山本七平botまとめ/『”員数主義”に陥り易い日本人』~「不可能命令」とそれに対する「員数報告」で成り立つ”虚構”の世界~
- yamamoto7hei
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26】対空火器は高射砲が三門だけという淋しいものだ……これが日本の運命をかけたネグロス空の要塞の正体である……」だが、慰安所だけは、”員数”でなく、完備していたらしい。
2012-05-28 15:27:1827】「ネグロスには航空荘といって、航空隊将校専用の慰安所(日本女性)兼料理屋があった。米軍が上陸する寸前、安全地帯にこの女たちを運んでしまった。……これがネグロス航空要塞の最後の姿だ」
2012-05-28 15:56:5628】なぜこうなったのか。それは、自転する”組織”の上に乗った「不可能命令とそれに対する員数報告」で構成される虚構の世界を「事実」としたからである。日本軍は米軍に敗れたのではない。米軍という現実の打撃にこの虚構を吹きとばされて降伏したのである。
2012-05-28 16:27:0729】それを何よりも明確に示すのが、「無条件降伏か本土決戦か」が論じられた最後の御前会議と、あの”聖断”である。~略~以下に記す事は多少誤差があると息われるが、巷間伝えられる”聖断”には、私から見れば、最も重要と思われる点が欠落しているので、以下にそれを略記しておく。
2012-05-28 16:56:4330】本土決戦を主張する阿南陸相は、既に戦備は完了し、九十九里浜の陣地も完成しているから、ここで米軍に一撃を加えるべきだと強硬に繰り返す。降伏・決戦の論議が平行線をたどって決着がつかず(続
2012-05-28 17:26:4231】続>鈴木首相が天皇に”聖断”を乞うた時、天皇が言った決定的な言葉は、侍従武官を派遣して調べさせたところ、九十九里浜には陣地などはない、という意味の言葉である。この言葉はおそらく、小松さんの「ネグロス航空要塞などはない」という言葉の「ない」と同じ「ない」であろう。
2012-05-28 17:56:5832】そして大本営にとってネグロス航空要塞が「あった」如くに、阿南陸相にとっては九十九里浜の陣地は「あった」のである。結局これは「員数としてはあるが、実体としてはない」という事であり「実体としてはない」と言われた時には、降伏しかないという実情を示した事にほかならない。
2012-05-28 18:26:4333】そして米軍の攻撃は常に員数という虚構を吹きとばして「実体としてはなにもない」事を指摘し続けただけに等しい。そしてこの員数主義は、銃火による指摘をうけるまでは誰も気づかない程徹底し、麻痺し、常識化し、それが軍隊なるものの当たり前の状態だと全ての人が思い込むまでになっていた。
2012-05-28 19:48:0034】私もその一人なのである。~略~麻痺した私はS中尉の「戦争は員数ではない」という言葉を耳にしても、「今更そんなこと言ったってしようがないでしょう、軍隊とはそういうところなんだから」と内心で思っただけである。
2012-05-28 19:26:3935】一体、この員数主義はとこから来たのであろうか。これが日本軍の宿痾であった事は、各人が身に沁みて知っていたので、前述のように、収容所でも話題となった。「おかしいよナァ、実戦なんだから。軍隊だけは、絶対に員数主義があってはならんはずなのだが……」
2012-05-28 19:56:5336】なぜこうなったのか。ある人は、陸軍御自慢の委任経理(実費経理でなく、一定金額を委任して、やりくりをさす経理方式)がその元凶だと言い~略~またある人は、陸軍創設時に原因があると言った。
2012-05-28 20:27:2437】当時の日本人は、当然のことだが、国という意識より藩の意識が強かった。従って「国軍」という意識が希薄なので「殿様の密命で武器を横流しする」恐れがあった。また西南戦争、竹橋騒動なども、これに似た危惧を抱かせた。
