《「福島 ふくしま フクシマ FUKUSHIMA」の呼び方に関する違和感》

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宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011

ヒロシマという時は広島市とその近辺、ナガサキという時は長崎市とその近辺を私はイメージして使う。さて、福島やフクシマという時、あなたはどこをイメージしていますか?まさか福島市近辺、なんて考えたりしますか?

2012-08-12 23:20:11
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011

携帯で書きかけたネタを続ける。「福島 ふくしま フクシマ FUKUSHIMA」って、どこのことだ?事故発生以来、福島県関係者が、何度も「心の引っかかり」を感じてきた話題だ。

2012-08-13 21:09:26
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011

2 たとえば、広島県福山市を「ヒロシマ HIROSHIMA」と表現したら、福山市の人はどう感じるだろうか?長崎県平戸市を「ナガサキ NAGASAKI」と表現したら、平戸市の人はどう感じるだろうか?福島県に対して行われていることは、そういう乱暴な話なのだ。

2012-08-13 21:14:13
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011

3 私は「福島市に原発事故による汚染などない」と言いたいのではない。様々な濃度で、様々な汚染被害を受け、ある場所は避難指定され、また別の場所は汚染が強くても避難指定されず、様々な形で細分化されている福島県を、あまりにも単純化して、一括して語ろうとしすぎていることに異論を提出する。

2012-08-13 21:17:37
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011

4 「ふくしま 福島」を一括して語ろうとする点では、「絆」や「がんばろう ふくしま」がわかりやすい例だ。他方、原発の被害の怖さを訴える人々や脱原発を訴える人々にも、同様の傾向が見える。どちらも、そこで生活してきた人々、現在も生活する人々の姿は見えていないのではないかと思う。

2012-08-13 21:21:32
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011

5 「福島」について、どうしても違和感が拭えないのが、自治体の呼び方だ。「ふたばちょう」「おおくまちょう」「いいたてそん」。福島県の自治体の呼称では「町」は全部「まち」、「村」は全部「むら」と読む。1年半たって、重大な事故の現場と被害地の固有名詞を間違うなど、不勉強きわまる。

2012-08-13 21:24:50
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011

6 名前を読み違えられたとき、その実態はかすむ。空想や妄想の中の存在と同じような物だ。「ふくしま 福島 フクシマ FUKUSHIMA」は、虚妄の存在に過ぎない。「世界規模の事故」?その表現も、福島県の被災現地を見捨てるように思えるほど、言葉を素直に受け取れなくなっているなあ。

2012-08-13 21:27:51