プロの小説家が書くtwitter連載怪談が面白い。右園死児報告の真島文吉が思いついた時にこね上げる短編ホラー。

諸事情で仕事ができない時や、病み上がりの際の筆慣らしとして投下されている怪談集。最初のエレベーターの花嫁は劇団はにまろんによる朗読動画つき。
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真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

男はタールに、すぐ帰ってくると嘘をつきました。男が死んだのはその2日後でした。敵国は強く、戦争は2週間で終わりました。悲惨なのは、タールの住む国よりも、それを倒した敵国の方が、政治的にも人道的にもはるかに優れていたことです。戦死者は前の戦争の100分の1にも達しませんでした。

2023-04-11 22:07:19
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

タールは幸せな犬だと思われています。優しい娘に飼われて、前よりも豊かな生活をしているからです。でも生まれ変わった国の中で、タールの心は焦げてただれていました。孤独な家族が帰って来ないからです。暗い戦争の影の中から、戻って来ないからです。

2023-04-11 22:07:41
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

奇跡は一度きりで、タールがこの世にいる内は何も叶いませんでした。タールは幸せな犬だったと思われています。当然に晴れ渡った空の向こうに昇って行ったのだと、思われています。

2023-04-11 22:08:06
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

でもタールは、暗くただれた戦争の闇の中に、尻尾を振って走って行ったのです。その暗黒の過去の中にこそ、タールの渇望した人と、タールの本当の幸せが待っていたのでした。 了

2023-04-11 22:08:24
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

『さよならハンクス』 ※この物語はフィクションです

2023-04-13 11:05:56
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

オウムがいました。真っ白なオウムで、名前はハンクスです。今は女の飼い主に飼われていますが、元々は兵隊に取られた父親がかわいがっていたオウムで、変な言葉をたくさんしゃべります。『血祭り』とか『殺してやる』とか『軟弱者』とかです。

2023-04-13 11:06:15
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

女はハンクスの言葉を通して父親を思い出すことができたので、ハンクスが元気に鳴けるよう、たくさんエサを与えました。ひとりぼっちの女が食べていく手段は、この国ではけっして多くはありません。まして自分以外の食い扶持を稼ぐのには、覚悟が要りました。

2023-04-13 11:06:39
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

女には未来はありませんでした。母親は酔った若者達に殴り殺され、頼れる親戚もいません。生まれた時からこの国は劣悪で、変化する時は常により悪くなっていきました。

2023-04-13 11:06:56
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

この国には、そこらじゅうに少年の像が建っています。他人の腕が頭に刺さり、顎に突き抜けて、それでも銃を手放さずに叫んでいる、少年兵の像です。昔の戦争の被害者で、政府のプロパガンダ。実在の人物で、よくテレビに顔が映っていました。

2023-04-13 11:07:42
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

大戦果と引き換えに植物人間になったという少年を、この国の政治家達は戦意高揚に利用し、眠り続ける顔を電波にさらし、その手を握って泣いたり頭を抱いたりしました。もう2度と目覚めることのない愛国少年。そのはずが、戦後10年以上経ってから突然目を覚ましたのです。

2023-04-13 11:07:57
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

その瞬間は凄まじいものでした。地獄のような声を上げて飛び起きた元少年は、自分の胸に顔を埋めていた女政治家の襟をつかみ、萎えた腕で死ぬまで顔を殴り続けたのです。あまりのことに医者も護衛も立ち尽くし、カメラを向けたテレビクルーも生きた三脚のようで、一部始終を国中に伝えてしまいました。

2023-04-13 11:08:14
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

元少年は愛国の象徴と、狂った反逆者の真逆の側面を持つようになり、国民の半数に慕われ半数に憎まれました。政府も時に彼を永遠の英雄と呼び、また時に処刑されてないだけの大罪人と呼びました。それはこの国の欺瞞と残酷さを露呈したありさまでした。

2023-04-13 11:08:31
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

国は変化する時、必ずより悪くなっていきました。少年の像が花束にまみれていた時よりも、ゴミや汚物や、銃弾に汚されるようになってからの方が、人々の心と国のシステムは凶悪になりました。

