小話集4

小話まとめ。 過去の小話はこちら。 小話集 http://togetter.com/li/220756 小話集2 http://togetter.com/li/256563 小話集3 http://togetter.com/li/299787
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「卵」

森猫アキラ @Shinbyou_A

私は卵を温め続けている。いつ孵るのか、何が孵るのかも知らず。只それが私の体温を必要としているということが嬉しい。ある朝、卵にひびが入る。息を詰めて見守る私の目の前で白い殻が割れ、中から純白の卵が現れた。私は、何故かひどく安堵して懐にそれを入れた。……まだ温め続けていいのだ、まだ。

2012-07-30 20:30:56

「留守電」

森猫アキラ @Shinbyou_A

やっぱり留守電だ。あの喧嘩以来、彼女は僕の電話に出てくれない。ご用件をお話しください。留守電の語りは穏やかで優しく、僕はいつしかその声に恋をした。 たまらず呼びかける。君に会いたい。 「分かったわ。またやり直しましょ」 突如、愛しい声とは全く違う声を聞き、僕は叫んで通話を切った。

2012-07-31 20:50:36

「名刺」

森猫アキラ @Shinbyou_A

わたくしこういう者です、どうぞよろしく。振り子のように規則正しく頭を下げ、七万枚の名刺を配り終えた。椅子に座って一服し、ふと首に提げていた名札がないことに気づく。ああいけない。私はまだ自分の名を覚えていないのだ。会場の七万人が去っていく。七万の私の名が、拡散し、薄れ、消えていく。

2012-08-01 21:14:35

「凶器」

森猫アキラ @Shinbyou_A

こりゃ酷い、と現場に現れた警官は呻いた。被害者の体は道路に、首は草むらに転がっている。凶器は何だ、恐ろしく鋭利だぞ、ギロチンにでもかけられたようだ。空き地で集会中だった猫は見ていた。昨晩、三日月がうたた寝して空から滑り、不運な被害者に激突したのだ。今夜の月をご覧、随分と赤いから。

2012-08-02 20:50:02

「夢の食卓」

森猫アキラ @Shinbyou_A

夢の中においしい料理が出てきたのだが、箸がなかったので食べられなかった。箸を持って眠り直す。夢にはまたおいしい料理が出てきたが、皿がなかったのでテーブルにぶちまけられていた。箸と皿を持って眠り直す。だが眠れない。夢の中にはおいしい料理と皿と箸が揃っているのに、そこに私は行けない。

2012-08-03 20:06:33

「揮発性」

森猫アキラ @Shinbyou_A

仕方ないんだよ、猫は揮発性物質なんだから。今までだってあったろ? 家の中にいるはずなのに姿が見えなくて、捜した場所からひょっこり出てきたことが。猫は自在に揮発して消え、また自在に固化できる。だからあの猫の思い出をちゃんと胸に持っていなさい。いつかそれを種に固化した猫が現れるから。

2012-08-04 19:33:06

「名詞」

森猫アキラ @Shinbyou_A

風に吹かれて言葉が私の心に入り込んだ。それはある感情を表す名詞だ。愛情でも悲哀でも憎悪でも憤怒でも嫌悪でも憧憬でも懐古でも羨望でも嫉妬でもなく、それでいてそのすべてをほのかに含んだ感情。だが私の内にそれはなく、言葉はまた風に消えた。……一体、どんな心があの言葉を留めておけるのか。

2012-08-05 20:14:24

「発作」

森猫アキラ @Shinbyou_A

出社していない社員から電話がかかってきた。発作で休みます、と南極にでもいるような震える声で告げられる。人見知りの持病がある社員なのだ。知らない人が怖い。知人だと思っていた同僚も知らない面があるから知らない人だ怖い。家族も怖いし自分も自分の知らぬ部分があるから怖い。……難儀な病だ。

2012-08-06 20:46:33

「先代」

森猫アキラ @Shinbyou_A

先代社長の伝説は輝かしい。彼は傾いていた会社を建て直し革新的な商品を世に送り、示唆に満ちたメモを残し、最後の仕事で現社長を指名した。……いや、それは嘘だと社長は知っている。先代とは社長がでっち上げた架空の人物だ。だが、今も多くの若手が「先代のメモをもとに」新たな企画を立てている。

2012-08-07 20:46:11

「朝一番に」

森猫アキラ @Shinbyou_A

その町は予定に沿って動いた。人々は朝一番に掲示板に集い、張り紙の日程を確かめる。今日は七時に朝食。十時に店が開き十二時に昼食。十三時から会議で十五時におやつ。十七時退勤で十八時に旅人が来て歓迎のパーティ……で二十四時に町が滅亡だってさ。人々は淡々とメモを取り、日程の実行に動いた。

2012-08-08 20:47:34

-------------10話-------------------

「深海生物」

森猫アキラ @Shinbyou_A

寝坊した深海は重い瞼をあげた。光るクラゲが揺れ、目のないウナギがたゆたう。……ああ、夢の中で進化したからこんな姿に。とうに覚醒した草原や山脈は、さぞ華麗なイキモノを生んだのだろう。深海は自らに生息するホヤと似たあくびをして再び眠り込んだ。こいつらは、私が寝てないと生きていけない。

2012-08-09 20:51:27

「実を言うと」

森猫アキラ @Shinbyou_A

実を言うと昨日私は交通事故にあわなかったけれど三年前に酷い親子喧嘩をして家を飛び出しもせず、七年前に必死で勉強して試験に受かりもしなかったんだよ。十三年前に隣の少女に淡い初恋を覚えてないし、十九年前に幼稚園の鉄棒から落ちて泣いてもいない。というか二十三年前に産まれてもいないんだ。

2012-08-10 20:18:09
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