- Uroak_Miku
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uroak_miku
@Uroak_Miku
算数は双方向性がある。1+1=2で3-4=-1と解ける子なら、今度は自分で計算問題をこしらえてひとに出題できる。「2+3=?」「2-4=?」等。そして相手の回答を見て正誤を判断できる。 しかし語学は違う。片方向性だから。なぜかというと[続く]
2021-08-15 07:43:55
uroak_miku
@Uroak_Miku
いつもの例ですが Where is my pen? これを「ぼくのペンはどこだ?」と訳せるようになっても、反対にこの日本語文より英訳するのは極めて難しいのです。 Where did I put my pen? (ペンどこに置いたっけ?)
2021-08-15 07:48:28
uroak_miku
@Uroak_Miku
ほかにも Where did my pen go? (ぼくのペンはどこにいっちゃった?) Have you seen my pen? (ぼくのペンを見かけなかった?) なんて英訳が考えられます。
2021-08-15 07:50:09
uroak_miku
@Uroak_Miku
つまり Where is my pen? → ぼくのペンはどこだ? はありえても ぼくのペンはどこだ → Where is my pen? (✖) は不自然なわけです。
2021-08-15 07:52:45
uroak_miku
@Uroak_Miku
非双方向性なのですよ語学って。ここが算数との違い。ゆえに学校でいくら学んでも、学べば学ぶほど双方向性でなくなっていく。言語の本質は双方向性なのにね。
2021-08-15 07:54:33
uroak_miku
@Uroak_Miku
学校英語で好成績であるほど、ニセモノ意識を募らせていく。これが羞恥心と結びついて、街でガイジンに話しかけられるとパニックになる症状となる…こんなところかな。
2021-08-15 07:56:55
uroak_miku
@Uroak_Miku
ほかにも自分が何か全体からいきなり切り離される恐怖感とか、見知らぬ全体に素っ裸で放り出される感覚とかがあるのだと思う。
2021-08-15 07:58:29
uroak_miku
@Uroak_Miku
どうして誰もここを研究しないのだろう。学者さんで誰かやらないのかな。ちゃんとした学術研究テーマに値すると思うのだけど。
2021-08-15 08:00:45