ほしおさなえさんの140字小説4

ほしおさなえさんの140字小説4 その40~その49です。 (まとめ1)http://togetter.com/li/371906 (まとめ2)http://togetter.com/li/373145 続きを読む
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ほしおさなえ @hoshio_s

台風が去った朝、心が空っぽになっていた。庭には木の葉や実がたくさん落ちている。わたしの心も風に飛ばされていったのだ。むわっとした風が吹き、葉が揺れる。落ちてしまったものを弔っている。わたしの心はどこまで飛んでいったんだろう。ここに戻って来るまで、目をつむって風の歌を聴いていよう。

2012-10-01 23:22:50
ほしおさなえ @hoshio_s

近所の銭湯の裏に孔雀が住んでいた。どうしてそこにいるのかだれも知らなかった。風呂の帰りによく見に行った。長いこと眺めていたが、一度も羽を広げたことがなかった。夜中に目が覚めて散歩していると、空に孔雀が飛んでいた。孔雀が飛ぶとはじめて知った。月の光が冴えて、羽の音が耳に残っていた。

2012-10-02 19:16:32
ほしおさなえ @hoshio_s

砂丘にたくさんのかざぐるまが回っている。羽がくるくると光っている。あれは一本ずつ過ぎ去った日々のお墓なんだとおばあさんが言った。時間もこうして弔われていると思うとなんだかほっとした。みんなで風に吹かれているなら、さびしくないだろう。夕日が沈む。砂から新しいかざぐるまがはえてくる。

2012-10-03 08:33:19
ほしおさなえ @hoshio_s

墓地の中を歩いている。空の色が濃く、雲の動きが速い。わたしもいつか死ぬのだろうし、この世界だっていつかなくなる。だからせめて今は雲の動きを見ていようと思う。井戸のポンプを漕ぐ。ざああああっと水が出て来る。墓石に日があたり影ができている。 木の葉が高く舞い、秋になったのだと思った。

2012-10-04 20:42:52
ほしおさなえ @hoshio_s

頭の上に雲を出している人と会った。帽子のように雲をかぶって日々形が変わる。薄い雲、まだらの雲、筋になった雲。雲のない日もある。今日の雲はこんもりしてソフトクリームのようだ。この雲が出た日はとても気分がいいんです、と笑った。透き通るような目をした人だ。雲の上に青い空が広がっている。

2012-10-05 09:23:16
ほしおさなえ @hoshio_s

母と川べりを歩いている。町なかの汚れた川だ。母の肩を眺めながら、小さくなったと思う。むかしは母のことをわたしを覆う膜のように感じていた。ぼんやりと外側にあってわたしを包んでいる。だが今は内側にいるように思う。どうしようもなく川が流れている。母は小さくなり、わたしの中に帰っていく。

2012-10-06 18:05:46
ほしおさなえ @hoshio_s

幼いころ母といっしょにいたときの記憶がない。あるのは留守番したときやどこかに預けられたときのことばかり。今になってわかる。母といたときの記憶は、すべて母に渡したのだ。いま娘と過ごしている時間はたぶんずっと忘れない。娘が忘れてしまっても。むかし母に渡したものを娘から受け取っている。

2012-10-09 20:31:23
ほしおさなえ @hoshio_s

ひとりで森に行った。木々の葉が少し落ちて、空の面積が広がっている。だれにも会わず、自分の足音だけを聞いている。水たまりは空を映し、土は日を浴びてあたたかい。地面がゆっくり呼吸しているようだ。地球の裏側の人たちはみんな眠っているのだろうか。ダンゴムシが静かに落ち葉の下を歩いている。

2012-10-10 18:06:27
ほしおさなえ @hoshio_s

高い並木の道を自転車が走り抜けて行く。車輪が回る音がする。制服のスカートをひるがえし、中学生のわたしが自転車を漕いでいる。頬に風が当たる。すべてが自分から逃れていってしまう気がして、遠くまで手をのばす。あれはわたしではなく未来の娘だったのか。自転車は遠ざかり、風が通り過ぎて行く。

2012-10-11 20:34:57
ほしおさなえ @hoshio_s

招かれて隣人の家に行った。赤茶色の木の屋根に色づいた葉が落ちてくる。小さな庭のテーブルで紅茶を飲む。草の匂いとともに湯気がふわんと漂って消える。秋になると空とか風とか空気の話ばかりしたくなりますね、とその人は笑った。心を読まれたような気がした。カップに葉の影がちらちら揺れている。

2012-10-12 08:43:03