◆自分のためのスケッチ：in　Twitter　「リブート（その七）」◆

真上犬太 @plumpdog

◆自分のためのスケッチ：in　Twitter　「リブート（その七）」◆

真上犬太 @plumpdog

◆観音通りは、太平天国の中心に建つ巨大ビル《須弥山》から東に伸びる大通りの一つだ。祇園と並び、数多くの人間たちが出入りする場所でもある。祇園通りが歓楽街であるならば、こちらはビジネス街だ。そこで取引されるのは、住民そのもの。◆

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◆大半のビルが、戦中に崩壊しかけた建築を補修するか、建築廃材を使ったバラック同然のものなのに対し、このエリアのビルはどれもが真っ当な建築基準を満たしていた。それはある種の信仰と言えた。外見さえ清く装えば、中身もそれについてくるだろうという、愚昧な精神論。◆

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◆そこはNBCを買い付けるバイヤーが出入りする違法な市場であり、あらゆる理由で『正規の雇用』からはみ出した、人造の生き物が新しい主人を求める職業斡旋場。それぞれのビルに、合法と非合法の境界面に存在する、怪しげな貿易会社や胡散臭いNGOがテナントを入れこんでいる。◆

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◆条件付けのミスや崩壊をして脱走したモノ、国際規格を大幅にはみ出したスペックを持ったモノ、企業機密や研究所のデータを抱え込んだモノ、あるいは軍用のモノ。そういうモノ達が驚くほど高額な、新規に創り上げるより破格な値段で取引されていく。◆

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◆『……で』図らずも、その声は見事なハーモニーを作り上げた。『どうしてお前がここにいる？』NGO《Wild　Life》ビルの一階受付カウンター前。二つの視線が敵意にまみれて絡み合う。「今度はここで弱いものイジメか。国家権力のイヌ」「そういうお前は職にあぶれて就活か、ドブネズミ」◆

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◆クイの視界が怒りで黒く縁取られた。口唇がめくれ上がり、歯がむき出しになる。「誰のせいでそうなったと思ってる！」この刑事のせいで、デルフィの店は自主的に営業を停止した。本来、彼女のような「ドール」は廃棄にされるべきで、国際法でもそのように定められている。◆

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◆その生存が唯一認められているのがここであり、法律の適用も『ない』ものとされていた。ただし、何らかの犯罪行為が行われない限り、という但し書きつきで。そしてNBCによる売春は、ほとんどの国で公式に認められていない。◆

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◆「俺は行政指導を行っただけだ。大体お前だって、叩けば毛の間から、トン単位でほこりが出る口だろう？」「それは外の世界の話だろ。ここは人の世界じゃない！」「はっ」風雨にさらされた煉瓦のような、焼けた肌に侮蔑の笑いを刻んで、遠山の言葉が吐き出される。◆

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◆「そう言っているのはお前じゃない。お前らに人権とやらを認めさせようとしている、ここのバカどもみたいな連中だ」「ちょっと、先輩」室内の空気がどっと冷え込むのも気にせず、刑事は哂う。「リブートされた時に何を吹き込まれたか知らんが、お前は道具なんだ。勘違いして吹き上がるな」◆

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◆「この……」それ以上、言葉にならなかった。怒りがじわりと染み出、じんじんと額を灼く。クイの腰が溜めを作るべく、すっと落ち――『はいはーい、そこまでー！』朗らかな、いやさ能天気な声。『このビルではもめごときんしーですー』クイよりもさらに低い位置からの声。「ね、ネズミ！？」◆

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◆『ちがいますよー。ぼくはカピバラ型ですー。なまえはモルドレッド。モードでいいですよー』大型げっ歯類は、器用に顔の表情を笑顔にして、スロートスピーカーから気の抜けた声を放っていた。『けーさつのかたですねー。かくにんがとれたのでー、めんせつ室へどーぞ』◆

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◆「お……おう」『それとクイくんー。ここではケンカきんしー。というか、ぼくらはむやみにケンカはダメなんだよ？』「あ……うん。ごめん」どうにか収まった事態を見てととると、カピバラは声を張り上げた。『はーい、もうおさまったから、みんなもおしごとおしごとー！』差配が済み、日常が戻る。◆

