ほしおさなえさんの140字小説5
- akigrecque
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窓から校庭が見える。光と砂の混ざった匂いを思い出す。体育の途中で頭が痛くなり保健室で寝ていたのだ。校庭に白線がのび、飛行機雲のようだ。世界は広い。その中のひとにぎりの場所にしか僕は行けない。でも、いい。生きているのはいいことだと思う。手のひらをかざし、指の隙間から空を眺めている。
2012-10-14 14:46:05夜、髪を切った。窓辺で風に吹かれながらなにもかも忘れたくなった。孤独というのはだれからも名前を呼んでもらえないこと。むかし両親にもらったオルゴールをあけると「雪の降る町を」のメロディーが聞こえた。カードにわたしの名前が書かれていた。オルゴールの蓋を閉じる。遠くから電車の音がした。
2012-10-15 17:03:31娘の日記に、きれいな夕焼けを見た、と書いてあった。電気みたいにすごくきれいな夕焼けだった、と書いてあった。ありがとう、空。娘にうつくしいものを見せてくれて。家の窓から林を眺める。鳥が鳴いている。木がそよいでいる。知らず知らずみなと同じ空気を呼吸し、わたしたちはここで生きている。
2012-10-16 20:44:27海岸に巨大な白い瓢箪が流れ着いた。瓢箪は神として祭られ、瓢箪をめぐる戦争が起きたりした。やがて人はだれもいなくなった。ある日瓢箪が開き、音がした。瓢箪が聞いた音がすべてしまわれていたのだ。聞くもののない砂浜に音だけが響いた。最後に小さな瓢箪をひとつ産むと、瓢箪は海に流れていった。
2012-10-17 22:12:55その人は死んで、鳥に生まれ変わった。人だったころのことは忘れてしまったが、その家の窓を見るとなぜかなつかしさを感じた。その人は生きていたころ雲を見るのが好きだった。窓から空を眺めては、雲のひとつひとつに名前をつけていた。窓に雲が映り、鳥がよぎる。高く鳴いて、魂のように光っていた。
2012-10-19 20:57:26月の大きな夜だった。外を歩いているとどこからか鈴の音がする。ちりんちりんとあまりにも楽しそうなので、誘われて音の方に歩いていった。木の茂った小山をのぼる。天辺に着くといい香りがした。僕は金木犀の大木の下にいた。鈴がいっせいに鳴るような匂い。僕を呼んだのはこの木だったんだと思った。
2012-10-22 15:34:58かえりみち、はなしかけてもおかあさんはぼんやりして、ちゃんとこたえてくれなかった。つまんなかった。かんがえごとしてるの、って、おとなはよくかんがえごとするけど、なにをそんなにかんがえてるんだろう。わたしがかんがえるのはひとりのときだけ。だれかといたらかんがえてないで、あそぶのに。
2012-10-23 22:33:32あの日あなたは、春の匂いがする、と言った。ふわっと土と木の芽と花の匂いがした。ふだん仕事の話ばかりで植物など見ない人なので、わたしはうれしくて、うれしすぎてどうしたらいいかわからずうつむいていた。川沿いの道。とてもしあわせだった。些細で、あなたは忘れてしまったかもしれないけれど。
2012-10-24 08:56:54友人に拒まれてしまった。甘え過ぎていたのか、いけないことを言ってしまったのか。わからないまま、もつれた糸が胸の中でふくらんでいく。あの人の目にわたしはどんなふうに映ったのだろう。わたしの心はいつもわたし以外のものに揺らされる。どうしようもないまま、曇り空の薄い光に照らされている。
2012-10-25 16:13:30校庭の銀杏が色づき、風に揺れている。わたしはこれからどうなるんだろう。あの子ほどかわいくなく、あの子ほど勉強できない。みんな同じ制服で、似たように見えるんだろうけど。わたしにはなにができるのか。なにができないのか。考えるといつも泣きたくなる。地面に落ちた黄色い葉を蹴り上げている。
2012-10-27 10:12:26