石工の魔女と伴侶の石像の乙女達・灼熱の乙女と鍛冶職人の男

皆ふたなりな石工の魔女と、彼女が彫った有形無形のガーゴイルのお嫁さんの話です。四話目。溶岩と炎からできた灼熱の乙女が強制労働させられる話。
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屑望喜納子 @motikinako_kuzu

七人の旅の仲間と分かれてとうとう小人の勇者はここまで至った。最も武勇とはほど遠く、故に最も勇気ある人。彼は万物を支配する力の指輪を焼き滅ぼすため、ようやく、死の山の頂までやってきたのだった。

2022-08-10 12:21:31
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

死の山の、力ある者の時代からの灼熱だけが支配の指輪を作り、また、滅ぼすことが出来る。山頂の火口まで一歩一歩、萎え、嫌がる足に激を入れ、常人の半分程度の丈しかない彼は歩を進めた。

2022-08-10 12:22:39
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

山頂に、似つかわしくない、軽装の女が一人いた。色白の矮躯。女は小人の勇者を振り返り言った。

2022-08-10 12:23:12
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

「……この溶岩、もらって良い……?」 「えぇ……」

2022-08-10 12:23:39
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

石工の魔女は小人の勇者の冒険とは何の関わりもなく、死の熱の溶岩をもらい、その溶岩で最も力に優れた伴侶を彫り上げた。そうして灼熱の乙女が産まれたのがかなり、前のこと。

2022-08-10 12:24:28
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

今はもう年月を数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど前のこと。今では灼熱の乙女は魔女の居城のかまどの中、暖炉の中、地下水の流れ、そういった熱のある場所を寝床にして、滅多に出てくることはない。魔女の我が儘があったときだけ顔をだし、異様なその力を振るう。

2022-08-10 12:25:39
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

熱は高まれば水をも焼く。立ち上る風を起こす。更に高めれば稲妻さえ起きる。無限の熱の支配者こそが、力ある者の時代から続く地の熱を形にした、灼熱の乙女であった。

2022-08-10 12:26:48
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

しかしとにかくものぐさだ。ある日は暖炉から身体をとろけさせて顔だけを出していた。その身体は溶岩で出来ているが、身内には暖かく、敵には灼熱で答える。最早常なる物ではない。

2022-08-10 12:27:45
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

「クッキーを焼きましたが……熱の方も、いかがですか?」 と、新入りの骨磁の乙女が進めると、 「おう」 とだけ答えて、あんぐりと口を開けた。 骨磁の乙女がおずおずとクッキーを差し出すと手も使わずに食み、もくもくと口の中で咀嚼する。 石像の乙女達は物を食べることさえ出来た。

2022-08-10 12:29:49
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

もく、もくと咀嚼するなか、時おり灼熱の乙女が黙って身をふるわせる。 そうすると暖炉の中からはくぐもった、小さな声が聞こえるのだった。 「……熱の方」 「おう」 「もしかして……魔女様いらっしゃいます?」 「さあな」 魔女は全身を灼熱の魔女に飲まれ、包まれ、精を搾り取られ注がれていた。

2022-08-10 12:31:34
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

ともあれ灼熱の魔女はたまに魔女と愛し合う以外、姉妹と茶を嗜むことも滅多にしない。だいたいは寝ている。魔女と稀に愛し合い、魔女の我が儘に従って熱の災厄をもたらす。それだけだった。暖炉を骨磁の乙女が掃除すると少しめんどくさそうな顔をするのがたまに暗がりの奥に見えるくらいだ。

2022-08-10 12:33:34
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

魔女の元に鍛冶を生業とする男が訪ねたのはその頃のこと。

2022-08-10 12:35:09
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

煤まみれで、筋骨粒々で、短い黒髪には白髪が混じる。魔女の客としては美しくはない男だった。招かれざる者か、と骨磁の乙女が身構えるが、珍しく灼熱の乙女がその男を出迎えた。

2022-08-10 12:36:35
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

「魔女様の客だぁ、通せぃ」 めんどくさそうにそれだけ言って奥へと引っ込む。 「溶岩の姉ちゃんは相変わらず愛想がねえなァ」 「ほっとけぃ」 旧知の間柄のように言葉をかわす二人に、骨磁の乙女はきょとんと金剛石の目を丸くするのだった。

