![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
噺には化石がないですからね。(^^;; RT @chronekotei: 「小咄集」みたいな形で原話が史料として伝わっている場合があるけど、史料と史料の間とか原話と現代の間も語り継がれたものが結果的に残ったわけだから、そんなものは全部調べられるわけがないと謂う話になる(笑)。
2011-12-06 02:56:45![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
で、明治大正くらいまではまだ落語と謂うのは「大昔の話」ではなかったから、適宜風俗を現代風にアレンジしながら演じ続けると謂うことをやっていたはずなので、あんまり時代考証みたいなことを謂っても意味がない、と謂うことになる。
2011-12-06 02:57:20![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@satodainu 圓朝の速記集が言文一致運動の結果出てきたみたいな話ですから、その当時語られていた話芸をそのまま記録すると謂う技術もなかったわけです。
2011-12-06 02:58:17![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
たとえば落語では「色町のお噂を一席」みたいな言い回しがあるわけで、原話が大昔でもそれは「噂話」と謂う現代性のニュアンスで語られてきたわけね。だから新作派の人たちは、実は過激な原理主義者だとも謂えるわけで。
2011-12-06 03:01:01![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
困難でしょうねー。細かい部分を見ちゃうと、同じ演者でも毎回変わるし。RT @chronekotei: @satodainu 挿話構造の研究は出来ると思うんですが、メッシュが粗すぎて実証が困難だと謂うことでしょうね。
2011-12-06 03:01:02![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@satodainu たとえば、生演奏みたいなものですから当然「トチる」なんてことがあるわけで、トチった場合はそれをフォローする為にちょっと即興でアレンジしたりするわけで、それだけでも違いが出てきます。
2011-12-06 03:02:15![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
なのでやはり、解析するとしても挿話構造レベルに留まることになりますね。RT @chronekotei: 生演奏みたいなものですから当然「トチる」なんてことがあるわけで、トチった場合はそれをフォローする為にちょっと即興でアレンジしたりするわけで、それだけでも違いが出てきます。
2011-12-06 03:03:39![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
たとえば「宿屋仇」と謂う演目の最初のほうに、どんちゃん騒ぎをしていた三人組が隣座敷の侍に文句を附けられると謂うくだりで、間に立った伊八が最初は「隣のお客さまが」と言って、それで三人組が粋がって「直接文句を言いに来い」と大声を出す。
2011-12-06 03:05:08![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
ところが伊八が「いや、お隣のお客さまはお武家様で」と告げると途端に萎縮して「阿呆、『お客』と『お侍』は別のもんや」と怖がると言う擽りがあるんだが、ここを最初に「隣のお武家様が」とかトチったりするとその擽りが成立しない。
2011-12-06 03:07:23![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
ここで、「あっ、しまった『お武家様』って言うてもうた」と気附いたら、三人組が伊八の話をよく聴いていなかったような演出に変更すると謂う形でフォローするわけで、そうなると三人組のノリもちょっと変わってくるわけで。
2011-12-06 03:09:16![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
それで「直接文句を言いに来い」だと、ただの怖い物知らずだ。(^^;; RT @chronekotei: 「いや、お隣のお客さまはお武家様で」と告げると「阿呆、『お客』と『お侍』は別のもんや」と怖がるんだが、ここを最初に「隣のお武家様が」とかトチったりするとその擽りが成立しない。
2011-12-06 03:10:12![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@satodainu 実際、DVD版の米朝全集ではここをトチってるんですが、すぐに「何やとぅ?」と聞き返させて「いえ、隣のお客さまが」と言い直しているんですね(笑)。だから、そこでちょっと演出が変わったと謂う見方も出来るわけです。
2011-12-06 03:11:50![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
割と直球な修正だなー。RT @chronekotei: 実際、DVD版の米朝全集ではここをトチってるんですが、すぐに「何やとぅ?」と聞き返させて「いえ、隣のお客さまが」と言い直しているんですね(笑)。だから、そこでちょっと演出が変わったと謂う見方も出来るわけです。
2011-12-06 03:13:00![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@satodainu そうすると、三人組が伊八の話をよく聴いていなかったと謂う印象になるわけじゃないですか。それだけでちょっと演出が変わっちゃうわけです。
2011-12-06 03:13:41![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
微妙にキャラも変わりますね。RT @chronekotei: @satodainu そうすると、三人組が伊八の話をよく聴いていなかったと謂う印象になるわけじゃないですか。それだけでちょっと演出が変わっちゃうわけです。
2011-12-06 03:15:18![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
つべで拾ったドキュメンタリーでは、最後のホール落語で大ネタの「百年目」を演じたときも、後半の旦那の口説きの場面でトチって、一つ言い忘れた段取りを順番を変えてフォローしたりしているんだよね。
2011-12-06 03:15:29![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@satodainu @chronekotei 「かぜうどん」だと、明らかにかついでる描写に限定してますね。かつぐ格好までやってますし。
2011-12-06 03:15:49![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@satodainu そう謂うふうに、即興性の故にちょっと演出が変わった口演がたまたまレコードとかDVDに残ってしまうと、それも一つのバリアントみたいに見えてしまうでしょう。だから、割とキリがないところがあるんです。
2011-12-06 03:16:36![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
だから、屋台が出現した後も天秤棒に道具を下げて担ぎ売りしていた零細業者もいただろうし、その辺の考証を考えるとキリがないと謂うところはあるんだよね。
2011-12-06 03:19:39![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
なんせ、それこそ「江戸時代」と一口に言っても、三〇〇年のスパンの歴史の変遷があって、京・大坂・江戸と謂う三都の地域性と謂う違いもあるわけだから。
2011-12-06 03:20:33![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
だから、落語の考証って物凄く大変。史料が残っていないこともあるけど、どこでいつ作られた話で、どこから誰を通じていつどこに伝えられて、それがいつ廃れていつ復活したのかとか考えていくと、噺の数だけ研究対象があると謂っても過言じゃない。
2011-12-06 03:25:12![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
ごもっとも。RT @chronekotei: だから、落語の考証って物凄く大変。史料が残っていないこともあるけど、どこでいつ作られた話で、どこから誰を通じていつどこに伝えられて、それがいつ廃れていつ復活したのかとか考えていくと、噺の数だけ研究対象があると謂っても過言じゃない。
2011-12-06 03:26:19