- tomokazutomokaz
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エラスムスの『痴愚神礼賛』がまさに真面目に不真面目を考えた傑作。 QT @nightlyshore: 探偵!ナイトスクープがまたくだらないことをww真面目に不真面目って何でこんなにおもしろいんだろう。
2010-02-20 01:27:45@utulivu エラスムスの痴愚神は「人生の初めに泣いたりはせず、さっそく母親にやさしく笑いかけたのでした」と言っています。
2010-03-08 02:54:59岩波書店『ギリシア・ラテン引用語辞典』。こんなにたくさん言葉を集めているのに、エラスムスの『痴愚神礼賛』に引用されている言葉が入ってないことがよくあるのはどういうことか。Simia in purpura 載ってないような。
2010-06-04 00:46:55エラスムスの『痴愚神礼讃』は大出晃訳の『痴愚礼讃』(慶応大学出版会)が読みやすい。題名から「神」の一文字を外したおかげでなかなか検索に掛かってこないので売れてないと思うが。
2011-02-15 20:44:40中公文庫『痴愚神礼讃』のあとがきで原典訳だとしきりに書いてあるが、ラテン語だけ読んで訳したわけでもあるまいし、あんまり強調しないほうがいいかも。英訳を参考したらどうしても英訳の影響は受ける。原典を読むのは、英訳の誤訳を引き継ぐ可能性が少なくなるという利点はあるが。
2014-03-04 21:37:49エラスムスの『痴愚神礼讃』あらため『阿呆礼賛』の初めのところだけなら、ネットにもある。けっこういい日本語になっているんじゃないか。中公文庫よりはメリハリがあると思う。 geocities.jp/hgonzaemon/era…
2014-03-04 21:47:56痴愚神礼賛の全訳があった。 sloughad.la.coocan.jp/novel/master/e…
2016-02-17 12:20:33曆を披いて八將神を見るは、吉方を知つて萬事を行はんがためなり。八笑人を開いて花曆を知るは、阿房を見て戲作に笑はんがためなり(序)。 江戸時代の日本にもエラスムスの『阿呆礼賛』みたいな本があったんだな。
2020-02-29 18:01:53『キケロー選集1』の月報の二宮敬『エラスムスとキケロ』はエラスムスのキケロに対する傾倒ぶりを描いた名文。こんなのをさらっと月報に書けるとは一流の学者は違うわ。
2020-06-13 14:36:01ひどい訳らしい>痴愚礼讃―附 マルティヌス・ドルピウス宛書簡 エラスムス amazon.co.jp/dp/476641098X/… @amazonJPより
2020-08-15 23:47:22エラスムスの『痴愚神礼讃』なんてのもこのルキアノスの『ハエ礼賛』からの流れで来てるんだな↓。
2021-06-10 08:07:00エラスムス『痴愚神礼讃あらため阿呆礼賛』(11節まで対訳) hgonzaemon.g1.xrea.com/erasmus.html 誤字を改め新仮名遣いにした。
2021-10-12 22:27:43エラスムス『痴愚礼讃』大泉晃訳、 アマゾンレビューで糞味噌に貶されているのでお安く買えました。ご覧通りの良い翻訳です。 pic.twitter.com/LeKZHMdUmx
2021-10-12 22:33:43次のページからの込み入った議論には誤訳が見られるのは確かだな。 序文の最後「あなたに比べれば私は何なのでしょうか」。原文はSed quid ego haec tibi はdicoの省略で「どうしてこんな事をあなたに言う必要があるでしょう、あなたは有能の弁護士なのに」英訳を見れば訂正できたのにやってないね。
2021-10-13 16:51:41DelphiのErasmusに入っている英訳はGutenbergにあるのと同じで、かえって難解。もっとやさしいのがほかにある。
2021-10-13 17:01:26もっとも愚かな 人々の間でさえどんなに悪し様に申されているのを痴愚神は耳にしているのか(痴愚礼讃15p) quam male audiat stultitia etiam apud stultissimos audiat は「〜と言われる」で「耳にしている」ではない。audiatに受け身の意味があることを訳者は知らない。stultitiaは神でもない。
2021-10-13 18:05:58『痴愚礼讃』の訳者はあとがきでペンギンクラシクスのこの本の訳者のBetty Radiceに言及しているのに、その英訳で答え合わせをしていない。 audioに「〜と評判がある」と受け身の意味で使うことがあるのは、初心者は知らなくても少しすれば身につく知識なのだが。慶応大学名誉教授なんだけどね。
2021-10-13 18:18:25昔ネットに痴愚神礼讃の日本語訳を渡辺一夫の訳ともう一つの日本語訳とグーテンベルクの英訳を原文と全体の半分以上も並べたサイトがあったが、その日本語訳というのがこの人の訳だったので、読めないことはない。 pic.twitter.com/ICdiNvl6ke
2021-10-13 18:36:56中公文庫『痴愚神礼讃』16p ことにも、 馬鹿げた冗談がまじめなことへの糸口となり、〜こっちからのほうが得るところが大きいと思えるように、この冗談ができているとしたら、なおさらのこと、そうでありましょう。 序文の一番の難所だが、tractenturが「できているとしたら」は誤訳でしょう。
2021-10-14 19:25:06中公文庫『痴愚神礼讃』17p 遠慮のない物言いが昂じて憤怒と変じてしまうような真似はせぬかぎり modo ne(~でさえなければ) licentia(自由) exiret(出る) in rabiem(激しさ) 正しくは「自由が度を越さない限り」 rabiemは憤怒ではなく極度。 この本も1頁に1個は誤訳がある?
2021-10-15 01:24:28中公文庫『痴愚神礼讃』16~17p maxime si 〜 を条件文で訳してるのも誤訳。訳者がまえがきで言及しているペンギンクラシクスも条件文では訳していない。ここは、siquidem みたいに理由で訳すべき。そうすれば、17p「としたら、なおさらのこと、そうでありましょう」という意味不明な文は不要だった。
2021-10-15 12:23:15中公文庫『痴愚神礼讃』18p いかなる種類の人間をも容赦しないという人物は、誰かある特定の人にではなく、世のありとあらゆる悪行に憤慨しているのだと思われるのです。 これも意味不明。すくなくとも英訳では、最後のvideturは「思われるのです」ではなく「明らかです」となっている。
2021-10-15 17:56:22中公文庫『痴愚神礼讃』18p もし誰かがわざわざ身を起こして、うむ、やられた!と叫んだりしたら、 si quis exstiterit( <exsisto現れる), qui sese laesum(傷つく) clamabit exstiteritは「現れる」で「身を起こす」ではない。「私の言葉に傷つけられたと言う人がいるなら」で充分だろう。
2021-10-15 18:01:19