2022-08-10 12:38:15
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

鍛冶を生業とする男は魔女と机を挟み向かい合っていた。机の上には図面と、木細工、金物細工の小さな模型。 「どうだ」 鍛冶師の男が聞いた。 「前よりは?」 魔女が答える。 「前よりは、かァ」 「そう、前よりは」 魔女は図面を一瞥して、興味なさげに視線を戻す。

2022-08-26 03:08:00
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

鍛冶師の男はごりごりと頭をかいた。 「しかし、あんたと違って時間が無限にある訳じゃない」 「うん」 「やれやれ」 男は目を瞑り、腕組みをして考え込む。 骨磁の乙女が茶を盆に乗せて部屋に入ったのはその時。 「あれっ」 少し驚いたのは魔女と男だけでなく、灼熱の乙女が部屋の片隅にいたからだ。

2022-08-26 03:10:15
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

「諦めたらどうだよォ」 等と、部屋の片隅で下半身を人型に維持することもせず、熱と溶岩のかたちにとろかせながら、灼熱の乙女は無責任に言った。 「魔女様程の業なんざ、お前ら定命が望むべくもねぇんだから」 「そいつぁまあ、その通りなんだがな」

2022-08-26 03:12:46
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

骨磁の乙女は卓上を覗き込んだ。 図面には一人の乙女が描かれている。 骨磁の乙女の金剛石の真円の瞳は、あらゆる物の真贋と美醜を見分ける。石工の魔女の手による物程では無いにせよ、素晴らしいものであるのは見て分かった。

2022-08-26 03:14:39
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

「あら……素敵ですね、お客様がお作りに?」 「あぁ、俺ももう年だからな、先も長くねえ。何かしら後に残るものを作ってから死にてえ訳だ」 その助言を求めに、しばしば魔女の元に通っているのだという。 魔女の御業は技術というよりも奇跡に近いのだから、どれだけ参考になるかは分からないが。

2022-08-26 03:16:53
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

金属を鍛造し、曲げ、重ね、人のかたちにするのだという。刃と鎧、鋼鉄の乙女。勿論、魔女とて金属で伴侶を作ったことは幾度と無くある。金の乙女、銀の乙女、白銀の乙女、青銅の巨大な乙女、鋼の乙女、

2022-08-26 03:18:42
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

その全てが魔女の奇跡によって作られていた。常人がその真似をしようなどと、足元にたどり着くことさえ出来ない、山を相手に格闘をするようなものだった。魂を吹き込むことを諦めるにしても、その美に追い縋ろうとするだけであまりにも愚かしいことであった。

2022-08-26 03:20:14
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

それでも美しいものは美しい、魔女の作品に追い縋るべくもなくとも。 「どうにも、良く金属が鍛え上がらねえ。人のかたち、人の動きを再現するためには極限までにしなやかで、薄く、しかし折れない柔らかな鉄が必要になる。強い魔法で鍛え上げねばならん」 男は腕組みしたまま天井を仰いだ。

2022-08-26 03:23:41
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

魔女は興味無さそうにぼんやりとしている。灼熱の乙女は、だから諦めろ、と誰にともなく呟いた。 骨磁の乙女は、人間的な感性をまだ幾分か残している乙女であったので、男の呟きに相づちを打った。 「そうですねぇ……私達は魔女様の魔法で動きますからそれ以外なら、熱の方程の魔法でないと……」

2022-08-26 03:26:57
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

男は盲点だったように骨磁の乙女を振り向いた。灼熱の乙女は呆れたような顔をした。 魔女は分かっていたかのように表情を変えず、ぽつりと呟いた。 「うん……そうしたら、良いと思う」 「はぁ!?」 灼熱の乙女は瞠目した。

2022-08-26 03:28:33
屑望喜納子 @motikinako_kuzu

「固くなく、けれども折れも曲がりも割れもしない、それでいて強くしなやかな鋼は、ただの鉄ではあり得ない。生まれから強い魔法をかけて魔法の鋼にしないといけないから、魔法を帯びた熱で鍛え上げないといけない」 魔女は珍しく長く語った。

2022-08-26 03:30:47
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