを紹介しておく(http://bit.ly/ntiMlY)。民主党政権の「埋蔵電力」への理解の甘さを示すものだが、原発再稼動が妨害される結果、生じ得る家計への重大な影響という意味からも参考になるものである。民主国における政策とはこうしたデータの地道な積み重ねと、政権による国民への説明責任の着実な履行を通じて実現されるべきものだ。革命主義者の理想論はいらない。
fsxtnkn @fsxtnkn 2011年8月12日
私はまとめやそれに続くいくつかのコメントに対して批判しただけです。ここに至って「宣伝」を連想しviewer数を意識したり、「屁理屈」「革命主義者の理想論」呼ばわりしたりするのは、批判がとるに足らないものではなかったと白状したのと同じでしょう。
まりも亭Z (中文: 毬藻亭乙) @marimoteiZ 2011年8月12日
もし仮に中身のない「脱原発」が世に蔓延しているとして、その類いを手放しで賞賛しているレスなど一つも見あたらないのですが。ただ「脱原発はムード」と主張する人がすでに「ムード」で語っているというブーメラン状態が再三指摘されているだけで。まあこういう指摘も「煽り」や「屁理屈」と切り捨てられてしまうのだろう。
丸 宏一 @MaruKoichi 2011年8月12日
まずこれが原発推進においてなされてきたかを考察せんとムードでもの言ってるだけよなあ… > 「民主国における政策とはこうしたデータの地道な積み重ねと、政権による国民への説明責任の着実な履行を通じて実現されるべきものだ。」
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
岸信介が安保騒動の最中において呟いた一言には「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである。私には“声なき声”が聞こえる」という所謂「サイレント・マジョリティ」発言があるとされる。興味深い事だが「脱原発」の話でも本まとめに肯定的なtweetが多いのは(http://bit.ly/nmVF4q)、この「声なき声」が一部表出していると言えるのかもしれない。違和感はやはり水面下では共有されているのか。
fj197099 @fj197099 2011年8月12日
ノイジィ・マイノリティに対してサイレント・マジョリティの意思をどう国政に優先的に反映させるか。実の所、後者が常に前者より優位に立たなければ多数決を旨とする民主主義とはいえないはずなのだが、その実現の難しさが現代においても続いている。「脱原発」だけではないのだ。安全保障や貿易自由化などの問題でもこの問題こそ日本政治の最も深い病巣のひとつである…。
ayumakiha @yumakiha 2011年8月16日
岸信介のときの安保反対が成功し、日本が独立していたら、今頃もっとちゃんとした国になっていたのに。。
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