2023-04-13 11:08:47
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

オウムのハンクスの吐く言葉は、そういった時代の変化をよく反映していました。テレビから流れる音声や、通りでがなり立てられる市井の声、アパートの他の部屋の口げんかなどが、ハンクスの言葉を変えていったのです。

2023-04-13 11:09:03
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

ハンクスが『繁栄』とか『勤労』とか、『節度』とか『平等』とか言っている間は、まだ食べることができました。でも『生産性』とか『無駄』とか、『自己責任』とか『国民の責任』という言葉を吐く頃になると、食べることも稼ぐこともとても難しくなりました。

2023-04-13 11:09:17
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

人と変わっているということが、ことさら非難されるようになりました。新聞を読んでいない人は頭が悪いとか、結婚しない人は怠け者だとか、政府が推奨しない娯楽を楽しむ人は反逆者気質だとか、夜出歩いている女はみんな性病持ちの娼婦だとか。だからそういう人間は、懲らしめていいのだ、と。

2023-04-13 11:09:41
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

よくしゃべるオウムと暮らす女にとって、苦しい時代が長く続いた後。ある日突然、火のような戦争が起きました。敵はものすごく強い国で、同盟国も多く、開戦は誰の目から見ても正気の沙汰ではありませんでした。オウムのハンクスがカゴの中で目まぐるしく言葉を覚えては吐き散らします。

2023-04-13 11:10:00
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

『危機』『団結』『奉仕』『忠誠』。 『勝利』『撃滅』『圧倒』『征服』。 『志願』『肉弾』『一人一殺』。 『逃亡国民』『相互監視』。 『個人逮捕』『略式処刑』。 『敗戦責任』。 『国民の責任』。

2023-04-13 11:10:31
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

火のような戦争が終結する前日。女とハンクスのアパートに爆弾が落ちてきました。敵国の爆弾ではなく、自国の爆弾でした。敗戦を確実と踏んだ政府が、自ら首都を焼いたのでした。首都の建物や議場に敵国の旗を立てられれば、国民の誇りと尊厳が失われる。だから国民のために爆弾を落としたのだと。

2023-04-13 11:12:38
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

女は焼け野原を歩きながら、そこかしこの人だかりから聞こえてくるラジオの音声を拾い、我が国の戦争犯罪者達の言い分を知りました。女は火傷を負い、全財産を失くしましたが、生きていました。でもオウムのハンクスは、頭が吹き飛んで死んでしまいました。

2023-04-13 11:13:17
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

頭の無いハンクスの白い屍。それを抱く女には、聞こえるはずのない声が聞こえていました。ハンクスのかん高い声。それは今は、たった一つの言葉だけを繰り返しています。爆弾が炸裂する瞬間、断末魔のように飛んだ言葉。ハンクスの遺言です。

2023-04-13 11:13:40
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

女は歩いて、歩いて、首都から遠くへ向かいました。この国は変化する時、必ずより悪くなる。それは敗戦を経ても同じでした。政府が機能停止し、政治家達が裁判にかけられている間、国民は自分達で新しい言葉を流行らせていました。

2023-04-13 11:14:15
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

『間違った戦争』『反省』『騙されていた』『被害者』。 『政府の責任』『軍の責任』。 『俺は反戦派だった』『少年の像に抵抗の傷をつけた』『俺だけは正しく生きていた』『自分は良い国民だった』。 『悪い国民は誰だった?』。

2023-04-13 11:14:38
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

『政府と少しでも関係のある者』 『軍人の一族』 『戦地に行ったことのある者』 『その家族』 『我々新聞社に情報をお寄せください』 『敵はまだ国内にいるぞ』 『見つけて殺せ』 『平和の敵を殺せ』

2023-04-13 11:15:44
真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

女に未来はありませんでした。でも少しでも静かなところへ、暖かいところへ行こうとしていたのです。ずっとそうでした。だから女はやがて、薄汚れた声の聞こえない場所にたどり着きました。そこは信じられないほどきれいな、国境監視所でした。

2023-04-13 11:16:15
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