「犬が6本足ならば、犬の足は5本以上」は論理的に正しい
論理における「正しさ」には、二種類ある。現実を正しく反映した意味を示していることであり、これは「意味論理が健全」と評価される。これに対し、形式論理の規則に合致していることを正しいと見なすもので、これは「形式論理が妥当」と評価される。この二つの正しさは、性格が異なるので、注意せよ。
2011-08-21 11:13:55言葉は一般的に、多義であったり曖昧であったりする。だから、何かを議論する場合、常に言葉の定義をおろそかにしてはならない。議論の中心が、言葉の定義の正しさの争いであることも少なくない。これは、意味論理での争いである。どちらが現実を正しく解釈して、言葉を定義しているかの論争である。
2011-08-21 11:24:23ディベートは、価値判断を伴う討論である。科学的真実を追求する事実判断のみのディベートは、滅多にない。事実判断の真実は一つしかなく、最初から勝ち負けが決まっているからだ。価値判断に関するテーマでは、価値に自明の真理はなく、有利不利が生じないので、討論競技のテーマとして適している。
2011-08-21 11:37:42前提は、何らかの論理によって導かれたものと推定されるが、その導出過程は不明なので、前提を導出した形式的妥当性は不明である。しかし、前提は、現実と照合して合っていれば、健全であることが分かる。つまり、前提それ自体の健全性は判明するのである。
2011-08-21 12:21:42↓コメント欄から。
本まとめの最初に「形式論理」「意味論理」の対比についてのまとめテキストを追加しました。 http://t.co/n6B345I
2011-08-21 13:45:08@daikeiAZP 「命題Aが正しい事の表現 - Aは妥当である」は不正確で紛らわしい表現になっています。妥当性は、前提から結論を導く形式論理の手続きのことで、その手続きが、形式論理の規則に合致していれば、「妥当」と評価されるのです。
2011-08-21 14:50:15@daikeiAZP 「命題Aが正しい事の表現 - Aは健全である」は、私の考えと同じです。でも、少し補足します。一般に言われる健全性は、演繹法(形式論理)の推論において、前提が真であり、導出が妥当であり、結論も当然に真となる時、「健全な推論」と評価されます。(つづく)
2011-08-21 14:56:04@daikeiAZP 健全性の評価は、一般的には、推論全体の意味論理と形式論理とが共に正しいかどうかの評価です。私の主張は、前提そのものや結論そのものに対しても、健全性の評価はできる、とするものです。この解釈は、一般的でないかも知れません。
2011-08-21 15:01:35自由な発想と言うものは、世間の常識に囚われないだけでなく、自分の考えにも囚われず、二面的かつ多角的に考察できることである。つまり、自分自身に対しても、批判的思考ができることなのだ。自分の考えは、間違いなく正しいと思った時、多分、何か間違っているか、何か盲点がある。
2011-08-22 01:46:22論証という手続きは、他人に何かを説明する手段とするか、自分自身で考えを検証する場合に用いる。普段、我々が物事を考える際には、論証と言う手続きを経ることなく、自由奔放な推論を行なっている。それは、形式論理的に妥当性を欠くものだが、思考実験として行なっているのだから、それで構わない。
2011-08-22 01:52:27↓コメント欄から。
広義の論理の用法がある可能性については連続ツイートの24)ー26)の部分ですでに示唆しているので、特に驚きはないです。【他に適している呼び方があれば教えて下さい。】という僕の呼びかけに対して、ラクエさんには応じて頂き.. http://t.co/n6B345I
2011-08-22 02:31:48@daikeiAZP どう考えようと自由です。私は、自分の考えを押し付けているのではなく、自分の考えを公開し、参考にしてもらえば良いだけなのです。人それぞれ、自分の流儀で考えて下さい。また、そうするしかありませんし、多分、それが正しいやり方です。
2011-08-22 02:38:34@rakue_katsuhiro 僕はその点理解しているつもりです。ただ、一部理解されてない方がいて、そのせいで不毛な議論が増えているような気がするので、気が滅入る作業ではありますが、それを口を酸っぱくして言う人が必要かな、と思って言っています。
2011-08-22 02:50:19意味論理の代表は、帰納法である。これは、形式論理ではないから意味論理である。しかし、帰納法だけが意味論理ではない。形式論理で用いる前提となる命題、この命題を引き出すのは意味論理なのだ。そして、前提が決まれば、結論もほぼ決まるのが形式論理である。だから、意味論理から逃れられない。
2011-08-22 02:53:21