ドゥルーズ は おもしろそうに わらっている!!
- L_O_Nihilum
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できた「種」としての属性は、それこそ、ライプ兄のモナド発生の如く、「もっと萌える姿を」と新たな衣装、職業、等々を与えるチャンスとして働く。つまりそこからさらにタグが、属性が、進化、多様化し、さらに新たな属性を生む。
2012-05-26 21:18:38想えばコナミのビーマニの楽曲の多様性は中心の喪失にあると思ってみたり―――ZUN的(古典的ゲーム世界観)という中心を喪失したからこそ各人各人が自由に音楽を作り、その音楽のあつまりが音ゲーを構成する。
2012-05-26 21:22:27このやり方は「BMS」というかたちでネット音楽家たちに持ち込まれ、このBMS関わりの人たちから多くの電子音楽家が輩出、のちのボカロに繋がってる。それこそドゥルージックにでっかくなってくリゾームモデル(で、その内にあるアメーバーがクラスタを馬鹿に強固にしている)
2012-05-26 21:23:42御宅の妄想…エフヤマダ。御宅は「萌え上がり」、「萌え」る。「妄想」する。固定されたコンテクストからキャラクターを抜出し(≒ゴースト化)し、生成変化を与えていく、種からの脱出を与え続ける…多様な他者との妄想の差異を嗜む。
2012-05-26 21:29:40エフヤマダ「オタクという存在者の能力の側から捉えねばならない。」(ドゥルーズも差異を興す能力の側から分類するという構造主義である)。その能力とはエフの場合、妄想の能力、想像力の力のほうである。「何を見ているから御宅」という捉え方ではない。
2012-05-26 21:30:45この点では岡田も同じであるし、エフが岡田に反対するのは、その「能力」が違うからである。僕にしてみれば、どちらも立派な、能力肯定的な御宅である。
2012-05-26 21:31:23多様な妄想の差異を嗜み、妄想を研鑽すること。 http://t.co/tbUdJAIC エフヤマダのここでの「妄想の共有可能性について」を参照。あと注意、彼は哲学者ではないので哲学にするときはこちらの付け加えが必要だ。だが言ってることは確かだ。
2012-05-26 21:33:14此処で彼が「オタクは妄想を共有可能でなければならない」と言ってるが、これは新たな妄想の型やお約束を立てること、お約束から外れた妄想をトライすることと矛盾しないと思う。てか、そういう「お約束」(即ち物語の分化、現実化した種)を差異化させることをも妄想するんだから。
2012-05-26 21:34:26それをリゾームに、受け入れつつ共有しつつ鍛えていく「少なくとも、刃は常に砥いでいなければならない。事あらばすぐに自分の妄想を引き抜いて戦える、という覚悟こそ、オタクのもつべきものである」(エフ)。まさにリゾームな他者との妄想こそ彼の妄想論である
2012-05-26 21:35:15僕がはるさんたちに惹かれたのはそのためだったりです。あとそのさいは、あずまんもうのたんもむらかみんもキャラクターにして、本人の文脈から斬り出してキャラクターにして妄想に持ち出しちゃってみてこそ御宅の本網かもしれんw。
2012-05-26 21:37:53http://t.co/7g4bxtBw ためしに、そんな感じでこの彼のブログを読んでみるべし。そして、彼を批判しつつ彼に却って見るべしw。
2012-05-26 21:41:15ぐるぐるが、ちがう。ちがうが、ぐるぐる。ぐるぐる、ぐるぐる、ちがうあめ。ぐるぐる、ぐるぐる、ちがうかぜ。ぐるぐる、ぐるぐる、ちがうくさ。 みみをすますと、きれいだね
2012-05-26 21:43:01