エリザ氏による、近代法医学の誕生を告げるモファットの殺人事件について

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エリザ @elizabeth_munh

いんたーねっとRAFちゃんねる

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1935年9月29日、スコットランド南部の長閑な保養地、モファットで絹を引き裂くような悲鳴が上がった。 「ひ、人の腕が! 渓谷の河岸に、人の腕が!!」 友人と散歩中だったスーザン・ジョンソンは真っ青になって家族に訴えかける。 イギリス史上悪名高いバラバラ殺人事件の幕開けだった。 pic.twitter.com/WGLgooIudq

2023-08-22 17:14:31
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スーザンに頼まれた兄アルフレッドは友人と共に土手を降りて詳しく辺りを調べる。果たして彼らは恐ろしいものを次々と発見した。 「う、腕だけじゃない。脚も、首も、胴体も細切れになってあちこちに散らばってる。これはおおごとだ。警察に連絡を!」 地元警察が直ちに駆けつけるも、途方に暮れる。

2023-08-22 17:17:46
エリザ @elizabeth_munh

「間違いなく殺しだ。しかしこうも遺体の損壊が激しいと検死もままならん。だめだ。俺たちの手には負えない」 地元警察は付近の大都市グラスゴーに応援を求める。しかしグラスゴーの警察も狼狽えた。 「無意味にバラバラにしたんじゃない。指紋や歯、目がないし、血も殆ど抜かれてる……」 pic.twitter.com/i30Ftk4apY

2023-08-22 17:20:47
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「切り口も鋭利だ。刃物を扱い慣れてる。まずいな、ガイシャが誰かこれでは判別がつかんぞ。一体ここに何人分の死体があるのかも分からん……」 警察は独力での捜査は不可能と結論づける。 「エディンバラ大学に連絡を。法医学の出番だ!」 警察の手に負えないバラバラ死体に、科学が切り込んだ。

2023-08-22 17:24:02
エリザ @elizabeth_munh

イギリス中を震撼させた凄惨なバラバラ殺人事件は全国民的な関心ごととなり、捜査当局は権威にかけても犯人を検挙する覚悟を決め、当時最も優れた科学捜査チームと共同で捜査に当たった。 「切り分けられた身体は70以上。遺体を並べて再現したところ、被害者は2名。おそらくはどちらも女性です」

2023-08-22 17:27:15
エリザ @elizabeth_munh

まるでジグソーパズルのように遺体を並べ直した事から、事件はジグソー殺人事件と呼ばれる。 「指紋など、個人を特定するものは全て意図的に削られており、また切断面は極めて鋭利でした。即ち、これは専門的な技術を持ち、犯罪捜査に明るい何者か……おそらく外科医の仕業と思われます」

2023-08-22 17:29:35
エリザ @elizabeth_munh

20世紀初頭から指紋による捜査を行なってきた警察の裏を犯人はついた事になる。しかしそれはそれで多くの証拠を残す事になっていた。 「頭が回る犯人だ。なら恐らくは近隣ではあるまい。捜査範囲を広げよう。車で1日……。半径100マイルが怪しい。外科医をリストアップするんだ」 twitter.com/elizabeth_munh…

2023-08-22 17:32:59
エリザ @elizabeth_munh

1905年、3月27日。ロンドンのデプトフォードで痛ましい事件が起こった。塗装店を営む老夫婦が殴打されて亡くなったのだった。通報を受けて警察がやってくる。 「金庫がカラだ。金品目的の強盗で決まりだろう。だが、厄介な事になったぞ」 当時、現行犯以外で犯人を捕まえるのは困難だった。

2022-11-27 12:41:07
エリザ @elizabeth_munh

捜査は順調に進むと思われた。しかし死亡推定時が分からなければリストアップされた外科医のうち、誰が怪しいか分からない。 発見された時すでに日にちが経っており、しかも川に放り込まれた腐敗の激しいバラバラ死体がいつ殺されたのかを推定するのは困難だった。

