ビースト・オブ・マッポーカリプス 前編 #6
それは、ひとたびは本社KOLより殲滅命令が下った事すらある存在だった。忘れようはずもない。ニンジャスレイヤー。それが今、結果的にレイテツを死から逃れさせ、恐るべき怪物を……「イイイイイヤアアアーッ!」皮と肉を裏返すかのように!あるいは魚のヒラキめいて!剥がし殺した!「サヨナラ!」 43
2023-02-18 16:22:29レイテツは見た。クロヤギの爆発四散パーティクルの中から、赤黒い粒が火の粉じみて宙を舞い、集まり、アブストラクト・オリガミを形成してゆく。それがこの地の植物を萎縮させ、セイケン・ツキ市民の動きを止める。一方、四散したクロヤギの四肢が山羊となって着地し、もう一体の足元に集まる。 44
2023-02-18 16:26:54キイイイイン。耳鳴りの中、隊員の生き残りがレイテツを抱え、ZBRアドレナリンを注射しようとする。「ニンジャスレイヤー=サン!」レッドハッグが呼びかける。ニンジャスレイヤーは前傾姿勢を取り、足元から山羊を吸収してさらに一回り大きくなったクロヤギ・ニンジャを睨み上げる。45
2023-02-18 16:29:38「スウーッ……フウーッ……!」ニンジャスレイヤーの背中が上下し、地響きめいて、異形の呼吸音が伝わってくる。赤黒の眼光がクロヤギ・ニンジャを射る。クロヤギ・ニンジャが突進する。ニンジャスレイヤーが……動く……!レイテツの口から、「頼む」という言葉が掠れ出た。 46
2023-02-18 16:33:26エネアド・ネオサイタマ、第一ヘッドオフィス、第一会議室。そこで今、「招待」……否……「招集」された暗黒メガコーポネオサイタマ支社の者たちが、異様なアトモスフィアの中で、卓を囲んでいた。 48
2023-02-18 16:40:21この緊急な状況下、IRC上のオンライン会議ではなく物理会議である事は実際異例であった。ネオサイタマは現在、黄金立方体を発生源とする磁気嵐によって大規模な障害が発生し、各暗黒メガコーポ・ネオサイタマ支社の者たちは、本社と連絡を取ることもままならぬ。そこでエネアドが手を挙げた。 49
2023-02-18 16:45:07孤立する各社ヘッドオフィスに送迎エネアドリムジンが派遣され、責任者格が集められた。エネアドの確約どおり、道中、リムジンがフェイスレスに襲撃される事はなかった。彼らは第一会議室で美味なるスシ重箱とギョクロ茶を供された。彼らを迎えたのは、イスハーク・ミザワ。エネアドの支社長だ。 50
2023-02-18 16:51:06仰々しくオジギした後、わざとらしく携帯端末をいじりながら退席したイスハークに対し、招待された各社の人間が抱いた感情は様々であった。「御社はどうですか?」アマテラス・ネオサイタマの部長が曖昧な言葉で切り出した。「いやあ、まあまあです」KOLネオサイタマの部長が曖昧な言葉で答えた。 51
2023-02-18 16:55:21「大変な状況ですが、社員の愛社は大変ですな」「大変です」ヤナマンチ・ネオサイタマの部長とスゴイテックの部長が頷きあった。「報道精神が大事です」NSTV部長がギョクロ茶を吹いて覚ましながら言った。「頑張って乗り切るしかないですな。エネアド=サンのもとで、一丸となって……」 52
2023-02-18 16:59:16「まあ、ウチは本社の承認を得ないと、この事態の如何についてはコメントできませんな」「お察しします」「実際これは、ブッダ穴に垂らされた糸かもしれませんよね」「エネアド=サンにお任せして、ここはひとつね」部長たちが囁き合う。「エネアド=サンねえ」ミハル社の部長が眉間に皺寄せる。53
2023-02-18 17:03:15「大丈夫なんですかね。あまり弊社は付き合いがなくてね、これまで」ミハルマンにアマテラスマンがため息交じりに反応した。「まあ、創業何年なのかという話ではありますが……情報を握っているわけですから、無下にするのはどうかと」「もっと前のめりになりましょう」NSTVマンが念を押した。 54
2023-02-18 17:05:10ターン!その時、彼らのざわめきを見計らったかのように古代エジプト様式のショウジ戸が開いた。そしてイスハーク・ミザワが戻ってきたのである。鼻持ちならないサイバーサングラスと、襟元に金装飾を施したスーツ、そしてスカラベで装飾された蝶ネクタイ。自信満々の装いであった。「ゴキゲンヨ!」55
