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漫画を学校で習うことと、その指導方法論「書きたいものがない」という人間への指導の例

すがやみつる先生と、ジャンプ・スクエアのマンガ入門企画『SQ.マンガゼミナール MANZEMI』原作者 喜多野土竜先生の、 漫画家を学校で教育することから、実際に教室で均質でない生徒に指導をしていく方法論の例まで。
学校 指導 マンガ
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喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
個人的には、マンガ家が生徒を教えることに関しては、問題点もあると思っています。マンゼミの前書きでも書いたように、マンガ家はスペシャリストであればいいですが、人を教え育てるのはゼネラリストでないと。多種多様な個性を持つ生徒を教えようと思ったら、対応能力が必要です。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
村上もとか先生のアシは、デビュー39年で40人ほどとか。自分の場合だと1年目で20人ほどの作家を担当し、新人育成の必要性を感じたため毎年20人以上の投稿者を見ていた計算。10年で80人ほどの作家と作品作りをし、100人以上の投稿者のネームを最低1回は見て打ち合わせた計算に。
すがやみつる@京都精華大マンガ学部 @msugaya
.@mogura2001 幼年誌から大人向けまで、娯楽マンガから学習マンガまで、なんでも屋を自認していましたが、それでも「マンガを教える」ことになると話は別だと思いまして、あらためて大学に「教え方」を学びに行きました。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
アシスタントが続々デビューするタイプの作家と、そうでない作家にクッキリ別れるのは、個々の作家の個性にあった対応力の問題でしょう。編集者はその能力に乏しくても、とにかく膨大な数をこなすことで職人的に身につけるわけで、そこがマンガを書けない編集が作品作りに関われる理由でもあります。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
もちろん編集も、投稿者がほとんどデビューに至らない・デビューしても鳴かず飛ばずのタイプもいれば、滅多にヒットしないが当たればメガヒットのホームラン打者タイプ、地味ながらも数多くデビューさせる首位打者タイプの編集もいますけれどね。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
大学や専門学校は、作画技能があれば漫画を教えられると思いがちですが、実際は作品作りはまた別のノウハウが必要。マンガ作りをして来なかった出版社がマンガに進出するとだいたい失敗するのは、実はこの点とも重なっています。有名作家を他社から引きぬいて並べれば、売れるはずと考えがち。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
ところが実際はそうはならないのは、長崎尚志氏が『ラジオ版学問のすすめ』で指摘している通り(興味がある方はライブラリを探して聞いてみてください)。小説の場合の本作りのノウハウが、マンガ作りでは上手くいかないのは、一部の編集不要のマンガ家を除いて、編集の果たす役割が大きいから。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
もちろん、自己調整能力が高いマンガ家なら、作画技術と作品作りを分けて教えることも可能ですが、そういう先生は一握り。そういう資質がないマンガ家が人に教えるときには、ついつい「まずテーマを決めて、プロットを作って…」と、型にはめ込むことになりがち。そうでなければ自分の方法論の絶対化。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
@msugaya すがや先生の場合は小説も書けますから、「オレはこの方法でやってきた」と言い張っても、反論できる人は少ないでしょうに、教える技術を学び直す。さすがですね。自分も少女誌と少年誌を経験して、文法の違いとかに驚いた口ですから、教えることは本当に難しいです。
すがやみつる@京都精華大マンガ学部 @msugaya
@mogura2001 ぼくの場合、作画に難点があったので、それでも生き延びるためにはどうしたらいいか……と考えて、なんでも描ける「萬画」の道を選びました。短いながらも編集経験もあって、そのあたりが、一般的なマンガ家と異なるところでもあると思っています。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
@msugaya そうですか、編集の経験もあられたんですね。自分も編集から作家になって、自分の作品を客観視するのが、こんなにも難しいとは思いませんでした。もちろん、本当の才能を見出すのは作家の方が長けているとは思いますが、教えるのはまた違う部分がありますしね。
すがやみつる@京都精華大マンガ学部 @msugaya
@mogura2001 学校というシステムが、産業革命後、均質な知識と技能を持った労働者を大量に必要とするようになった社会の要請によって生まれたものです。そのような意味で映画やアニメには学校で学ぶことも一理あると思いますが、マンガの場合は「はずれ値」が勝負です(続く)。