2012-05-28 20:57:1138】小銃に菊の紋章を刻印し、これを家紋つきの「天皇家所属の兵器」と明示し、また「兵器は神聖なり」として、徹底した員数管理を行なった理由はそこにあると。そういうこともあったかもしれない。だが「兵器管理の徹底化」そのものは「厳密なる棚卸し」同様、別に悪いことではあるまい。
2012-05-28 21:27:1439】少なくとも、米軍のように、兵器横流し事件が頻発し、それがギャングの手に渡るよりも立派である。確かに帝国陸軍には多くの欠陥があったが、兵隊が小銃を売りとばして一杯飲んでしまったといった事件は、おそらく皆無であろう。
2012-05-28 21:57:2440】だがそのことと、それが員数主義という形式主義に転化していくこととは、別のことであり、この主義の背後にあるものは、結局、入営したその時に感じたこと、「二個大隊」と言わず、「近衛野砲兵連隊、一個大隊欠」と言いたがる一種の事大主義的発想ではなかったか。
2012-05-28 22:27:0941】そしてネグロス航空要塞も九十九里浜の陣地も「ある、しかし99%欠」だったということであろう。そしてこれが、すでに消滅した日本軍だけのことなら、その原因を今更探究する必要もないであろう――彼らはバカだったのだと言えば、それですむ。
2012-05-28 22:57:5742】確かに軍隊は消え「五条の教え」は消滅したが「六条」は果たして消えたであろうか。自転する官僚組織の上に乗った大臣の、言葉の辻褄だけをあわせた国会の「員数答弁」、数字の辻褄だけを合わせた粉飾決算という「員数決算報告」、員数数字が貸借双方に増えていく両建て預金――
2012-05-28 23:27:0143】不可能命令と員数報告で構成する虚構の世界は、いたるところにあるのではないか。比島から帰ってある老舗のデパートに就職したKさんは、そこが大資本に無条件降伏したとき私に言った。
2012-05-28 23:57:1044】「日本軍と同じですよ。重役の不可能命令と下部の員数水増し報告で構成された虚構の世界が崩れたということでネ。それだけです」と。そして旧軍隊そっくりの員数主義がそのままに出ているのが、昭和五十年の春闘共闘委の西野事務局次長の言葉である。
2012-05-29 00:26:3345】氏は動員数二十万が虚構の数字ではないかと記者に突かれ、それに対して「つまらんことを聞きにくるんだねえ。二十万人招集したわけだから、ま、二十万人集まったと発表した。ただそれだけのことですよ」と言ったと…記されている。一言でいえば「二十万、ただし何万人かが欠」なのである。
2012-05-29 00:56:4046】これが陸軍だった。「ネグロス航空要塞を造れと命じた。ネグロス航空要塞はできたと報告が来た。だから、ま、ネグロス航空要塞はあると言った。ただそれだけのことですよ」
2012-05-29 01:26:4747】「私的制裁は絶滅せよと命じた。私的制裁は絶滅したと報告が来た。だからない、と言った。ただそれだけのことですよ」であって、両者とも実数・実体は問題外としている。そして記録に残り、歴史に残るのはこの数すなわち「員数」なのである。それでいいのだろうか?
2012-05-29 01:56:4648】ある人は私に次のように言う。「今に日本は、国民の全部が社会保障をうけられますよ。ただそれが名目的に充実すればするだけインフレで内実がなくなりますからね。きっと全員が員数保障をうけながら、誰一人実際は保障されていない、という状態になりますよ、きっと。健保が既にそうでしょ。
2012-05-29 02:26:3349】高校全入も員数くさいし、大学も員数だけは増えてるけど、教育というその内実はネェ……。結局、すべてが日本軍なんですなぁ」 確かに「軍人勅諭五条の教え」は消えたが、「六条」だけは生き残ったらしい。
2012-05-29 02:56:4950】その基本にあるものの一つは、事大主義とともに前述の「目前の仲間うちの摩擦」を避けることを第一義とする精神状態であろう。
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