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◆なにやら文句を言いつつ案内されていく遠山にハンドサインで侮蔑を投げ、それからクイは素直に頭を下げた。「悪いな。迷惑掛けて」『うん。それにしても、クイくんはケンカすきだよねー』「べ、別に好きってワケじゃ」『デルフィちゃんがしんぱいして、れんらくしてきたよ？』◆

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◆むふふ、と意味ありげに笑うカピバラ。こんな小さななりをしているが、モルドレッドは《Wild　Life》に在籍するNBCでもっとも古株だ。人事部総括顧問という仰々しい肩書きを持つ、事務職のトップでもある。『きみのめんせつもー、これからやるからねー』「……うん」◆

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◆歯切れの悪いこちらの返事に、モードはくりくりしたまなここ向けて覗き上げた。『なにかしんぱいごと？』「……さっきの、あいつさ」『ああ。だいじょうぶだよー。にほんのけーさつは、ぼくらのはいびがおくれてるからねー。らんぼうなことはあんまりされないし、いいおとくいさまだよー』◆

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◆「あんなこと、言われてるのに、いいのか？」苦々しく吐き出したクイに、モードはきょとんとした顔になった。『なんで？』「だって……俺たちのことを、物だって」『そうつくられたんだから、しょうがないでしょ？』「でも！」『そういうことをつきつめるとー、こころによくないよ』◆

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◆小さな前足が、腰の辺りをぽふぽふと叩いてくる。『しょざいふてーせいのふあん、ってやつだね』「所在不定性不安？」『ぼくたちのなかまがときどきはっしょうする、せーしんしっかん。リブートされたときにも、そういうしょうじょうがあったって、ほうこくがあった』◆

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◆それ以上の説明をするつもりは無いらしく、モードは先にたって廊下を歩き出す。「ごめん、ちょっと繋いでいいか？」『うん。124のポートがあいてるから、そこつかって』「ああ」クイの中で何かが切り替わり、途端に周囲に光景に燐光が溢れかえる。その中の一つの銀糸を『摘む』。◆

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◆『所在不定性不安』口に出さずに発された問いが、糸を伝わり漣になって広がる。途端に、撒かれた餌に食いつく鯉のように、その言葉に連なる巨大なネクサスがクイの周囲に沸き立った。目には銀のうねり、耳には遠雷のようなとどろき、肌を刺す小さなしぶき。◆

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◆それは未だ形にならざる膨大なパケットの波だ。その一つに指を伸ばした途端、「う、うわああっ！」情報は爆発した。『現在の社会における病理『模造の心に魂など』『リブート技術の未発達が――』臨床実験の報告によればですね』■2090年：人造生命体の暴走および行方不明者の統計記録◆

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◆『よくわかんないんだけどー、みんながああいう子達をちゃんとあつかわないからじゃないのー』2070年の行方不明は1万を『グリフで言うこと聞かせられないの？　それ壊れてんじゃん。ぶっ殺せば良いのに』薄汚れた犬型の背中、噛み付き、暴れる。そして、無数の銃弾がそれをぼろきれへ。◆

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◆『クイくん。すとっぷ』突然、モードの長い鼻面が、自分の目の前に突きつけられた。「あ、ああ」『まだソートがじょうずじゃないみたいだね。そのくせセンシティブだからいっきにじょうほうにとりまかれちゃった』まるで邪魔な羽虫でも払うように、ひこひこと片手を払う。途端に消える燐光。◆

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◆クイの目には二重写しにモードが見えた。片方は廊下を面接室まで歩いていく背中。もう一つは、妖精のように目の前に浮かぶ姿。『こういうときは、ふるいけんさくえんじんのやりかたをつかうんだ。”ググる”ってやつだね』「でも、あれなんかダサくて」『かっこつけるのはきほんができてから』◆

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◆仕方なく、クイは昔ながらのソート法で情報への接触を試みる。最初にいくつかの検索ワードを浮かべ、そこに繋がるものから重要度別に分けていく。しかし、こんなやり方は人間のやり方だ。NBCなら、繋いだ情報の本流で五感を洗い、その中から有用なものを拾い出すことが可能だ。◆