〔AR〕その13

東方プロジェクト二次創作SSのtwitter連載分をまとめたログです。 リアルタイム連載後に随時追加されていきます。 著者:蝙蝠外套(batcloak) 前:その12(http://togetter.com/li/377293) 続きを読む
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BIONET @BIONET_

夜が明けて、時計の針は午前十時を指していた。朝というには少し遅い時間である。 さとりはようやくベッドから起き出して、身支度を整えるべく洗面所に移動した。 ペット達がすり寄ってくるが、さとりはそれらをやんわりとあしらいつつ、洗面台の前に立った。

2012-09-30 21:04:39
BIONET @BIONET_

「――やっぱり、あまり眠れなかったわ」 鏡に映った自分自身を糾弾するように、さとりはひとりごちた。普段よりも目の回りが腫れぼったくなり、クマがうっすらと浮かび上がっている。 すぐさまさとりは蛇口を捻って水を出す。

2012-09-30 21:06:54
BIONET @BIONET_

地霊殿は地底大空洞の上層の地下水脈から水を引いているため、その水は冷ややかで清潔である。さとりは震えるくらい冷たい水で顔を洗った。いつもよりも強めに、顔に滲んだ寝不足の陰をぬぐい去るように。

2012-09-30 21:09:40
BIONET @BIONET_

丹念に洗い流したところで、再度さとりは鏡を見る。そこに映る自分の顔は、先ほどよりはましになったような気がした。 それを凝視しながら、さとりは沈思黙考する。それは、昨晩無理矢理ベッドに横になってから、ずっと続いているものだった。

2012-09-30 21:12:04
BIONET @BIONET_

(あれは、色こそ違えど、間違いなくアルフレッドだった――) 昨晩見た正体不明の犬の幻。それは、さとりの記憶に強く残るもの――十数年前に死んだペット、ラブラドールレトリーバーのアルフレッドの姿そのものだった。

2012-09-30 21:18:34
BIONET @BIONET_

アルフレッドは、何らかの事情で時空の迷子になって地底に転がってきたところを、さとりが保護した。彼は何の力も持たない、ただのペット犬だった。だが、非常に人なつっこい性格のアルフレッドを、さとりはよく可愛がり、地霊殿の他のペットからも愛される人気者だった。

2012-09-30 21:27:34
BIONET @BIONET_

だが悲劇が起こる。ある日、さとりが食べるはずの食事を、アルフレッドが誤って口にしてしまった。 その中には、犬が口にしてはいけないものが含まれており、たちまちアルフレッドは体を壊した。医者にかかることもできずに(そもそも、地底に獣医はいなかった)、そのまま数日で息を引き取った。

2012-09-30 21:32:29
BIONET @BIONET_

アルフレッドを失った時の沈んだ地霊殿の空気を、さとりは今でも覚えている。自分の不注意でアルフレッドを死なせてしまったと、さとりは酷くふさぎ込んだものだった。 その失意から立ち直るためにさとりが行ったのが、アルフレッドをモデルにした小説を書き、そこに思い出を閉じこめることだった。

2012-09-30 21:34:39
BIONET @BIONET_

その際にできた作品を下地に改訂したものこそ、昨晩、さとりがバイオネットに投稿した小説、『頼れるアルフレッド』だった。 投稿したその夜に、アルフレッドそっくりの幻がさとりの目の前に出現した。これは何らかの符号なのだろうか?

2012-09-30 21:38:25
BIONET @BIONET_

そう考えながら、さとりは首を捻る。 『頼れるアルフレッド』を昨晩投稿したことに、特別な事情はない。さとりがどのような作品を投稿するかは、その時々の気分で決める。強いて基準があるとすれば、チェックした際にある程度納得できる仕上がりのものを出すという程度だ。

2012-09-30 21:39:29
BIONET @BIONET_

(執筆した当時の感情が霊魂を招き寄せた――? そんなばかな) 『頼れるアルフレッド』は、確かに思い入れのある作品だが、小説書きのさとりとしては、習作の部類だ。作品そのものに強い執着はない。 いや、それ以前の話だ――とさとりは頭を振った。

