映画よもやまばなし　５回目　21世紀初頭のイーストウッドの荒みについて　＜後編＞

榎本憲男★『サイケデリック・マウンテン』絶賛発売中！！！ @chimumu

0.はーいchimumuだよー。今日は先日つぶやいた「21世紀初頭のイーストウッドの荒みについて」の後編をつぶやきます。前編はhttp://togetter.com/li/21640　にありますよ。

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1.イーストウッドは先日つぶやいた通り、いまや押しも押されぬ大監督。けど、ちょっと前まではそうじゃなかった。80年代から90年代にかけては日本じゃワーナーブラザーズのお荷物みたいな印象が強かった。新作も単館公開になったりで、あんまりな扱いもされてた、なんてことも思い出してしまう。

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2.イーストウッドの変なところは、作風がアートに寄っていくと興行成績が上がり、大衆向けのジャンル映画は低迷する。通常だとこれは逆だ。黒澤明も北野武もゴダールもジャンル映画寄りの作品の方が数字は上がる。ただ、イーストウッドはジャンルから逸脱すると評価も数字も上がるんだ。

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3.とにかく、ダーティー・ハリーのヒットによって経済的な安定を獲得したイーストウッドのマルパソ・プロダクションは着実に映画作りを推し進めてきたが、ビジネス的にはあまりぱっとしなかった。それに映画そのものも本国アメリカでは批評の対象として熱心に語られなかった。

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4.そんなイーストウッドのイメージが一変したのは、1992年にアメリカで公開された『許されざる者』からだ。アカデミー賞作品賞他の４部門を獲得した。しかも西部劇という古巣のジャンルで。

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5.西部劇でアカデミー賞を獲ったということに注目したい。アカデミー賞は実は西部劇に冷たいという歴史があり、ジョン・フォードも西部劇では受賞していない。また、西部劇は、映画史的にはサム・ペキンパーの『ワイルド・バンチ』で終了したというのが通説になっている。

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6.「最後の西部劇」の後に西部劇を撮るということは、西部劇をある程度批評的に撮るということになる。このジャンルからのズレ（逸脱）がアカデミー賞に繋がったんだと思う。ん、そもそも西部劇ってどんなジャンルなのかって？　じゃあ、そもそもジャンルってなんなのさってことから、話そうか。

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7.まず、ジャンルとは何かというと、それはハリウッドが編み出した映画の型だ。映画が出来たばかりの時代にはジャンルという概念はない。その後、商売の為に色々と映画を分類して、こういうタイプの映画がこういう具合に受けるぞという具合に区別していった、そのフォーマットがジャンルです。

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8.そして、西部劇というのはかなり初期の段階からあるジャンルだ。そしてこれはアメリカ独特のジャンルなのであります。フランスの映画評論家アンドレ・バザンは西部劇を「とりわけアメリカ的ジャンル」と言っている。

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9.アメリカ史の研究家、フレデリック・ジャクソン・ターナーは、「アメリカ史におけるフロンティアの重要性」において、西部フロンティア（辺境地帯）がアメリカの明確な国家的性格を形成するのに極めて重要な影響力を持っていた、と書いている。ん、難しい？

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10.まあ、簡単に言ってしまうと、西部劇の後ろにはフロンティアスピリッツというアメリカの精神が常にあるということかな。アメリカ史のストーリー化という役割を西部劇は担っているということだね。

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11.そもそも、ハリウッド映画というのは、アメリカという大きなビジョンを読み解くための小さな物語であるということもできる。急にややこしいこと言ってごめん。いったん忘れてくれていいけど、この話はあとで蒸し返します。

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12.で、西部劇というのはジャンルだ。ジャンルであるということは「お約束」があるということだ。例えば、時代はだいたい西部開拓時代に設定される。これは1865年から1890年頃までだ。地理的もミシシッピ川からカルフォルニアの海岸までに限定されている。

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13.もちろん例外はある。『脱獄』の舞台は1960年代だし、『モホークの太鼓』は東部が舞台だ。いや、そもそも西部劇の第一作『大列車強盗』もニューヨーク郊外で撮影されている。けど、大きな視野でみればこれらは例外です。

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14.で、『許されざる者』なんだけど、これは西部劇であってもはや西部劇でない、いやしかし、やはり西部劇であるというジャンルの逸脱において傑出した作品になっている、とても風変わりな傑作だ。そして、作品の背後にあるアメリカの影は非常に薄い。というか亀裂が生じているとでも言おうか……。

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15.えーと、ややこしいので整理します。西部劇というのは、開拓時代、アメリカが国家としてユナイトする過渡期の時代のアメリカ西部にフォーカスしたアメリカ史の物語化であり、それ故、背後にはアメリカが透けて見えるのが通常だが、『許されざる者』ではそれが崩れかけている、と言いたいのです。

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16.『許されざる者』でのイーストウッドの役どころは、かって非道の限りを尽くした無法者だが妻のおかげで真人間になり、今ではワイオミングで豚を飼い、娘と息子と三人で慎ましい生活をしている男だ。その妻とは数年前に死に別れた。

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17.物語は、街の娼館から始まる。荒くれ牧童二人が、おちんちんが小さいと笑われたことに腹を立て、娼婦の顔を切りつけてしまう。そこに保安官（ジーン・ハックマン）がのっそりやって来て「じゃあ、馬六頭を払え」と沙汰を出す。この沙汰に娼婦達が「微刑にすぎる、許せない」と怒る。

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18.怒った娼婦達が金を出し合い、牧童二人に賞金をかけ、若造に誘われたイーストウッドが仲間を連れて街にやって来る。若造がイーストウッドを誘ったのは彼が極悪非道で人殺しに慣れていると信じているからである。が、今や昔の面影はなく、ちょいと先の空缶さえ命中させられない有様なんだが。

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19.西部劇というジャンルは二つのことで批判されることがある。一つはインディアンの扱い、そしてもう一つは女性の描き方が類型的でご都合主義的だということで。この映画の女性（娼婦達）の描き方はかなり例外的だといえる。

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20.で、この『馬 六頭』という刑の重さだが、本当に不当だろうか？　たしかに被害者側からすると気が済まない沙汰かも知れない。しかし、もともと法というのは被害者の気を晴らすためにあるものじゃない。法が被害者に「気は済まないかも知れないが、我慢しろ」ということはよくある。

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21.しかし、西部劇の舞台には完成した近代国家はない。その代わり保安官という人格が司法を代行するというのが西部劇ならではの設定なんだ。無法と文明化の過渡期に保安官がいるわけだね。

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22.一方、この加害者達の牧童ふたりも、とりわけ極悪人として描かれている訳ではない。特に従犯の牧童（こいつは馬２頭）は相当に反省しているらしく、一番いい馬を特別に被害者の娼婦にやろうとする。彼は『ダーティハリー』の犯人とは違う。しかし、娼婦仲間からは許してもらえない。

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23.また、彼を狙う主人公のイーストウッド達は、保安官の沙汰に憤っているわけじゃない。『七人の侍』のように雇い主（農民）にシンパシーを感じているわけでもない。とりあえずは金稼ぎだ。そして、一応は罪を償ったことになっている二人の牧童を殺す。

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24.で、イーストウッド達が牧童を殺すシーンなんだが、ここには西部劇ならではの「対決」の見せ場がまったくない。遠くから狙撃して無抵抗な牧童を殺すという具合である。完全に「お約束」違反。代わりにあるのが、殺人に対する逡巡だ。ここがすごい。