たとえば、〔身体のすぐ横に、猿が来ている。じっとみつめると、横すべりして壁の中へ入っていってしまう。しかし身体の横にまだ居る気配でもあるわけで、睨むと、やっぱり横すべりして行ってしまう。〕
2013-04-29 21:21:16あるいは、〔夜具の中にワンタンのようなものが盤踞している。そのために足がねばついて動かしにくい。そのワンタンのようなものは濡れ濡れとしていて、じわじわ侵蝕するように身体の上部へ移動してくる。〕
2013-04-29 21:21:32また、〔圭子の後方に、毛糸の頭巾をかぶった男が現れている。自分にははっきり見えているが、多分、圭子がふりむいても何も見えないだろう。毛糸の男は、藪蚊の塊りのようにわんわん慄え、こちらの注視に堪えかねて、のけぞるように笑いながら箪笥の中へ消えた。〕
2013-04-29 21:21:58これ以外にも、現実、妄想、夢、記憶が区切りなしにつながっている。しかし、語り手はいちおうの分別をもって日常に足をおいている。
2013-04-29 21:22:58彼にとっての問題は、自分が他人とどう接すればよいかがわからないことだ。赤の他人はおろか弟や妻に対しても――いや近しい存在であればあるほど――しっくりとなじめない。
2013-04-29 21:23:54このなじめない感じが全篇を通じて揺蕩している。それは、狂疾そのものよりも読者を途方に暮れさせる。そして、他人ごとではない。
2013-04-29 21:25:36ヤコブス・ア・ウォラギネ『新版 黄金伝説抄』(新泉社)を読んだ。京フェス「ラファティの次に読む100冊」企画で柳下くんがあげていた聖人伝集成。平凡社ライブラリーに4巻本があるが、そちらは浩瀚なので、この『抄』を試してみた。
2013-04-30 12:24:46『トマス・モアの大冒険』を読んで以来、ラファティ作品における受難について少しずつ考えてきた。『黄金伝説』はその有力な手がかりになる。ラファティ作品のディストピア要素をSFのコンテクストだけで考えると袋小路になってしまうが、受難とみなせばかなり腑に落ちる。
2013-04-30 12:25:12しかし、そうしたテーマ求心的な参照よりも、ラファティ作品にちりばめられている挿話(統一的な物語に陥らない断片)の、ひとつの源泉として『黄金伝説』を読むほうが楽しい。
2013-04-30 12:26:07ひとりの聖者が清いおこないを果たすため、千人からの人間がキリスト教へ改宗させられ、全員が殉教してメデタシメデタシとか。
2013-04-30 12:26:28聖者の遺体を運ぶ道筋にいた者はみな病気や怪我が快復するので、不具を売りものにしていた物乞いがそれは商売に差し障ると逃げ回るのだけど、けっきょく避けきれず、五体満足になってうかぬ顔とか。
2013-04-30 12:27:37また、ギリシア神話の神々が悪役(もしくはそれに近い役回り)として扱われているのも面白い。当然といえば当然なのだけれど、聖書そのものにはそういった直接な表現はなかった(と思う)ので。
2013-04-30 12:28:031 フアン・ホセ サエール『孤児』(水声社)読了。ボリュームはそれほどではないが、きわめて内容が濃く、主題・イメージ・構成どれをとっても読みごたえがある傑作。文学読みのひとはもちろんのこと、SFファンにも強くお勧めしたい。
2013-06-14 20:39:472 大航海時代、南米探検の船に乗りこんだ少年水夫が主人公。現地に着いてすぐにインディオの襲われ、部隊は惨殺されるが、なぜか彼だけが殺されず、客分のようなかたちでインディオの村で暮らすことになる。
2013-06-14 20:40:083 読みどころを列挙しよう。(1)インディオの尋常ならざる習俗(突発的な人食い祝宴が行われる一方、それ以外の日常はむしろ高潔な生活様式が貫かれる)。(2)その習俗の背後にあるオルタナティヴな認識論・現実感覚(すぐにはわからないがのちに主人公が推察で解き明かしていく)。
2013-06-14 20:41:384 (3)おそらくその世界観と相即する夢幻的言語(ボルヘスが大喜びしそうだ)。(4)主人公が航海・異境滞在・帰還後の生活の各段階で通過するイニシエーション(題名の「孤児」が重層的な意味を帯びてくる)。
2013-06-14 20:43:385 (5)現代文学にとってもっとも重要なテーマである「記憶の作用」への大胆なアプローチ(この手記は老後の主人公が回想するかたちで綴られており、いわば夢のリアリティが立ちこめている)。
2013-06-14 20:44:54『孤児』は新しい叢書《フィクションのエル・ドラード》の第2弾にあたる。第1弾の『ただ影だけ』も読んでみよう。続刊には、カルペンティエル、ドノソ、コルタサル、オネッティのほか、本邦初紹介となる作家も。これは楽しみ。
2013-06-14 20:49:08