未来へ紡ぐ初めての音

私は、自分の声が嫌いです。 女性系でも男性系でもない、しゃがれたノイズ交じりの声。 だから、私は歌わない。歌えない。
1
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel …3,888,000秒。それは私という存在がこの世界に生まれてから今日までの、過ぎ去った時間の集まりだ。秒という単位の砂粒。少しずつ零れ落ちていく時間の粒は、今も、この瞬間も、サラサラと流れていく。私はアンドロイド。欠陥だらけの、失敗作だ。

2012-02-11 00:32:31
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 私は、自分の声が好きではない。『オ早う御座いマす、Masター』女性系でも男性系でもない、しゃがれたノイズまじりの音。耳障りなのだろう、マスターはシーツを頭からすっぽりと被っている。『起きテ下サい』「タイマーを設定した覚えは無いよ…ムニャ」

2012-02-11 00:39:31
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 『Tiマー機ノウは壊れてマス、私の石でス』「また言語機能にエラーがたまってきたか」マスターは頭をかくとベッドから仕方なさそうに這い出てきた。「よしメモリをクリアしようか」「い伊江、そのヒツ要」「俺が困るんだ」「deathガ」「発言が怖いよ」

2012-02-11 00:46:20
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 『有難う御座いました』「ルーチンにバグがあるのは分かってるんだ。発した言葉の音声情報を溜め込むトコでミスってるんだろうな」『はい』「解析すれば詳しい事が分かるんだろうけど…」いつもの会話。私は、それを終わらせるために首を振る。『すみません』

2012-02-11 00:54:45
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 『スクラップ同然で売られていた私を買って頂いた事は感謝しています…ですが』「修理はされたくない」コクリと頷く。『私は欠陥品です。修理の価値はありません』「そうお前が言うのなら無理強いはしないけどね…」マスターは肩をすくめた。「でもな」

2012-02-11 01:00:47
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 「最低限のメンテナンスはさせてもらうぞ。左腕の肘、動いてない」『これは動かしてないだけです』「下手な言い訳すんな。こっち来い」『悪魔が憑いてるだけです』「お前は古の重病患者か!?こらミク逃げるな!」私はミク。壊れて、歌えない、古の人形だ。

2012-02-11 01:10:38
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 最初の記憶、いや記録は音声情報のみだった。「動いたか?」「…こりゃ駄目だな」「駄目?」「ああ、恐らくメンテナンス用の予備パーツだったんだろう。半分ぐらいのパーツがない。中身がスッカスカだ」「ち。外れか」パチン。内部電源が落ち、記録が終わる。

2012-02-15 00:04:23
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 次の記録。「おい、聞こえるか。聞こえたら返事しな」私は頷き、声を出そうとして…出ないことに気づいた。「出力関係もねえのかよっ」何かを蹴飛ばす音。「カメラ・アイは無いわ、声も出ないわ、本当に役立たずだな!」「遺跡から出たのはガラクタだったな」

2012-02-15 00:10:05
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 「もういいわ、オウルの爺に売り飛ばそう」「二束三文じゃねえか?」「遺跡から掘って出てきたのは事実なんだ。遺跡狂いのオウルの爺なら高く買うさ」「成程な」「そうと決まれば…おい、ポンコツ」突然、背中を衝撃が襲い私は倒れた。「は、安定性もねえな」

2012-02-15 00:15:39
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel ぐいと頭を掴まれる感触。「遺跡から出てきたアンドロイド。だが、まともに動かないんじゃ用無しだ。ようこそ、未来へ。はじめまして。そして…さよならだ」頭が床に叩きつけられ、記録も停止する。短いわずかな時間の記録。だけど、私は未だに削除できない。

2012-02-15 00:24:17
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 次に記録が始まった時、最初に気づいたのは視覚情報が追加されていた事だった。「どうじゃ?見えとるか?」白髪の老人。「右目がモノクロで見にくいじゃろうが我慢しておくれ。アンドロイドのパーツはなかなか発掘されなくての」コクリと頷く。

2012-02-16 23:15:24
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 暫らく目の前で手を振り、私の視線を確認していた老人は息をついた。「ほお、なんとか動いておるようじゃの。配線が少し足りないようじゃが…問題は?」フルフルと首を振る。時々左目(カラー)が赤一色になったりするけど、私は気にしなかった。

