ファスト・アズ・ライトニング、コールド・アズ・ウインター #5
ニンジャスレイヤーは振り返りカラテ警戒した。闇の中、背の低い影が身じろぎした。「敵意を感じる!おやめンさい」「……」ニンジャスレイヤーは腕を下ろした。「そッちは大変危ないよ、生きてる人」老いた声がさとした。「何の御用でこんなところまで来たのかね、寒いぞ」「……」 22
2012-09-24 14:56:30ニンジャスレイヤーは目をすがめた。今来た道に立ち、手招きするのは、ニンジャスレイヤーの半分ほどの背丈の老人だ。髭が長く、床まで垂れている。眉毛も同様に長い。ほとんどその目を隠している。眼光は思いのほか鋭かった。「安心しなさい。おれも生きてる人だよ」「……」「来なさい」 23
2012-09-24 15:00:50「ここの住人か」ニンジャスレイヤーは警戒をやや解いた。「こことは?この寒いところか?」老人は訊き返した。「そういう意味でなら、違う。ここは寒いし、本当に危ないでな」声をひそめ、「……タイフォーンの奴がウロウロしとるから」「たった今、破壊した」「……ほう?」老人の眉が動いた。 24
2012-09-24 15:04:28「ではニンジャか。やはり只者では無い。だが思い上がってはいかんね」老人は指を立てた。「この先はもっともっと危ない。そして邪悪よ。用が無いならやめなさい。……繰り返すが、何の御用かね?」老人はニンジャスレイヤーを見つめた。「力になれるかもしれんよ」「……冷凍施設を探している」25
2012-09-24 15:10:08「ハハァ」老人はニヤリと笑った。「宝探しかよ。ご苦労じゃね。クスリか」「いや」「死体か」「……否」「では、マグロだな」「……」ニンジャスレイヤーは頷いた。「なら、尚更この下は無意味だ。遠回りだ。そして危ない。よかろう。ふふふ。ついてきなさい」「戻るのか。一本道だったが」 26
2012-09-24 15:14:14「一本道のようで、そうでは無い」老人は歩きながら言った。「マンションのネズミは人間が怖い。毒団子が怖い。罠が怖い。怖いものだらけじゃよ。怖がりながら暮らしておるのよ」「……」ニンジャスレイヤーは老人の後に続いた。老人はヒュウヒュウ笑った。「ネズミの道があるのよ」 27
2012-09-24 15:21:02「時間が無い」ニンジャスレイヤーは言った。「そりゃそうだろうね」老人は頷いた。「こんな所まで降りてくるのは余程の奴だ」「マグロの在り処がわかるのか」「わかるよ。おいで」「だが、オヌシに何の利益がある?」「利益?」老人が足を止めた。「利益か。ああ知っとるよ。上の世界の道徳ね」28
2012-09-24 15:27:51老人はおかしな声で笑い、再び歩き出した。「そういう話を聞くと、なおさら思うね、ネズミにはネズミの暮らしが一番だね。そして、人には人の暮らしが一番だ」老人は店舗の一つに注目し、シャッターに手をかけた。ニンジャスレイヤーが進み出、彼の代わりにシャッターを引き上げた。開いた。 29
2012-09-24 15:33:06朽ちた個人商店内にはアイスクリームボックスめいたショーウインドーが並ぶ。電力が生きており、機器類が燐光めいた光を放つ。中に収まっているのは電池類やインスタント冷凍食品の類。見慣れぬラベルだ。「あちらこちら飯には困らんよ」老人はそれらを通過し、奥の裏口を開けて別の通路に出た。30
2012-09-24 15:58:10通路は狭く、突き当たりはすぐだ。小さな扉と、その脇に黒いパネル。老人はそこに手の平を当てた。ロック解除音。二重の扉の奥にシベリアめいた寒さの回廊が待ち受けていた。「寒い!寒い!急げ急げ。ワシは嫌だ。来い。早く」老人は小走りになった。ツルツルと滑るが、慣れているのか転ばない。 31
2012-09-24 16:05:30幾つかの部屋と通路を通り抜け、さらに階段を降り、やがて二人は工場めいたベルトコンベアー施設にエントリーした。「遠くに行っちゃいかんよ。この辺りがゾンビーに占拠されてない証拠も無いんだよ」老人はコンベアーのもとへ歩き、手招きした。彼は脇のレバーを無雑作に引いた。パワリオワー! 32
2012-09-24 16:07:31パワリオワー音が鳴ると、コンベアーが軋みながら動作を始め、闇の奥でギゴギゴと不穏な機械音が聴こえた。しばらくのち、ガタガタと音を立てて、長さ1メートルほどの直方体が……「技術保冷」と書かれた警戒色のボックスが運ばれてきた。ニンジャスレイヤーは老人を見た。老人は頷いた。 33
