渡邊芳之先生ynabe39の「本を読んで洋楽を聴くような人生」

大学で働いていると,教え子たちにとっては「親世代と同じ生活水準を維持できる」ことが目標,多くの人にとってはそれも夢,という今の時代の実情がみえてくる。現状以下のものを得るためにも上の世代よりずっと努力しないといけない時代に彼らに何を言えるか。by 渡邊芳之 https://twitter.com/#!/ynabe39/status/145656931678289920
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渡邊芳之 @ynabe39

子どもの頃に自分がクラシックを聴き始めたのはそれはもう明確な教養主義だった。「もっと高級な音楽を聴こう」と思ってレコード屋に行って当時出始めたばかりの1000円廉価盤の「白鳥の湖/アルルの女」を買ってきたのは小学校5年の時。

2011-12-11 07:44:38
渡邊芳之 @ynabe39

その後も「知識としてのクラシック音楽」を吸収したい,少しでも多くの作曲家を知りたい,少しでも多くの曲を知りたい,という動機づけが常にあった。それは「音楽を聴く喜び」とは関係してはいても別のものだったように思う。

2011-12-11 07:46:47
渡邊芳之 @ynabe39

同様のものは父にもあったと思う。父にあったというより父の世代にあった。父は中卒の職人だがたくさんの本を読み,「洋楽」のレコードを買って聴いていた。もちろんそれは「それが楽しいから」やっていたのだが,それだけでなく「本を読んで洋楽を聴くような人生」を求めていたように思える。

2011-12-11 07:53:05
渡邊芳之 @ynabe39

田舎の酒屋の6人目の子として生まれた父が子どもの頃には「本を読んで洋楽を聴く生活」というのは「あこがれの対象」であって,自分の家に普通にあるようなものではなかった。働いてお金を稼いで「社会階層を上がる」ことではじめて手に入れられるのが「本を読んで洋楽を聴く生活」だったと思う。

2011-12-11 07:56:24
渡邊芳之 @ynabe39

私が子どものころ,街の仕立屋だったわが家にあった「オーディオ装置」はナショナルの真空管式ラジオに大型の外付けスピーカーと巨大な木箱に入ったST/LPターンオーバーのクリスタルカートリッジの付いた3スピードレコードプレイヤーのセットだった。

2011-12-11 07:59:44
渡邊芳之 @ynabe39

父は若手の職人として独立するとすぐ,結婚するより前にその装置を買い揃えたようだ。だから昭和30年代の初めである。おそらく数ヶ月分の収入に値する装置を父は「洋楽を聴く生活」を実現するために手に入れた。

2011-12-11 08:02:15
渡邊芳之 @ynabe39

若いときの父の写真というのはあまり残っていないのだが,その中には先に述べた「オーディオ装置」の前で誇らしげに仕事をする父,「ラビットのスクーター」の前に笑いながら立つ父,友人と共同出資で買った乗用車の前で笑う父と母,といった構図がとても多い。

2011-12-11 08:19:56
渡邊芳之 @ynabe39

他に多いのは旅行の写真。「働いてこんなものを買ったぞ」「働いて稼いだ金でこんなところへ行ったぞ」という「労働と消費の記録」がアルバムに並ぶ。少しするとそこに同じように「誇らしげに提示されるもの」として私や妹が現れる。

2011-12-11 08:23:30
渡邊芳之 @ynabe39

そしてカメラ。カメラそのものは「原理的に」写真に写らないわけだが,父は(そして私も)「新しいカメラを構えた姿を鏡に映して撮る」ということをする。オリンパスペン,キヤノンデミ,キャノネットなどが次々に登場する。

2011-12-11 08:27:12
渡邊芳之 @ynabe39

そうした写真に示されているのは「もう貧乏ではない自分たち」「下流から抜け出して中流になった自分たち」だ。これが昭和30年代から40年代,高度成長期の人々に広く共有された「人生」であったと思う。そして次に父と母は私たちに「自分たちは受けられなかった教育」を与える。

2011-12-11 08:33:33
渡邊芳之 @ynabe39

父の持っていたレコードはそんなに多くなかった。マントバーニやチャックスフィールドなどの「ムード音楽」,ナット・キング・コール,グレン・ミラーなどの白人ビッグバンドもの,そして「王様と私」などのサントラ盤。少年合唱のクリスマスアルバムもあった。

2011-12-11 08:44:16
渡邊芳之 @ynabe39

しかしいまや父と妹は私からの仕送りがなければ暮らしていけない状態だし,羽振りが良かった親戚たちもみな落ちぶれて生活保護を受けている人もいる。私たちもどうなるかわからない。

2011-12-11 09:04:07
渡邊芳之 @ynabe39

とはいえ父の世代やわれわれ世代はいい夢を見たし,とりあえずまだその夢の余滴で暮らしていける。しかし息子たちはいったいどうなるのか。

2011-12-11 09:04:43
渡邊芳之 @ynabe39

大学で働いていると,教え子たちにとっては「親世代と同じ生活水準を維持できる」ことが目標,多くの人にとってはそれも夢,という今の時代の実情がみえてくる。現状以下のものを得るためにも上の世代よりずっと努力しないといけない時代に彼らに何を言えるか。

2011-12-11 09:11:33
渡邊芳之 @ynabe39

せいぜい「余計なことはいわない」くらいのことしかできない。

2011-12-11 09:15:14