セカイ系、かわいい、カント/ハイデガー/アレント、など。
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で、その上で考えるべきことは三つ。第一は、宇野さんのように、特定のセクシュアリティの偏りをもった狭義のセカイ系の病痕学に集中すること。第二に、広義のセカイ系を、そもそも古くからある哲学的・芸術的欲望の系譜においてきちんと再解釈すること。
2009-12-28 04:47:53そうなんだけれども、そんなカップリングへの安住を乱すチャンスを問いたいわけですね。RT @JunKushita @masayachiba ハイデガーはアーレントと、キルケゴールはレギーネ・オルセンと、そしてカフカはフェリーツェ・バウアーと、セカイ系を形成することを願っていた。
2009-12-28 04:55:23@masayachiba 僕と君、じゃなくて、僕と僕の差異(自己触発?)から始まる世界構造にしちゃえば、いいわけでしょう。受動性の問題もこの種の差異に関するものだし。
2009-12-28 04:44:56@masayachiba ハルヒはヘルダーリン的だとかなんだとかねw 言えないこともないという。これはきちんとしてない接合だけど。<そもそも古くからある哲学的・芸術的欲望の系譜においてきちんと再解釈
2009-12-28 04:51:56@masayachiba リビドーの動的編制の問題もまた再浮上するんじゃないかな<セクシュアリティの偏りをもった狭義のセカイ系の病痕学に集中すること。
2009-12-28 04:54:52@masayachiba カフカのフェリーツェへの手紙魔っぷりとかね。デリダの『絵葉書』っておそらく、カフカのストーカーめいたあのラブレターが念頭にあるように思う。ほとんどコメディな手紙なんですが。
2009-12-28 04:58:01@JunKushita 現存在分析を放棄して、存在そのものから出発するというケーレ以後のアプローチを好意的に読むなら、そうも言えるでしょう。しかしハイデガーに真摯な他者論があったのかどうかはやはり疑問だと言わざるえないと思います。ハイデゲリアンとしては反論があるかと思いますが。
2009-12-28 05:14:26第三に、セカイ系においてスルーされている「中景」すなわち社会性・歴史性の次元を、そもそも(広義の)セカイ系である哲学と芸術においてどのように扱うのかをよくよく再検討すること。もちろんアーレントやハーバーマスやローティなどがそういうことを考えているわけですが。
2009-12-28 04:49:39@ttt_ceinture そういうことなんですよ。実存論的な解釈学的循環ってそういうことでしょうww
2009-12-28 04:44:35ドイツロマン主義なんてセカイ系以外のなにものでもないですw RT @masayachiba: そういえば、このあいだフランス大使館シンポジウムで、僕と池田くんがある種の「セカイ系宣言」をしたけれど、ユルく言ってしまえば、哲学と芸術が、広義のセカイ系であるというのはそうだと思う。
2009-12-28 04:41:51@ttt_ceinture 自己触発によって生成するセカイは、いわゆるセカイ系よりもさらに激化した「カタカナ度」をもったセカイ系であると言えましょう。ドゥルーズが執着した無人島への移住です。無人島と一体化して、そこで他者ならざる他者を歓待するような境地です。
2009-12-28 04:51:57@masayachiba たしかにあそこに中景的な社会はどこにもないな。デフォーって当時のイギリス経済と関係があるらしいけど、むしろ中景から再読解してみたいって気分が。<ドゥルーズが執着した無人島への移住です。無人島と一体化して、そこで他者ならざる他者を歓待するような境地
2009-12-28 05:00:21@masayachiba まだ見てないんですがこの前のフランス大使館での争点はそこだったらしいですね<カイ系においてスルーされている「中景」すなわち社会性・歴史性の次元を、そもそも(広義の)セカイ系である哲学と芸術においてどのように扱うのかをよくよく再検討
2009-12-28 04:53:30@ttt_ceinture そうなんです。濱野さんは、大文字でも小文字でもない、ある種「中規模」なスケールの歴史を生成維持することの可能性を、ウェブ技術との具体的な関係で考えていました。中文字の歴史?ww
2009-12-28 04:57:04@masayachiba あ、それは面白そう。たんに実証主義的でもなく、ハイデガーの言う歴史でもなく、ミクロヒストリーでもなく、何らかの「歴史」主義というのは今必要だと思う。<大文字でも小文字でもない、ある種「中規模」なスケールの歴史を生成維持することの可能性
2009-12-28 05:03:11なるほど、アーレントの「共通世界」という概念からしてすでに「中景」を取り込んだ哲学的/美感的言説空間という意味合いが込められているのかもしれない。彼女がプラトンやヘーゲル/マルクスの背後に見ていたものはまさに「アーキテクチャ」だものなぁ。
2009-12-28 05:02:23アーレントがいう「公共空間」はまさしく中継の必要性を言う論ですよ。レヴィナスが存在論よりも根底的なレベルに倫理学を立てるとしたら、アーレントは存在論よりも根底的なところに政治学を立てる。前者では、セカイの終わり(終末論=エスカトロジー)。後者では、世界の半ばでのaction。
2009-12-28 05:05:51@masayachiba そういえば、ガタリブームにつなげると、ガタリの『カフカの夢分析』面白いですよね。読んでるうちに「『絵葉書』につながるんちゃうの」と思えてくる。杉村の「ネグリにあってのスピノザが、ガタリにあってのカフカで、重要」には、「いい話だ、これは流行る!」と思った。
2009-12-28 05:05:06@ttt_ceinture なるほど!まだ僕はあの夢分析をちゃんと読んでないんですよ。急いで読みます。『アンチ・オイディプス』草稿では、統合失調症の患者にカフカの筆写をさせたとか、カフカへのこだわりが色々と証言されています。なるほど、Carte postaleにつながるのか。
2009-12-28 05:07:52@masayachiba そんなにまとまった論でも本でもないですけど、印刷(press)として機械が登場し、手紙と夢の関係が語られ、夢のなかで手紙が配達間違いがおきるとか、そういうところにガタリは執拗にこだわってて、「何この『絵葉書』世界。面白」ってなりますよ。
2009-12-28 05:13:06