2012-09-24 16:13:16「そりゃァ、中身がどうなのか心配じゃろ。ここでなら開けて覗いても平気だ。さっさと確かめりゃいい」促されるまま、ニンジャスレイヤーはボックスのロックを外した。バシューッ!圧力音とともにボックス蓋が開く。ボックスの容量一杯の大きさにカットされたピンク色の冷凍肉!……マグロだ! 34
2012-09-24 16:27:41「恩に着る。本当に助かりました」ニンジャスレイヤーはボックスを再度密封し、老人にオジギした。老人は手を振った。「ワシのマグロじゃ無いもんな。誰のモノでも無い。持ち出すのがコトなだけじゃから」老人は言った。「何に使うんだ。売るのか」「スシにする」「ヒヒヒヒ!そりゃそうだな!」 35
2012-09-24 16:33:24老人は足早に歩き出していた。「さあ寒い寒い、急げ急げ死んじまう」ニンジャスレイヤーはボックスをかつぎ、後に続いた。通路を戻り、階段を上がり、二重隔壁を越え、個人商店を通り抜け……「じゃあな」老人は闇の中で呟き、不意にいなくなった。 36
2012-09-24 16:40:16「アリアドネの糸」のモニタがチカチカと瞬いた。デッドムーン。「快適で居るか」「マグロを入手した」「チョージョー。相談がある」ニンジャスレイヤーは続くメッセージを待った。すぐにモニタが光った。「そこからどうやって上がるか、一緒に考える必要がありそうだ、ニンジャスレイヤー=サン」37
2012-09-24 16:55:04ドォン……ドォン……「イヨォー!」ドォン……「ハッ!」ファオー。フォワワー。打ち鳴らされるタイコとシャクハチ音はプロ奏者の手による生演奏だ。店の前の通りは封鎖されて車の乗り入れが禁じられ、専用野外テントの中ではアキモトとエーリアスが、緊迫した面持ちでパイプ椅子に座っている。 39
2012-09-24 17:14:32彼らは蒼ざめ、交わす視線は重苦しかった。仮眠をとったのみの乏しい睡眠時間。なにより、この絶望的状況下でのプレッシャー。外では現在もストリートのネブタドラゴン・エキジビジョンが続いており、道路を埋め尽くす観衆の歓声を浴びている。ウェルシー社が賑やかしに呼んだのだ。40
2012-09-24 17:36:24「そろそろ準備をお願いします」タイムキーパーがテントのノーレンをくぐって顔を出した。エーリアスは無言で頷いた。二人のセンシは、嵐渦巻く海峡で万軍の追っ手にただ二人で対峙した古代英雄……ブル・ヘイケとベンケ・ニンジャさながらの悲壮なアトモスフィアを背負っている。 41
2012-09-24 17:47:35「腹くくってるぜ、俺は」エーリアスは乾いた声を出した。アキモトは腕を組み、目を閉じた。「……スミマセン」ノーレンをくぐり、別の来訪者あり。ボンズめいたサムエ姿の少年だ。イタマエ・アプレンティスの出で立ちである。アキモトは片目を開けた。「ナバツカ=サンのところの奴か」「ハイ」 42
2012-09-24 17:53:43イタマエ・アプレンティスの申し訳なさそうな表情から、エーリアスは察した。アキモトもだ。腕を組んだまま言った。「無理だったか」「申し訳ありません」声を潜め、「そのう……市場からの圧力と……奥様にも脅しが……」「気に病むな。わざわざ伝えに来てくれて有難かったと、言ってくれ」 43
2012-09-24 17:56:07「スミマセン」アプレンティスは深々とオジギした。「しかし、しかし、これだけは」キョロキョロと後ろを気にしながら、彼は懐から小瓶を取り出した。「これだけは渡せと。ナバツカ=サンが」「ショーユ原液か」アキモトが両目を開いた。「充分どころか……一生頭が上がらん。本当にすまない」 44
2012-09-24 17:59:03アキモトはバイオ包帯で包まれた己の腕を忌々しげに撫でた。エーリアスは深呼吸した。「任せてくれよ。確かめたろ。俺のワザマエを」「ああ」……ニンジャスレイヤー到着せず。タマゴ無し。マグロ、コメはストック分のみ。確保できた審査員は一人のみ。ジゴクめいたイクサの始まりである。 45
2012-09-24 18:13:23(「ファスト・アズ・ライトニング、コールド・アズ・ウインター」 #5 終わり。#6 に続く)46
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