2012-09-30 21:41:38
BIONET @BIONET_

アルフレッドが亡くなったとき、さとりと地霊殿の住人は、丁寧にアルフレッドを弔った。身の回りに当たり前のように幽霊や怨霊が存在する地底の環境では、死者をおざなりにすることは、怨霊を生み出して面倒事を引き起こすことに等しい。最低限、旧灼熱地獄にでも放り込んでおかないと危険だ。

2012-09-30 21:45:35
BIONET @BIONET_

しかも、さとりは、仕事のつてを頼って、地獄の業火とは違う、死者を弔うための清浄な炎を分けてもらい、それでアルフレッドの亡骸を彼岸へと渡した。これは、地霊殿の住人が死んだとき、必ず行っていることだ。これで弔った者の魂が此岸に残っているようでは、是非曲直庁側の問題になる。

2012-09-30 21:50:12
BIONET @BIONET_

なにより、昨晩、さとりが目撃したあの幻は、幽霊でも怨霊でもなかった。少し寝ぼけていたとしても、あれが見間違いとは考えにくい。 つまり、原因はさっぱり不明ということだ。このような堂々巡りが、昨晩からずっと続いていた。 「――」

2012-09-30 21:53:00
BIONET @BIONET_

さとりは髪の毛にまで余分についた水分を、タオルでしっかりふき取って、食堂に向かった。 食堂でトーストを一かじりとコーヒーを一杯飲み干すと、自室の前のバイオネット端末に移動する。 今日はお燐も空もこいしも地上に行っている。故に、多少の占有は問題がない。

2012-09-30 21:57:51
BIONET @BIONET_

いや、利用するのが『古明地さとり』のアカウントであれば、仮のその三人がいたとしても気にならないが。  バイオネット端末を乗せた台には引き出しがついており、そこに端末の説明書がしまわれていた。片手でログイン操作をしながら、さとりは説明書を引き出し、巻末を開いた。

2012-09-30 22:00:41
BIONET @BIONET_

「……連絡先は、これね」 『バイオネット及びその端末について不明な点がございましたら、下記アドレスにバイオネット経由でご連絡ください――』 説明書の巻末には、いわゆるサポート窓口の案内が記されており、上記の通りバイオネット経由で管理側にメッセージを送る手段が書かれている。

2012-09-30 22:05:46
BIONET @BIONET_

指定のアドレスに手紙を送ればよいらしい。ちなみに、バイオネットを使わない連絡方法も記されているが、みるからに七面倒くさい手順を踏まなければならないので、明らかに非推奨であろう。 「――どっちにしろ、やりたくないんだけどね」

2012-09-30 22:13:36
BIONET @BIONET_

苦虫をかみつぶした顔のさとり。この連絡先にメッセージを送るということは、つまりバイオネットの運営を取り仕切っている、パチュリー・ノーレッジ、そして八雲紫とコンタクトをとると言うことだ。それがさとりには気が重かった。

2012-09-30 22:14:52
BIONET @BIONET_

バイオネットを実質的に主導しているのが、八雲紫であろうことは、ある程度幻想郷の事情を知る者にとっては、大体想像のつく話である。パチュリー・ノーレッジは幻想郷の有力者である紅魔館の賓客で魔法使いだが、彼女に幻想郷全土に及ぶシステム構築が可能かは怪しいところである。

2012-09-30 22:20:58
BIONET @BIONET_

地底に住むさとりとて、あの妖怪の厄介さは理解している。とにかく、こちらから働きかける気にならない。その警戒心は、ある意味呪いじみていた。 しかして、このままあえて説明書を閉じて何もしない選択をとるのがよいのか? さとりは大いに迷った。

2012-09-30 22:26:06
BIONET @BIONET_

あれが本当に自分の寝不足による幻覚だと、思いこめればどんなによかったろう。だが今のさとりにはそこまで決断的に自己暗示ができない。 ――さとりはバイオネット端末に背を向けて、部屋に入った。

2012-09-30 22:32:47
BIONET @BIONET_

数分して、ドアが再度開かれる。出てきたさとりの手は、一般的な便せんの紙を一枚掴んでいた。 さとりはいつもの手つきで、紙を端末に通して、送信手続きを行った。端末はいつも通りの音を立て、手続きが滞りなく終わったことを通知した。

2012-09-30 22:40:20