2023-02-18 17:08:45「これはドーモ!おつかれさまでした!どんな重要なお話をなさっていたんですか?」NSTVマンが起立してへつらった。イスハークは手で制した。「まあまあ。先走らず。スクープをいくつもあげますから」「アリガトゴザイマス!」「それより……KOL=サン。御社、どうなんですか?」「はい……?」 56
2023-02-18 17:10:34KOLマンが不安げに瞬きした。KOLは本社主義であり、支社の人間は冷や飯を食わされている。その体制は特にこうした状況下で脆弱性を露呈した。イスハークは苛立たしげに咳払いする。「変な話が入ってきていますよ。御社、ニンジャを勝手に動かしていますよね?」「エッ?」「慎みなさい!」57
2023-02-18 17:12:54「アイエッ!?把握しておらず……そ、それは、早急に確認を……」「我が社への報告もなしに何をやっているんですか。我々エネアドを中心に、強靭なネオサイタマ・チームとして、この難局に対処する……そういう話になっていたではありませんか?違うの?」「じ、実際その通りです!」オジギ! 58
2023-02-18 17:16:01「未曾有の混乱を収められるのは実際、我が社しかいないでしょ?磁気嵐の中で通信できるのはどこ?ウチだけ!」イスハークはテンポアップする。各社は苦々しい顔で目配せした。そして頷いた。イスハークは蝶ネクタイをいじりながら、「我々は最悪、未来永劫に閉鎖空間でやっていく可能性もあります」59
2023-02-18 17:20:31「それはたまらない話です!本社の承認が機能せず……」スゴイテックマンが涙目になった。イスハークは歩いていって肩に手を置いた。「本社、何するものぞ。エネアドのもとに結束しましょう。ハンコなんて、要らんでしょう。貴方の報酬も本社承認より上がります。ネオサイタマというエコシステムだ」60
2023-02-18 17:22:28不意に、会議室のパネルモニタにIRC-SNSが表示された。他愛のないオンライン・カジノだった。部長達は息を呑んだ。イスハークはすぐにモニタを消した。「おっとスミマセン。ついインターネットが出てしまった」「……」「嗚呼……」部長たちは依存的に震え、懇願めいて声を漏らす。通信したいのだ。61
2023-02-18 17:25:59これは如何なる仕組みであろうか。何故、磁気嵐下でエネアドだけが通信を確立できている?……読者の皆さんの中には、薄々勘づいている方もおられよう。セトだ。エネアド社の所有者たるセトが、膨大な論理タイプ速度を動員して、キンカクの影響下においても通用するトラフィックを確保しているのだ。62
2023-02-18 17:30:08セトの犬たるイスハークは、ネオサイタマに居ながらにして自由に外部と通信し、ヨロシ・サトルやエリザベート・バサラといった百戦錬磨の暗黒CEO達と渡り合う一方、孤立して不安の中にあるネオサイタマ支社陣には、直接的な影響力を築きつつあった。これは相当に危険な事態といえる。 63
2023-02-18 17:34:59「ちとW.Cに」ミハルのトブノ部長が会議室を中座した。怒り顔で廊下を歩き、喫煙室に入る。(おのれエネアドめ。調子に乗りおって!この状況、絶対に奴らのマッチポンプだ。だが証拠がない。責任も取れない)喫煙室には自社の腹心、キギ課長が控えている。「キギ=サン。傭兵ハッカーはどうなった」64
2023-02-18 17:39:23然り。ミハルはこのエネアド社屋の裏手に、傭兵ハッカーを秘密裏に展開させていた。「それなのですが」キギは沈痛な顔でオリガミ・メールを渡した。トブノ部長は文面を読み、青ざめた。「……全滅……」「ニューロンを……焼き切られたと」「ア……ア……」トブノは膝から崩れた。 65
2023-02-18 17:43:23「いやはや!私も一服させて下さい!」これみよがしに喫煙室に入ってきたのは……ナムサン、イスハークである。不気味な目線でトブノを見つめ、万事お見通しとばかりに笑顔!「おや?何か問題でも?」「い……いえ……」「ご安心を。弊社のセキュリティは万全。ここはピラミッドめいて堅牢な塔です」66
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