東浩紀『一般意志2.0』に対する與那覇潤氏の書評

與那覇潤（Yonaha Jun） @jyonaha

【読書】東浩紀『一般意志2.0』：TLでよく拙著も並べ読みしてもらっている話題作をやっと。「これぞ新しい民主主義！」から「要は政治家がニコ生出ろってだけ」まで賛否両論のようだけど、個人的には「近代西洋思想の盲点を現代の情報社会から明らかにする思想史の本」として読むのが面白いと思う

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ルソーの一般意志を「カント的な意味での『理念』」（p40）と解して、「実在はせず理論の上でのみ要請されるもの」の系譜に置くのが西洋思想史のオーソドクスだが、著者はむしろ「本当は実現したかったが当時の技術では出来なかったので、トラウマになったもの」と捉える。それでフロイトに行くわけ

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で、「一般意志が実現できないトラウマ」は、情報技術の進化によってかなり解消された、と主張する。これまでは実現できないので、それを無理やり仮託する「超人間的な特異点」（p90）＝全能の立法者を夢想してさらに症状をこじらせたわけだが、もうツイッターの流れが一般意志だと割り切ろうよ、と

與那覇潤（Yonaha Jun） @jyonaha

著者自身もTWで述べてたと思うけど、この「近代思想が仮構する特異点は本当は実在しない」式のポストモダンはもういいから、特異点自体を不要にしちゃおうよ、とは『存在論的、郵便的』以来の主張で、今作のヘーゲル／ネットワーク的社会の対照図（p228）も、たぶん前著のクラインの壺批判の系譜

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逆に前著と違うのはデリダに冷たいところで、相対主義の徹底に倫理を見出すデリダや柄谷ではなく、ローティが社会設計に使えるのだ（p206）、とする。その理由は、ローティだけが想像力や共感という形で（p210）、「結局意見って人それぞれだよね」を乗り越えるオルタナティヴを明示したから。

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実はこれ、岸本・宮嶋『明清と李朝の時代』（p176-178）が社会契約論に対比した、東洋版近代思想としての陽明学に近い。ホッブズのように「人間の本質はエゴだ」を前提に西洋人が近代を作っていたとき、中国人は「人の本性は『赤子の心』＝母親を求める純真さだ」と真逆のことを説いていたわけ

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これは『一般意志2.0』が「社会契約論」の中でも、ホッブズ＆ロック組とルソーの分岐として、社会成立の契機を「私欲・私権の相互制限」に求める前者に対し、後者が「他者への憐れみ」を中心とした点とも重なる（p123）。秩序は合理的な損得勘定でなく、情緒的な共感によって生まれると見るわけ

與那覇潤（Yonaha Jun） @jyonaha

そう考えると現在のネット社会で露呈している問題は、合理主義と「啓蒙」のプロジェクトに乗っかった西洋近代に対する、その下で抑圧されてきた東洋近世の報復としても見れるわけである。著者は、西洋近代的な通念を逆転して、「本能で理性を」「感情で熟議を」抑制せよと説くが…（p212、222）

與那覇潤（Yonaha Jun） @jyonaha

これって、中国では朱子学に対する陽明学への叛乱として起きたことのアナロジー。「修養すると徳が身につく」と説く前者を、「ピュアな心のままでいる『愚夫愚婦』こそが道徳的」と攻撃したのが後者。で、そうすると今のネット論争と同じで「『愚夫愚婦』でいいから多くRTされた方が勝ち～」となるw

與那覇潤（Yonaha Jun） @jyonaha

「行為の正しさは道学的モノサシを外から当てることによって計られるのではなく、すべての人が自然発生的に同じ行動をとるということのなかに証明されざるをえない」＝「民衆の真情あふるる行動とそれに遅れをとる知識人という…構図」が明末陽明学だ、とは岸本美緒『明清交替と江南社会』p73の言。

與那覇潤（Yonaha Jun） @jyonaha

東氏自身も本文では「ツイッター民主主義」（p217、222）を相当持ち上げてるが、震災後はそのまま刊行するか相当不安になった、と序文で補っている。自分がTW始めたのは3月末だけど、実際「専門家なんて信用できない！切実な不安を抱えた庶民の声こそ真実！」式のRTはいっぱい見たしなぁ…

與那覇潤（Yonaha Jun） @jyonaha

…なので、以前 @maldroll さんだったかな？に「民主主義2.0って中国化じゃないのか」的な@ をいただいたような記憶があるのだが、たぶんよかれ悪しかれそうなると思う…というところまで考えておけば、たぶん明日の「気になる本紹介」のお仕事も乗り切れそうだから、そろそろ帰ろう…