ほしおさなえさんの140字小説3

ほしおさなえさんの140字小説3 その30~その39です。 ほしおさんの娘さんが作ったお話も番外編で載っています。 (まとめ1)http://togetter.com/li/371906 続きを読む
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ほしおさなえ @hoshio_s

石榴を見るとおじいちゃんの家を思い出す。秋には庭の石榴が実って、赤い実が透けていた。あの家がもう存在しないなんて信じられない。目を閉じるとあの家のなかにいるようなのに。貝をつないだのれんも、鰹節の匂いも、絨毯の上の座布団も、おじいちゃんとおばあちゃんの手も、さわれるようなのに。

2012-09-21 09:43:36
ほしおさなえ @hoshio_s

異国の町でスーパーマーケットにはいるのが好きだ。見知らぬ野菜や果物、穀類に香辛料。どんな味か想像もつかない加工食品にわけのわからない飲み物。洗剤や化粧品のパッケージの読めない文字。この町に暮らしている自分を想像し、わくわくする。カートを押して店内をめぐり、なにも買わずに出て行く。

2012-09-22 21:03:33
ほしおさなえ @hoshio_s

雨がさあさあ降っている。静かな台所で紅茶をいれる。窓の外を見ると、雨が糸のようだ。カップの中で水面がかすかに揺れている。曇り空。雨の糸の光。紅茶を一口飲む。あたたかいものが喉をすべり降りていく。人間の身体の七割は水だとどこかに書いてあった。雨の糸の光を飲む。世界の一部になる。

2012-09-23 09:13:48
ほしおさなえ @hoshio_s

晴れ渡ったアリゾナの砂漠を思い出す。どこまでも広く平らで、建物もない。音が空に吸い込まれて行くようだ。その中を走る長い列車を見た。百両くらいまで数えて、あとはただ通り過ぎるのを見ていた。どこからどこまで行くのか。きっと長い旅なのだろう。頭のなかで、列車は今も砂漠を走り続けている。

2012-09-23 09:14:21
ほしおさなえ @hoshio_s

公園で雨と話した。雨はみなひとりで空から落ちて来る。雨にとってはとても長い時間らしい。空から色とりどりのきれいなものが見えたよ、あれはなんだったんだろう。夢見るように雨が言った。次の朝、小さなキノコがたくさん生えている。雨が見たのは傘だったんだと気づく。キノコは雨の夢の形なのだ。

2012-09-24 10:10:12
ほしおさなえ @hoshio_s

かつて僕はこの場所で万華鏡売りに出会った。彼の万華鏡は覗く人の過去を映すと言う。記憶の中の場面が組み合わさり、さまざまな模様を描く。見てみたいと思った。だが一度覗いたら戻って来られない気がして、買うのをやめた。それきり彼の姿は見ない。今でもここに来ると心のどこかで彼を探している。

2012-09-25 20:14:58
ほしおさなえ @hoshio_s

うどんつるつる。つるつるとうどんをすすりながら、ひんやりした空気の中で、つるつると秋の空気を感じている。つるつると秋の匂いを感じている。つるつるとうどんをのみこみながら、つるつると。いつか行った秋の山のこと、流れていた川のこと、鳴いていた虫のこと。つるつるとすべてのみこんで行く。

2012-09-26 21:23:41
ほしおさなえ @hoshio_s

水の底のすべすべした白い石。これまで一度も人の死に立ち会ったことがない。死んだ親戚も知人もいるが、死の瞬間に居合わせたのは飼い犬のときだけだ。みんないつのまにか死ぬ。ぽっかりと。そこにいたものがいなくなる。境目がどこにあるのかわからない。自分が死ぬときにもわからないかもしれない。

2012-09-27 21:02:18
ほしおさなえ @hoshio_s

深夜の遊園地にもぐりこむ。回転木馬にまたがって、夜の風に吹かれている。目を閉じると子どもたちの笑い声が響く。風景が回る。遠くに草原が見える。風が吹き、草がいっせいにうねる。むかし走った道が見え、いつのまにか駆け出している。やがて馬がとまり、ひとりで遊園地にいる。風が吹いてくる。

2012-09-28 09:40:14
ほしおさなえ @hoshio_s

小さな雲が落ちて来た。子どもの雲なのか迷子になったと泣いている。空に返そうと胸に抱いて歩き出した。ふわふわで、とくんとくんと脈打っている。高い場所に立つ。羊雲が夕日に染まっている。雲の子もピンクになって飛んでいく。バイバイと手を振った。胸が少し湿って、とくんとくんが残っていた。

2012-09-29 08:38:21

番外編 -ほしおさんの娘さんが作ったお話- 

ほしおさなえ @hoshio_s

1140メートルの人がいました。ジャンプすると地球をはみ出して死にました。そのまま宇宙を漂流し、隕石になって地球に激突。でもだれもいない海に落ちたので、魚が一匹死んだだけでたいした被害はありませんでした。それから1000年、その人の身体の中がくりぬかれ今は船として使われています。

2012-09-28 09:54:38