心のなんとかかんとか

読むとき認識してる単語の定義がズレるとよくわからなくなるかもしれない。 あと渡辺先生のツイートで「」を使う意味をなんとなく理解してる方がたぶんいい。
0
後藤 健 @123_euglena

【Construct構成概念1 Wiki】『科学哲学における構成概念とは「観念的な」対象のことである。その意味するところは、観念的対象の実在が観察者の心に依存していると言い得るということだ。これに対して、現実的対象の実在は心の実在には依存していないように思われる。』

2012-08-25 14:21:30
後藤 健 @123_euglena

【Construct構成概念2 Wiki】図が挿入されていて分かりやすい。『ある対象の「重心」は確かに実在的なものである。だが、それは構成概念(つまり、もう一つ別のものでは「ない」)なのだ』http://t.co/yfIcbCtQ

2012-08-25 14:22:19
後藤 健 @123_euglena

【Construct構成概念3Wiki】『科学理論、特に心理学では、ある仮説的な構成概念は直接的には観察できない説明変数を表している。例えば、知能や動機という概念が心理学的現象を説明するために使われているが、どちらも直接的には観察できない』http://t.co/yfIcbCtQ

2012-08-25 14:23:23
後藤 健 @123_euglena

【Construct構成概念4 Wiki】『科学の仮説や理論(進化理論は重力理論など)も、分類(生物学の分類学など)と同じく、構成概念としてみなされる概念的な実在物entitiesである。』http://t.co/yfIcbCtQ

2012-08-25 14:23:58
後藤 健 @123_euglena

(W, 2010)『心的概念(mental constructs)とは人間の内部にある心理的な過程やシステム、その要素を意味する概念である。「心」はそのもっとも高次な概念であるし、知能、欲求・動機づけ、感情、思考、意志などもすべて心的概念である。』

2012-08-25 14:27:46
後藤 健 @123_euglena

@ynabe39 肉体から浮遊し、物質とエネルギーを伴わない霊魂が実在しないことの証明は誰も求めない。科学常識の範囲だから。一方、【心は実在しない】は日常知を根本的に覆す驚愕の理論。その妥当性=心理学常識で納得するは「権威」に従順すぎ。「魔法の証拠」でもあるのか?ということ。

2012-08-25 14:56:41
後藤 健 @123_euglena

@ynabe39 肉体から浮遊し、物質とエネルギーを伴わない霊魂が実在しないことの証明は誰も求めない。科学常識の範囲だから。一方、【心は実在しない】は日常知を根本的に覆す驚愕の理論。その妥当性=心理学常識で納得するは「権威」に従順すぎ。「魔法の証拠」でもあるのか?ということ。

2012-08-25 14:56:41
後藤 健 @123_euglena

@123_euglena @ynabe39 「実体」という言葉で極めて静的な物質系しかイメージしてないな、という予想がつく。動的な物質系(神経回路)は、PCのような機械じゃないんだよ。神経回路の装置と作動は不可分な一体だ。生命装置と生命活動が不可分な一体であることと同じ。

2012-08-25 14:57:52
後藤 健 @123_euglena

@123_euglena @ynabe39 どういう意味で実体という言葉を使っているのかな。メカとその部品といった物質そのものを指しているように響くけど。このメカが作動している状態は、渡邊さんにとっては実体ではないような。因みに、機能は他者に対する作用を含意した言葉だからね。

2012-08-25 14:59:12
後藤 健 @123_euglena

@123_euglena @ynabe39 札内川。札内川の実体とは何?その地での物質系の「個々の物質とその全体集合」といった、物質そのもの?それとも、水の流れや、そこで生じている諸々の変化を含んだ全体なのか?渡邊さんの神経発火の扱いからすると前者こそが札内川の実体になっている。

2012-08-25 15:00:51
後藤 健 @123_euglena

【生命 装置と作動 言葉の分析的性格と実在の総合的性格 過去TW4つ】 ①https://t.co/xIr9U8C4https://t.co/CZeCeA57https://t.co/LLOjpkNUhttps://t.co/ItoZjR9C

