夏と花火と定温物質

おさけ @GALAXY__BEAUTY

・夏と花火と定温物質・

おさけ @GALAXY__BEAUTY

その日の夕立ちが水に流したのは、とある花火大会だった。時刻は夏の夕暮れ。つんと鼻のおくに響くアスファルトと日中の残り火は、その周囲にいかなる他の存在も許してはいなかった。 1/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

「……神様のいじわる。浴衣、せっかく着たのに」【ま、仕方ねえよな。俺の能力でも天候まではコントロールできねえ】垣根帝督と初春飾利は窓にかかる雨の軌跡を眺めながらつぶやいた。夏の雨には心の暗室を散らかせる効果がある。 2/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

「その顔。ふーん。行きたくなかったんだ」【ん。いや、そうじゃねえよ。行きたかったのはヤマヤマさ。でもどうしようもねえじゃん。この雨の中で決行する花火大会なんか、情緒もクソもありゃしねえ】「―――いきたくなかったんだ」【ぐ……】 3/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

無論図星だった。そっぽを向いて淡々と告げるときの彼女は、怖い。怒っている。不機嫌に輪をかけてしまったのは自分である気がする。錯覚ではないようだ。【……あ、あれだな。じゃあよ、手持ちの花火とかどうだ。これなら外でも細々とできるし】「べつにいいです」 4/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

【あのな。テメェはさ、人が折れてやってんだから少しは気遣えよな。だからガキなん……】「………行きたく、なかったんだぁー」【…………】 5/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

こうなるともうどうしようもない。見かけによらず頑固なのだ。口先で暴言を吐いても動かない。かといって反故にすることもできない。つくづく面倒な相方だった。仕方なく取り出したのは棚に入れてあった線香花火。いつかの散歩で買った品だ。 6/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

「いいですよもう。無理しなくても」KANZENにSUNEちまっていた。反応を伺っているようではあったが、無理にでも引っ張る。「私の機嫌はそんなにやすくないんですからー」まだ小雨が降る学園都市の時刻は午後6時。二人は傘をさしながら路上に出て、線香花火に火をつけた。 6/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

そして。「わー！！綺麗です！！ほら、見てください！ わぁ……」【さっきまでのツンツンしたのはどこいったんだよクソボケ春が。単純ばか】「だって！ 線香花火の趣についてついに語るときが来たんですよ！！ 線香花火は人生なんですこの侘しさとさびしさに古来から日本人はですね……」 7/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

傘を抱えながら不意に視線を流す。さっきまでの子供はどこかに消えてしまった。小雨が降る夜に線香花火。気障ったらしいがこれはこれで確かに風情があるような気がする。 8/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

「ちゃんと見ていますか？ この、火花を散らせてから落ちるまでの華が、1番のポイントなんですよ」【うん】嘘をついた。対して、花火を持ちながらしゃがみこんだ初春の視線は線香花火から離れていない。だが、一呼吸で会話の片隅に垣根自身をとらえているのが伺えた。 9/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

「……花火、好きじゃないんですか？ いいですよ、無理しなくても……」【そんなことないって】「男の人はこういうの、楽しくないかもしれませんけど……。私も一応、その……」【花も恥らう乙女？】 10/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

「そ、そのネタはもうやめてください！」ぱたぱたと手を振る初春。【……綺麗だな、ほんとに】「！ でしょ！ これが線香花火の醍醐味なんです！ ほら、垣根さんも持ってください！ 競争しましょう！」 11/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

視線のコントロールは基本中の基本。バレていないか心配だった。まあ、そこのところは暗部で鍛えていたし、きっとこの中学生は気づかないだろう。夏の残像を電子の海に閉じこめて、垣根は線香花火に火をつけた。 11/15

おさけ @GALAXY__BEAUTY

小さな光なのに、しっかりと温度が流れてくる。ゆらゆらと揺れる灯火の輪郭に、いつかの不自由な自分の影を見た気がして、そっと隣の相方に寄り添った。 13/13