2023-08-22 17:35:23
エリザ @elizabeth_munh

しかし意外なところから検死は進む。 「エディンバラ大学の昆虫学博士に協力を取り付けました! 遺体に発生したウジムシの生態サイクルからおおよその死亡推定が可能です!」 おお、と捜査チームは沸く。発見された時点で14日が経過していたと博士は述べた。 「よし、犯行日が絞られたぞ!」

2023-08-22 17:39:03
エリザ @elizabeth_munh

「遺体を包んでいた新聞紙に関して確認が取れました! ランカスターの地方紙です! 当該の日にちにランカスターで不可解な行動をしていた外科医は一名のみ!」 ここに来て警察は遂に行動に移る。 「逮捕状を! バック・ラクストン外科医を逮捕するぞ!」 pic.twitter.com/iNjmuDbesT

2023-08-22 17:42:13
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エリザ @elizabeth_munh

ラクストンは当時イギリスの植民地だったインドの裕福な家の出で、ボンベイで医学を学んだ後、イギリスに渡り外科医として開業していた 慈悲深い医師として地元では知られており、貧しい人には支払いを免除するなど善行を重ね、高い支持を得て地元に溶け込む、真面目な医師であり、既婚者で子供もいた

2023-08-22 17:44:29
エリザ @elizabeth_munh

しかし彼には裏の顔があった インド人であるよりイギリス人でありたいと考えるラクストンはコンプレックスを抱えており、やがてそれは内縁の妻イザベラへの暴力となって現れる。社交的で誰とでも仲良くする妻がどこかで愛人を抱え、インド人である自分をいつか捨てるのではないかと被害妄想を募らせた

2023-08-22 17:47:07
エリザ @elizabeth_munh

地元警察は何度も二人を仲裁したものの、遂にある日、ラクストンの被害妄想は頂点に達し、妻を締め殺すと、その現場を目撃したハウスメイドをも殺害し、自宅のバスタブでバラバラに解体すると、100マイル北のモファットに捨てたのだった。

2023-08-22 17:49:35
エリザ @elizabeth_munh

警察を出し抜く事に成功したと思ったラクストンだけれども、当時の法医学は彼が思うよりも遥かに進展しており、また、彼自身も争って荒れた自宅の清掃を他人に任せた結果、異様な有様を証言されるなどミスを犯しており、たちまち彼は容疑者の筆頭に浮上して逮捕される。

2023-08-22 17:51:54
エリザ @elizabeth_munh

それでもラクストンはまだ楽観していた。遺体の損壊は激しい。自宅に死体はない。指紋だって削ってる。 「誰か知らない人間が殺されていたとして、それが私と何の関係があるのか?」 極めて怪しいとは言え、決定的証拠はない……。逃げ切れる。そうラクストンは思っていた。

2023-08-22 17:53:42
エリザ @elizabeth_munh

しかし事の推移はラクストンの思惑を裏切る。 「表面を削ったくらいで指紋は消えない。残った指から指紋を採取したところ、家中に同じ指紋がありました。覚悟しろよ。これを証明するためにわざわざ俺は自分の指を焼いて指紋を消したんだからな」 勇気あるこの刑事はのちに勲章を授かる。

2023-08-22 17:55:49
エリザ @elizabeth_munh

「遺骨に写真を重ねて生前の姿を再現したところ、完全一致しました。家宅捜査に入ったところ、殺害の状況証拠も」 ここまで来れば最早言い逃れは不可能だった。『殺人外科医』とマスコミを賑わした、イギリス人になりたかったインド人、ラクストンはイギリスの法に裁かれ、絞首刑となる。 pic.twitter.com/l1hgYxMuRZ

2023-08-22 17:59:01
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エリザ @elizabeth_munh

捜査の網を掻い潜り攪乱する専門家による殺人の、更に上を行ったこの事件はイギリスにおける近代法医学の誕生を象徴するケースとして、歴史にその名を残す事になる。 死体ほど雄弁なものもなし。

2023-08-22 18:02:16