両親の離婚を経験した子どもの気持ち
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大学生活最後の春休み、私はいきさつや気持ちを伝えました。私にとって母親も父親もたった一人の親であり大切な存在。どちらかを選ぶなんて出来ない。
2012-04-10 01:57:03女でひとつ、私を育ててくれて感謝しているし、愚痴を聞くことぐらいしかできなかったけど、もっと前を向いて欲しかった。楽しいこと、好きなことを見つける努力をしてほしい。
2012-04-10 01:59:53私はお母さんの所有物ではない。私にも感情はある。自分のしたことは間違っているとは思わない。子供が好きに両親に会うのは当然のことだと思う。
2012-04-10 02:04:00そう伝えると母親は『あなたが父親に会ってることは薄々感じてた。急にお金の羽振りがよくなったり、友達との予定が増えたり…父親に会いたい気持ちは子供なら持って当たり前だけど、どうして今なの?!』
2012-04-10 02:07:21あなたはまだ学生で私が管理しているのに、ずっと騙してたんだね。どんな気持ちで会ってたの?お母さんの気持ち考えなかった?こんな形で裏切られるとは思わなかった。あの日もどうせ会ってたんでしょ?お金もあの人からもらってるんでしょ?
2012-04-10 02:10:17あの人(父親)が許せない。私だったら大学に手紙なんか出せない。子供に連絡なんて取れない。あの人が私たち3人(母、兄、私)の関係を狂わせたんだ!祖父が病気だとかあんた(私)の優しい性格知ってて気を引いて卑怯だ!
2012-04-10 02:13:27母親の父親に対する憎しみは止まりませんでした。その憎しみを私にぶつけました。しかし私も負けじと反論しました。父親に会ったのは私の意思。離婚してもそんなに父親にとらわれてるから苦しいんだよ。そこをまず認めてほしい。
2012-04-10 02:16:33何度そう言っても私の言葉はいっこうに母の耳には入らないようで、母の言葉は支離滅裂、都合が悪いと論点をすり替え、泣きながら『あなたが変わらない(父親と会うのをやめない)なら、お母さんが変わるから。
2012-04-10 02:20:06ここまで来ると私はもう呆れて言い返す気力もなくなりました。そして『ここの鍵も返して。あなたが帰るうちはもうここじゃないんだから』と言われ、次の日の朝、荷物をまとめ私は家を出ました。
2012-04-10 02:24:11間違ってません。ましてや父親が会ってくれる優しいさがあるのですから。@asaharu0710: 私はお母さんの所有物ではない。私にも感情はある。自分のしたことは間違っているとは思わない。子供が好きに両親に会うのは当然のことだと思う。"
2012-04-10 10:08:00卒業後、横浜での生活が始まりました。偶然にも兄も横浜で働いておりました。何度か会いたいと連絡したのですが濁され、だんだんと兄からの返信はなくなっていきました。
2012-04-10 19:25:15慣れない都会、就職先で受けるセクハラ・モラハラ…私は引っ越してすぐに身体を壊しました。胃腸炎、不眠、悪夢…病院に行きましたが異常はなく、精神安定剤を処方されました。
2012-04-10 19:27:29どうしようもなくなった私は母に連絡しました。母との関係や今の状況がつらいと気持ちを伝えました。しかし、母には『社会なんてみんな厳しいんだ。甘えるな。あなたが私を捨てて父親を選んだんだから父親を頼ればいいじゃないか』
2012-04-10 19:30:39こんなことを言われ、まともな会話は出来ませんでした。私のことを話していても、最終的に母が『裏切られた』とゆう話になってしまうので埒があきませんでした…。
2012-04-10 19:32:30父親は全てのことを理解してくれていて、もちろん私と母親の関係が修復されるのを望んでいました。父親は私と同じく、母親も父親も一人しかいないんだから会って当然だとゆう考えでした。
2012-04-10 19:35:02体調不良が精神的なものだと感じた私は、職場をやめました。実家に帰るとゆう選択ができるのならそうしたかった……しかし今の私にはもはやその選択はありません。
2012-04-10 19:37:08母親の家は言うまでもなく、父親だって再婚し新たな生活をしている中今さら私が入れないと思いました。元々お酒が好きだったのもあり私は近所のスナックで働くことになりました。
2012-04-10 19:38:48ここでは様々な経験をしました。オーナーが娘のように可愛がってくれました。様々な人と出会い話を交わすことで、私の心は少しずつ安定していきました。
2012-04-10 19:41:14それともう1つ。私には心の安定剤がありました。彼(現旦那)の存在です。彼とは遠距離でした。彼は毎日電話で嫌がることなく私の話を聞いてくれました。
2012-04-10 19:43:18そして、スナックの他に新たに昼間の仕事も始め、それなりに忙しい毎日を過ごしていました。そうしてくうちに、母親とは時間が必要だと気付きました。
2012-04-10 19:45:58意地っ張りな母親はそうすぐには変わらないだろうし、更年期障害のような症状があったのでなおさらでした。定期的に短いメールや手紙を送りました。
2012-04-10 19:48:27返事はないことがほとんどで、あっても『ありがとう。』のひとことかまた長々と『あんたは父親を選んだんだから』『裏切ったのになんで連絡してくるのか』などの嫌味な内容でした。
2012-04-10 19:50:50しばらくして、彼と私の住むアパートで同棲することになりました。毎日たわいもない話をしながら楽しく過ごしました。母親とのことが常に頭にありましたが、余裕を持って考えられるようになりました。
2012-04-10 19:54:53変な言い方ですが、母は母、兄は兄の思いがあって、立場が違うからそれぞれ別の考えがあって当たり前。母親は一人で必死に私を育ててくれた中、自分の嫌いな父親に会われてたらそれはおもしろくないよな、と母親に同情すら感じました。
2012-04-10 19:58:04