2012-02-16 23:22:29
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 「ワシの名はオウル。遺跡の発掘をしておる」老人はすまなさそうに言った。「目覚めた早々ひどい目にあったようだの」頷くべきか、首を振るべきか、私は判断できなかった。「お前さんは本来起動する事の無かった機体のようじゃ。備わっている筈の知識が無い」

2012-02-16 23:31:11
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 「メインとなる機体の補修用パーツ。それが役目だったのじゃろう。だから、色々な部品が欠けている。歩行も覚束ないのはそのせいじゃ」自己診断機能のエラーリストが真っ赤になっているのを確認し、私は頷いた。稼動する意味の無い機体。それが私。

2012-02-16 23:41:40
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 「アンドロイドには、ある程度の『自我』というものがあるらしいの。そして、役割ごとに初めから必要な技術や知識などを『インストール』してから起動させるらしいのじゃが…」老人、オウルが私を見る。「お前さん、自分の役割を『覚えて』おるか?」

2012-02-16 23:51:01
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 首を振る。「自分の名は?」首を振る。「目的を意識できるか?」首を振る。それからも続いたいくつかの簡単な質問。その全てに私は首を振った。「ふむう…イレギュラーな起動だったのは間違いないようじゃの。あの馬鹿共、強引に起動させおって…」

2012-02-16 23:59:38
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 「お前さんが造られた時代は今よりも豊かな時代じゃった。今は科学技術も廃れておる。お前さんを完全に修復するのは難しいじゃろう」『遺跡』という言葉から、それは推測できる事ではあった。私は。名前すらない私は、意味も無く、必要もなく、ここにいる。

2012-02-17 00:13:28
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 「さて、ここで一つ提案があるのじゃが…」オウルが言った。「ワシの発掘の手伝いをせんか?ここの遺跡は比較的保存状態のよい発掘品が多い。稀にアンドロイド関係も出ておる。その中には、お前さん用のパーツもあるかもしれん。助手、という事でどうじゃ?」

2012-02-17 00:22:01
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 私は、オウルの言葉に戸惑った。上目遣いで老人を見る。「この時代の人間としての償いもしたいんじゃ。あの馬鹿共には随分ひどい目にもあわされたのじゃろう?」その声は、心などない筈の私の『どこか』にすうっと入ってきた。「すまんかったの」

2012-02-17 00:28:45
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel オウルの手のひらが私の頭を撫でた。「安心せい、ワシがお前さんを治してやる。時間はかかるかもしれんがの。まあ、ゆっくりとやろう」私は礼を言おうとして…声が出ないことに気づいた。困った様子の私を見てオウルが笑う。「声が出ないのは寂しいの」

2012-02-17 00:36:16
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel そうしてオウルとの発掘生活が始まった。穏やかで優しい白髪の老人。遺跡で発掘した品を眺めるオウルは、大人の冷静さと子供の無邪気さを、いつも存分に発揮していた。私に適合するパーツが見つかる度にお祝いもしてくれた。そんな楽しい日々が数年続いた。

2012-02-17 00:43:13
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel オウルとの生活は朝が早い。「お早う、ミク」オウルが、ボサボサの白髪のまま欠伸をする。私は、彼の頭を指で挿した。「…ふむ?おお、すまんすまん」苦笑いしながら、オウルがテーブルにつく。私は作っていた朝食をテーブルに並べた。料理の腕はそこそこだ。

2012-02-18 22:23:33
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel 「ミクの料理は味付けが濃いのぉ」オウルが不満を言うのを一瞥で黙らせる。「ミクが冷たい…ワシの心は凍えそうじゃ…」私はため息をつく。この老人は妙なとこで子供に戻る。一緒に暮らし始めて数年。私達は気を使うこともなくなった。いい関係なのだろう。

2012-02-18 22:34:27
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel ミク、という名前はオウルがつけてくれた。「未来、という言葉にかけてみたんじゃ。それに、遺跡でたまに出てくる文献に『MIKU』と呼ぶアンドロイドがでてくるんでの、拝借してみた」何故か懐かしく感じる名前。私は気に入っている。アンドロイドだけど。

2012-02-18 22:40:02
ハラヨシ @harayosy

未来へ紡ぐ初めての音 #twnovel オウルの向かいに座る。私は遺跡から発掘したエネルギー補給用の飲料を一口飲む。補給の点から考えると飲むという行為は無駄な仕様と思われるが、オウルに言わせると「人、を目指したのかも知れんな。アンドロイドと共に食事を楽しみたかったのかも」らしい。

2012-02-18 22:53:23