2012-08-25 15:29:27
後藤 健 @123_euglena

「心の実在性」を承認しない哲学的立場が僕の学生時代にもあったことは知っている。それが多数派だという認識はなかった。渡邊さんのTWでは今やその立場が絶対的な地歩を築いているとの印象。少しだけ勉強してみたが、それはむしろ極めて少数派なのでは、という逆の印象をもった。

2012-08-25 15:40:30
後藤 健 @123_euglena

【お詫び:11連投します。興味ない方スルーして下さい】PCと心回路①渡邊さんの場合、「心の回路」としては極めて静的な装置をイメージしているのかな。それをコンピュータ回路(以下、PCと略)で比喩しようとしている。心的描像はディスプレイ画面に映り出されている映像だ。

2012-08-25 16:07:13
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路②https://t.co/z4brwEQW の誤りの一。画面の映像はPCに対して外的で受動的、かつ、一義的。この一方的関係が「回路と心的描像」問題にも完全適用できるという仮説を暗黙裡に承認している。

2012-08-25 16:09:40
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路③これに対し、心的描像は「心の回路」を動かす力をもつ。蜂が近づいてきた。蜂が近づいてくる描像と「恐怖」という感情が交錯した心的描像が形成される。それは「心の回路」に対して内的なインプットを与えるのだ。

2012-08-25 16:10:25
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路④その結果、「心の回路」は新たな計算をして、顕在的な行動を出力する。敢えて形式的に表現すると、心的描像⇒心的回路⇒「別の心的描像+顕在的行動」という形で図式化される。映像の場合、これとは対照的に、PC演算回路を変容する効果は全くない。

2012-08-25 16:11:20
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路⑤PC比喩のもう一つの欠陥は、PCが静的かつ受動的な装置だからだ。心的回路は動的かつ能動的なので、全く対照的である。もちろん、後者のみ「感情」があるという違いもあるが、これ自身は渡辺比喩の意図ではないから除外する。

2012-08-25 16:11:57
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路⑥PCが受動的で「従順な」道具である証拠として、PCはKBからの入力に対して一義的で「機械論的な」出力を示す。心的回路はそうならない事は、誰もが経験している。同じ「外的」入力であっても、心的回路は(多様な内的入力や記憶により)動的で時々刻々変動しているからだ。

2012-08-25 16:13:27
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路⑦https://t.co/OYtB7IhN 出力内容を決めるのはPC機構ではなくPCへの入力だ、という渡邊さんの話。心的回路は発達する、とでも言えば、この比喩の欠陥がわかって貰えるかな?

2012-08-25 16:14:26
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路⑧同一の「外的」入力があればPCは同一の応答を出す。これに対し、心的回路は成長、発達するし、心的回路内部からの自発的な出力も心的回路への入力として作用する、ということを想像しておかしくない事実もある。例えば、、、

2012-08-25 16:15:15
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路⑨生物時計は渡邊さんの視交叉上核に(解剖学的な意味でも)実在して、その実在性を感覚できない形で渡邊さんの行動を制御している。この生物時計の24時間周期性を生成しているのは、生物時計(という神経回路)の自発的発火パターンだ。

2012-08-25 16:15:54
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路⑩PCが静的装置であることは自明。心的回路はニューロンの成長と死滅、シナプス結合の消長による回路網の再構成、シナプスから放出される個々の神経伝達物質の量と質の変化、、、こうした装置の再編成を伴いながら作動する動的装置だ。PCとはまるで違うでしょう?

2012-08-25 16:16:50
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路⑪この心的回路の作動を、何らかのフィルター(心的回路の一部だが)を媒介して心的回路のどこか一部に投影したものが心的描像だ、と考えるのが自然、素朴、素直、というものだろう。

2012-08-25 16:17:43
後藤 健 @123_euglena

PCと心回路⑫最先端の機械で比喩する試み➜https://t.co/OYtB7IhNも一理あるだろうが、その比喩では、所詮、当代の「科学」を「技術」化できた部分の知識を表現できるだけで、それを超えた知識は想像できない。理念的には、PC技術は相当古く最先端でも何でもないしね。

2012-08-25 17:54:48
1 ・・ 6 次へ