すがやみつる@京都精華大マンガ学部 @msugaya
@mogura2001 そんな意味で、マンガ家を学校で育てられるかどうかということについては、こちらも疑問を感じていましたが、大学の場合には「ゼミ」という「徒弟制度」に近いシステムがあります。こんな少人数の教育システムなら、けっこう行けるかな……と思っているところです(続く)。
すがやみつる@京都精華大マンガ学部 @msugaya
ただ、いまのマンガ家、これからのマンガ家が、高い授業料に見合うだけのリターンのある職業かどうか……という点には、少し疑問もありますが、「マンガの発想」を応用するメディアやジャンルは、出版以外にもたくさんあると思っています。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
@msugaya 以前、ガジェ通での大学でマンガを学ぶことについての対談でも、そこに帰着しました。吉本興業は徒弟制度から学校制度に舵を切り、それで成功したわけですが、同時にNSC出身者は弟子を育てられているか、という問題。編集と作家はマンツーマンの濃い関係になりますから徒弟的。
すがやみつる@京都精華大マンガ学部 @msugaya
@mogura2001 落語のような古典芸能の世界では、いまも昔ながらの徒弟制度が生きていますが、アメリカ生まれの教える技術にも符合するところがあります→ http://t.co/5nLCsn9C マンガ教育… (cont) http://t.co/Rd7eKPx1
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
@msugaya 興味深い論考ですね。自分の中の人の一人も落語家挫折組。徒弟制度の光と影はありますね。落語の場合は、寄席というシステムが寄ってたかって弟子を育てる部分もありますし(師匠から一席も教わっていない弟子も)。個人事業主のマンガ家では、システム構築が難しそうですね。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
さて、乗りかかった船なので(笑)。「書きたいものがない」という人間への指導方法の一部を。こういうタイプは、実は3種類に分かれています。本当にないタイプ・あるのに無自覚なタイプ・あるのにそれを見たくないタイプ。それを見分けつつ指導するには、自分の場合3つのパターンがあります。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
2つは飯の種なので秘しますが、ひとつだけ。描きたいものがないタイプに、プロット作れなんて言っても、ないところから出てくるのか? 出て来ません。出てきたら、それはあるってこと。でもだいたい、自分の好きな作品の借り物か、ひどい状態になると直近に目にした作品を丸々パクってきます。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
では、どうやるか? 自分の場合は、そういう人間用に作ったショート作品の原作を何本か用意してあるので、まずそれを丸と四角の簡単な絵でいいのでネームに起こさせます。コマの割り方とかわからないという人間でも、構わず無視してやらせます。そうすると、小学生の落書きのようなネームができます。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
多人数を教えるという形式が、ここで有効になります。同じ原作を他の生徒はどのように表現しているか、プロジェクターがあればそれを使って比較します。ただ人物と吹き出しが同じような変化のないコマ割りをしている生徒がいると、ベストです。これが起点となります。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
生徒の作品群を俯瞰して、その小学生の落書きよりもマシな作品をピックアップし、どこがマシなのかを説明します。コマ割りだったり、アングルだったり、4コマ漫画にすらなっていないグチャグチャ状態から、実はマンガの表現方法の進化の過程を、擬似的に追いかけるわけです。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
もちろん、これをやるには表現の進化について、抑えておく必要があります。それも、成功例だけではなく失敗例も。自分では工夫したつもりでも、実はそれは先人がとっくに試してみて、効果が薄かったり別な方法論のほうが良かったというのも含めて、教える側に膨大な引き出しがないと難しいです。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
アングルにしても、単純にロングやアップを組み込めばいいという話ではなく、なぜそこでアップなのか、なぜそこでロングなのか、アップにした場合とロングした場合で表現されるものがいかに変わるか、そこを糸口にマンガの文法を表現と絡めて説明してやります。教えられなくてもできてる生徒は褒める。
喜多野土竜『通潤橋物語』発売中 @mogura2001
重要なのは、最初からこれが正しい表現と正解を生徒に押し付けないこと。生徒が正解を求めても、安易に教えないこと。試行錯誤しながら、多様な表現の可能性があることに目を向けさせるのが、主目的。何が正しいかではなく、自分にとってしっくり来る表現と、その理由を探求させるのがキモ。
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